真心あれば水心

「くう、なんでおれたちがプール掃除をやらなきゃいけないんだ……。めちゃくちゃ暑いし」


「まあ、やったコト省みるにしょうがねえよなあ」


 人体模型の空妖――に取り憑いた霊との駆け引きに勝った日の翌日、サトルたちオカルト研究部はプールの中を掃除していた。


「にしても、樫見さんは楽しそうだけど。掃除とか好き?」


「えっ、わたしは……。そこそこです」


「そうなの……。じゃあ、おれのぶんもよろしく……」


「こらこら。サボんなよ真島ァ!」


 こうなったのも、旧校舎の窓を割ったからだ。今朝、生徒会長に呼び出されたサトルはそれを否応なしに問い詰められ、正直に白状した。みっちりと怒られはしたが、授業をサボっていた3年を助けたのが功を奏し、先生たちには黙ってもらう代わりにプールの掃除を命じられたのだ。


「だいたい、あの3年を助けたのもおれたちなのにな!」


「ンなコト言いふらしたって誰も信じないでしょ、人体模型が心臓に閉じ込めてくるなんてさ。あたしだって当然疑うわ」


「それが我々という存在だろう?」


「禅院の背中の言うとおりかもしれないけどさあ。だからってこんな……、納得いかねえー!」


「冷てっ、ぶんぶんホースを振り回すな真島ァ!」


「――じゃあ、少しでも楽しくさせてあげましょうか。ねっ、夕七」


「この声は……」


 サトルはデッキブラシを離しプールサイドのほうを見上げた。


「トイ――じゃない。プールサイドの花子さん!」


「言いなおしてくれてどうもありがとう。禅院サトル」


 イヤミっぽい感謝にムッとしたが、樫見から聞くに花子さんに助けられたようなので、あまり強く出られない。むしろ、感謝をするのはこちらだ。悔しいがそれを伝えるしかない。


「あ、あのさ。あのときに助けてくれたみたいだな、オレたちを。その……、ありがとう」


「ふふっ、私に恥ずかしがって礼をするくらいなら夕七に言いなさいな。あの子が一生懸命がんばったんだから」


「えっ、いやその……、それは花子さんがいてくれたからですし、それにあの人体模型だって……」


「そっか。じゃあ樫見さんにお礼言うぞ真島ァ! せーのっ」


「「ありがとう、樫見さんッ!」」


「あ、は、そんな……」


「あたしも少しはがんばったんだけどなー?」


「そだな。明璃もあんがとさん」


「軽いわっ!」


「いてっ、柄でド突くなや!」


「……ふふっ」


 樫見は掃除を始めるときから楽しそうだ。サトルは不思議そうに見つめると、樫見はそれに気づいた。


「あ、いえ。むしろ感謝したいのはわたしのほうで……」


「夕七ちゃんが一番怖い思いをしたでしょ? 主にサトルのおかげで」


 それを言われると弱い。優越感をありありと醸し出す明璃に対し、眉をひそめただじっと見つめ返すだけしかできない。


「でも、みんなといるのが楽しくて。わたし、家族以外でこんなに話せる人たちはできなかったから……」


「フフ、ワタシはヒトじゃないがね」


「水を差すなっての、バク」


「はい。バクさんや花子さんと、みんなと友達になれてうれしいなって、家に帰ってからもずっと思うんです。だから今は――花子さん、チカラをお願いします」


「ええ。よろこんで」


「……あっ、おい、樫見さんの目の下のトコ!」


「ああ、しっかり見えてるよ」


 真島が指すのは、花子さんとの共有印だ。涙のような雫のマーク、それは前に見たときよりも清らかに、それでいて前を見据えるまなざしはとても堂々としていた。


「だから今だけは、せめて恩返しを」


 樫見が指を青空へ指すと、真島が持っていたホースの水が空へ登り、流れは水の球を形作り、宙に留まった。太陽を受け反射した日光は、まるでミラーボールのように光の柱を降りそそいでいる。


「なにコレすげえな! 樫見さんがやってんのかよ! エグすぎでしょ、マジですげえ!」


 デッキブラシを放り投げ驚く真島。新鮮なリアクションだ。


「もっと……すごいのを……!」


 水の球から飛び込むような音が聞こえた。


「いや、これは……!」


 なんども怪奇現象を視たサトルも目を疑った。その音は水に飛び込む音ではない、水から飛び出した音だ。その飛び出したモノは――


「イルカだ……!」


 水で形作られた半透明のイルカが青空を泳いでいる。こんな幻想的な光景が学校のプールで見られるとは思えず、自然とため息がでた。


「まだまだです!」


 立てた指を指揮者のように振ると、様々な動物が飛び出した。


「ウサギだ、かわいい!」


「このウマ、CGじゃないの? ……冷たい。というコトは……ホンモノの水だコレー!?」


 共有した能力をここまで使いこなせるとは信じられない。


「大したモンだな、あんなまでに能力を使いこなせるのは」


 バクも同じ感想を抱いたようだった。


「当人同士の相性、心の状態の一致。諸々がうまくかみ合わないとならないが……。なかなかどうして、ワタシも舌を巻くよ。キミとワタシの相性よりもいいかもな」


「それは……すげえな」


 樫見の顔は笑顔で満ちていた。飛び込み台に座っている花子さんもそうだ。互いを信頼しあっているのがよくわかる。


 そんな楽しそうなふたりを見て、サトルは自分のコトのようにうれしく思えた。


「……ねえ、学校祭のヤツ、純粋にこれを見せたほうが盛り上がるんじゃない? カッパと戦うよりもさ」


「たぶんな……」


 明璃の意見はもっともだが、カッパのゴンの顔を立てなければ帰らないとダダをこねそうだ。


 そんなコトを考えていると、懸念を察知してきたのかとしか思えないタイミングであのなまった言葉が聞こえてきた。


「おーい、楽しそうなコトしてんなあ! オラも仲間にいれてくんろ!」


「うわでた!」


 いったいなにをするのか注視しよう。


「クマ出しておくれ、クマを!」


 もうなにをしたいのかわかってしまった、相撲だ。ゴンは相撲とキュウリのコトしか頭にないらしい。


「クマですか? ……はい、やってみます」


 さっきよりも膨れ上がった水球から、2頭身のかわいらしいクマが現れた。体格は大きいが、覇気は感じられない。遊園地のマスコットのようだ。


「はっけよい……のこったッ!」


 ゴンは掛け声とともに、クマとぶつかった。


「あのクマ水なのに、まるでホンモノみたいにぶつかってるぞ!?」


「ゴンも花子さんと同じで、水を操る能力を持ってるからな」


「花子さんかあ。それってあのおかっぱの子?」


「真島も視えるようになったか、そうかそうか」


「おや? キミたち、お互いに反応が薄いな」


「だって、もう多いぜ? 視えるの」


「花子さんより、禅院の背中のヤツのほうがヘンだし。いまさら花子さんを視たってビビらんよ」


「フフ、言ってくれるじゃないか」


 背後の会話に気を取られていると、ちょうど相撲の勝者が決まりそうだ。クマが押している。険しい顔をするゴンだが、サトルはゴンに秘策があるコトを知っている。水かきの目立つ手のひらに渦巻きを作って相手にぶつけ、その水圧で吹き飛ばす技――


「オラ、負けねえどお……。これを喰らうだ、水張みずは!」


「うお、クマが吹っ飛んだ!」


 ドヤ顔で伸ばした腕の先には――


「あっ、クマちゃんが……。ぅわっぷ!」


「ちょっ、夕七ちゃん!」


 クマはただの大量の水となって、樫見の顔面に直撃した。あわてて濡れた髪を元の状態に戻そうとしているようだ。


「……となると、あの水球は誰が支えているんだ?」


「バク、それって……」


 とっさに花子さんのほうを見た。そっぽを向いて口笛を吹いていた。


「……みんな逃げろおおおお!」


 あんのじょう、巨大な水球はプールに落ち、それは波となり4人とゴンを飲み込んだ。すぐに水は引いたが、どうしようもなくズブ濡れになってしまった。


「もしかして、オラ、やりすぎたっぺか?」


「なーんで夕七ちゃんに水クマを吹っ飛ばすのよ……」


「いえ、もっとわたしがしっかりしていたら……」


「……いい天気だ」


「感想がそれかよ真島ァ……」


 5人は仰向けに転がり、ただじっと空を見つめた。濡れた身体を太陽に預けると、静かに時間が流れた。


「……あっははは!」


 そして、一斉に笑った。なぜかおかしくておかしくてしょうがなかった。


「とっても……楽しいです」


「学祭もさ、こんなふうに楽しもうぜ!」


「オレたちだけじゃなく、周りも楽しませるようにしなきゃな」


「あたしはクラスと関係ないけど、ここまできたら手伝わなきゃね」


「んでもって、目指せ金賞だ!」


「おー!」




 そして時は――


「夕七ちゃん、誕生日おめでとう!」


「え? え? なんでそれを?」


「須藤先生が教えてくれたんだ、七夕の日が誕生日だって。これ、みんなで選んだけど、どう?」


「わあ、すてきな髪飾り……。ありがとうございます」




 瞬く間に流れ――


「やっべ、英語が補修確定だ。夏休みも学校行かなきゃ……。樫見さんは?」


「成績は問題ないですけど、出席日数が……。でも、わたしも補修を受ければ単位はもらえるみたいです」


「いっしょに進級できるようにがんばろう!」


「ちなみにおれも補修でーす☆」


「……真島もがんばろう!」



 文化祭当日、オカルト研究部部室――


「さあ、ついに来たぜ!」


 ついにこの日がやってきた。目的はひとつ、みんなで楽しむコト!

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