文化祭を楽しもう!③

 禅院くんを先頭にわたしたちが野外ステージへ向かうと、音楽とともに観客たちが盛り上がっていた。


 身体に響き渡るエレキギター、ドラム、ベースの音色。そして、一生懸命さが伝わるボーカルの歌声。よくテレビや動画サイトの広告で聞く流行りの歌のコピーだけど、臨場感がスゴいからか心に響く。


「あたしたちも準備しなきゃ。ゴン、ホースは水道につないである?」


「この長細いグニャグニャだか? こんなモンなにに使うんだべ?」


「これで水を出すの。プール掃除のとき大暴れしたでしょ? あんなふうに大暴れしちゃっていいから。見てくれてる人たちには極力かけないように」


「おう、任せてくんろ!」


 明璃さんがゴンさんに段取りを確認してから、やがて立ち見している観客からの大きな歓声をもってライブは終わった。


「イイ感じに暖まってるじゃねえか。これからもっともっと盛り上げていこうぜ!」


「もちろん」


 真島くんが意気込んでるけど、わたしはそうもいかない。ステージを間近にすると、どうしても緊張しちゃう。ここに立つのがまだ想像できない。


「樫見さん、だいじょぶ?」


「う、は、はい。……あっ!」


 最大の緊張のもとが見えちゃった。来てくれるのはありがたいけれど、中学生のときの音楽コンクール、それに卒業式だってガチガチになったのを思いだす。顔と耳が熱くなる。


「どうしたの?」


「うあ、お、両親とお兄ちゃんが来てる……! どうしよう、恥ずかしくなってきちゃいました……!」


「落ち着いて夕七ちゃん、こういうときは人をジャガイモだと思うのよ」


 明璃さんはこうアドバイスしてくれるけど、なかなかそうは見えない。


「ああ、よく言うよな、そういうの。んで……どう?」


「……カリカリしてて……おいしそうです」


「フライドポテトに見立てたな! 揚げる必要はないよ!?」


「あははっ! なんだそりゃ!」


「あ、はは……。ふふっ」


 なんかヘンなコトを口走ったような気がしたけれど、わたしもつられて笑って気がほぐれたからヨシ、だ。気分もよくなってきたところで、実行委員が真島くんに話かけた。


「グループ名はどうするだってさ」


「オカ研っていうのはマズいよな、非公式だし」


「決まってなかったの? パッと思い浮かばないなあ。じゃあ、フライドポテト?」


「樫見さん、それでどう?」


 フライドポテト、よりもしっくりきた名前が浮かんだ。


「フライドチキン……というのは?」


 飛び立つ弱虫、そんな思いを込めた名前。ヘンテコだけど、気にいってくれるかな?


「なるほど、オレたちにピッタリだ! それにしよう!」


 思ってるコトが伝わったのかな? とにかく、禅院くんが気に入ってくれてよかった。


「よっしゃ、1年1組のフライドチキンでお願いします!」


 真島くんが伝えてからすぐに実行委員のアナウンスが校内に響く。


「ただいまより、1年1組内のグループ・フライドチキンが送る、『怪奇! カッパ対ニンゲン・学び舎の決斗!』が始まります」


……やっぱり、このタイトルのほうがヘンかもしれない。


「おう、ヘンテコリンな出し物になりそうだなあ、カッパて。もっとなんかあっただろ?」


「最後までやり通せますか? すぐに軽音部から抜けた真島くぅん」


 楽器や機材を降ろし終えた軽音部だ! ツンツンの髪型も合わさってガラが悪くて怖い。でも、真島くんはどこ吹く風だった。


「へっへっ、あんまりナメないでくださいよセンパイ方。ド肝を抜くショーを見せてあげますよ……。この禅院と樫見さんがね!」


「いやお前がやらないんかい!」


「おれの担当はマイクパフォーマンスなのでね。……よし、さあ行け、禅院、樫見さん!」


 実行委員の握っていたマイクを手渡され、真島くんは高らかに張り上げた。


「とざいとーざい、さあさあ皆さんお立合い! これより始まりますは、世にも奇妙な奇妙な決斗、カッパと人の切った張ったの大立ち回り! 冷や水浴びても熱気はそのまま、はしゃいで騒いで盛り上がれ! なお、故障のキケンがありますのでスマホやビデオカメラでの撮影ご遠慮ください」


 少しだけの練習で、それも人前でこれだけ言えるのはスゴい度胸だ。あの軽音部の先輩にからかわれたときにしろ、あんなに気を強くいられるのは羨ましい。


「……なあ真島、途中でオレたちのトコに来てくれたから、こうやってここに立っていられるんだ。オレはマイクパフォーマンスをできないからな。ありがとう」


「えー? なんだよお前急によおーっ! テレるじゃねーか!」


 マイクが入ってる! 聞いてるわたしも恥ずかしくなる……!


「明璃もな」


「ん、サポートは任せといて」


 ふたりともあっさりしてるけど、きっとまた、目で通じあってる。いい関係だなあ。


「……樫見さん。これまで大変な道のりだったと思うけど、着いてきてくれてありがとう」


「わたしのほうこそ……。見つけてくれて、ありがとうございます」


 恥ずかしい。顔が熱い。こんなふうに人に感謝されたコトなんてないから。でも、こんな最後みたいな言いかたは……。それはイヤだ!


「あっ「だから……」」


 被っちゃった。もう恥ずかしすぎる……。


「被ったわね。じゃあ、いっしょに言ってみれば? はい、せーの」


 突然の提案!? だけど、戸惑わない。言わなきゃ後悔しそうだから。


「今後ともよろしく!」

「今後ともよろしくお願いしましゅ!」


「ふふっ……また被った」


 噛んだ……。ここまで恥ずかしいコトはこの先もなさそう。でも、言えた。言いたいコトは伝えられた。


「……さあ、行こうか」


 まっすぐ顔を見れないまま、わたしは禅院くんに手を引かれステージへと上った。


 少し前までは、こんな人前に出るなんて想像もつかなかった。でも、そばにこのオカ研メンバーがいるし、向こう側の校舎の窓から花子さんとメリーさんも見守ってくれている。今は顔を上げるときだ。


「それでは五臓六腑に四肢先端、あなたの全てを震わせる、怪奇にして奇跡のショーの始まり始まり~!」


 みんなで懸命に練習したセリフを紡いでいく。台本の通りに、カッパのゴンさんを目立たせるよう、時にはおどけて、時には互いに水を操り戦って……。


 ひたすら夢中になった、周りが見えなくなるくらい。万雷の拍手が聞こえてくると我に返った。観客のみんなはびちょ濡れだったけど、それでも笑顔で目を輝かせてくれている。


 わたしは禅院くんとゴンさんと横並びにお辞儀をして、ステージの袖に降りた。


「いやあ、大成功だったよな!」


「……まだ、続きがありそうだぞ?」


「続きって……予定あるの? 聞いてないわよ、サトル」


 耳をすませると、拍手とは違うリズムの手拍子。


「アンコールじゃん! どうする禅院、樫見さん、やるん?」


「……やらなきゃな」


 禅院くんに笑顔がないのが気になる。始まる前は、あんなにおだやかな顔をしていたのに、視線を泳がせて、なにか不安なコトがあるみたい。


禅院山ぜいんやま、感無量だよ……。オラ、すたーになっただな?」


「……そうだな」


「ああ、これで山に帰れるだよ――」


 なにもかも出し切った、という表情のゴンさんの目の色が変わった。しばらく虚空を見つめると、急にこっちを向いた。


「やあっと隙を見せてくれたな、このアホガッパは」


「うん? 自分でアホだなんて……。なに言ってんだよゴン」


「だが、いいお膳立てをしてくれたな。のん気に調子こいてるこの場のヤツらを恐怖のドン底に陥れてやるからよォ!」


 口調から言葉遣いまで、まるで人が変わったみたいになっちゃった……!


「――じゃあ、上がれよ」


 禅院くんは赤い目を光らせて、片手でゴンさんを持ち上げて、乱暴にステージへと放り投げた。すると観客からは再び大きな歓声が上がった。よく見ると、禅院くんの左目にあの呪痕キズが浮かび上がっている。


「聞いてくれ。ゴンに『悪霊』が取り憑りついた。そいつを追い出すために、悪いけどもうちょっとオレに付きあってくれ!」


「あの人体模型のときみたいにか。そういうコトならやるっきゃねえな!」


「いっかい悪霊に取り憑かれた身としては、なんとか助けてあげたいわね」


「……わたしも友達を助けたいです!」


「よしッ! フライドチキン、アンコールに応えて行くぜ!」


「「「おうッ!」」」


 猛練習した台本の先はもうない。この先は自分で作りあげるんだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る