同好会を設立しよう!②

「むう。カッパを見せる、か……」


 サトルはスマホに送られたメッセージをまじまじと見つめた。たしかに、この上ない実績ではあるが。


「カッパがどうかしましたか?」


「実は――」


 小林先生にこれまでの経緯を話した。朝、悪霊に取り憑かれたカッパに襲われ、今度はそのカッパをオカ研の実績として見せつける、と。


 自分でも、なにを言っているのかわからなくなりそうだ。


「なるほど。カッパは有名な妖怪――いや、空妖でしたね。相撲とキュウリとイタズラが好きで、山奥の川に生息していると様々な本に載ってありました」


 しかし、小林先生はすんなりと理解し解説までしてくれた。サトルはぜひ顧問になってほしいと思った。


「でも、ウワサ通り山奥に住んでいるのなら、どうして山を降りてきてこの学校へ? そもそもふつうに下山するのは目立つのに――」


 疑問まで浮かんだようだ。誰よりも好奇心がふくらんでいる様子に、心強さすら覚えるほどだ。


 その話は直接カッパ本人に訊くとして、まずは設立に動こう。


「ところで、クラブ作るのって誰に話せばいいんです?」


「まずは生徒会長に相談してみてですね。あっ、上級生の教室に入るのは緊張しますよね。どうしましょう、私が呼びましょうか?」


「おねがいします!」


「少し待っていてください」


 やさしい先生でよかったとつくづく思う。クラスメートに話しかけるのも緊張するのに、上級生のHRに行くなんて到底できない。


「お待たせしました。生徒会長、呼んできましたよ」


「ありがとうございます」


 国語科の職員室から廊下に出た。小林先生の後ろには生徒会長がいる。ふたつに結んだおさげの髪型と制服を崩さずに着こなす様は、まさしく生徒会長のイメージだ。


「話は聞いた。なんでもオカルト研究部を作りたいそうだな?」


「は、はい。そうです」


 やはり上級生と話すのは緊張してしまう。


「面白いね。だな実績がカッパとは。お星さまに念じてUFOでも呼び出したほうが確実なんじゃないか? 飛行機とか言いワケができるんだから」


 鼻で笑って、あきらかに小バカにしている口調だ。だが、こちらにはいる。見たら大笑いできるくらいおかしな見た目のカッパが。


「着いてきてもらっていいですか」


「この貴重な昼休みを無駄にしてくれるなよ?」


 圧が強い。気持ちはわかるが。


「私も同行しますねっ!」


 対してノリノリな小林先生。あの春の頃と比べると、まるで別人だ。


 中庭に着いたところで、サトルはあの水たまりを探した。が、この晴れ渡った天気だからか、地面は既に乾いていた。これではカッパも干からびていそうだ。


「……あれえ?」


「こんなトコに? コンタクトレンズを落としたワケでもあるまい」


「いや……あれえ?」


 空妖のルールから考えれば、まだカッパのコトを覚えているのだから生きているのだろう。困っていると、思わぬ助け舟が来た。花子さんだ。


「あのカッパならバケツと一緒に体育館の裏にいるわ」


「おや、やけに協力的じゃない?」


「別に。不服かしら?」


「いや、助かるよ。ありがとう」


 もちろん、ふたりは誰に感謝を述べたのかわかっていないだろう。小林先生はともかく、生徒会長は怪訝そうな顔をしている。


 そんなふたりを連れてそこへ行くと、あのバケツがあった。考えてみれば、なんでこんなバケツかあったのか、カッパが入っていたのか。なぜを問うとキリがないから置いておくが。


「この中にいるのか?」


 生徒会長はまだ疑っている。


「はい。待っててください」


 サトルは「開けるぞ」と言ってから、バケツのフタをゆっくり開けた。その中には、カッパの首だけが浮かんでいた。


「まぶしいべな……。んっ? オメエは朝のときのヤツだな?」


「うわあ……。グロっ」


 目が合った。サトルは引いた。おそらく首から下は水と同化しているのだろうが、にしてもこの絵面はないだろう。晒し首だ。


「なにしに来ただか? オラと相撲を取りに来ただか?」


「いや、そういうワケじゃないけど……。というか、元いたトコに帰んねーの?」


「オメエに落とされたトコが痛むからムリだ。ンなコトよりも、オラと相撲取るだよ!」


「なんで相撲はできんだよ! 一言で矛盾してんじゃねーよ!」


「カッパの世界じゃ、相撲は全てにおいて優先順位が上だっぺよ!」


 カッパは話を聞かず、ゴミ箱から飛び出した。


「え? ええええぇぇッ!?」


「水と同化できるのなら……川から来たんですね、上流から!」


 驚いている生徒会長を尻目に先生の名推理が光る。そして、この近くにたどり着いたところで悪霊に取り憑かれた、といったところか。


 なぜ学校で待ち伏せしていたのかはわからないが。なにか学校に恨みでもあるのだろうか。


「ンなコトよりも相撲だ! やるど、やるど!」


「禅院さん、土俵は準備しましたので!」


 考えていると小林先生は木の棒を持って、コンクリートで整備されていない地面に線を引いて土俵を作っていた。


「準備が速い!」


「そこの眼鏡のむすめッ子、さんきゅーだべよ!」


「そんなコト言われる歳じゃないですけどね!」


 サトルとカッパは土俵に上がり、蹲踞そんきょの姿勢を取った。行司はもちろん小林先生だ。


「はっけよーい……。のこったッ!」


「こんな小林先生見たコトない……」


 生徒会長はしみじみ言った。というか、カッパだって普段視ないだろうに。と思っていると、立ち合いはスムーズに始まった。


河童流カッパのながれ、水張り手!」


「げえっ!?」


 マンガの必殺技のような掛け声とともに繰り出された張り手は、触れてもいないのにサトルの身体を吹き飛ばした。


「バク、どう見る?」


 吹き飛ぶ最中、バクに訊いた。


「あの中の水を使ったんだろうな。水圧のチカラで」


「そうか……」


 やはり尋常でない能力だ。このカッパが悪そうなヤツでなくてよかった。そう思いながら、背中を地につけた。


「ただいまの決まり手は押し出し、押し出し〜!」


 それにしてもこの小林先生、ノリノリである。


「お、おい。大丈夫か?」


 生徒会長が心配してくれるようになった。これは勝った。そう思った。


 しかし、カッパとの勝負には納得がいかない。いきなり能力を使って勝つなど、許されないコトだ。


「おいカッパ! 次は正々堂々と勝負しろ!」


「オラのぱわーの前では、オメエの技なんて屁のカッパだあ」


「じゃあ……もう一回、なんでもありで勝負だ」


「これで負けたら、オメエの尻子玉をいただくだよ」


「えっ、コワ……。お、おう。いいぞ。いやよくないけど」


 ガッツリ引きながらも、再び土俵に上がった。サトルには勝算があるからだ。


「はっけよーい、のこったッ!」


 相撲らしく、カッパはマジメにぶつかってきた。しかし、一歩も動かず、ポケットからあるものを取り出し土俵の外に投げ捨てた。


「むッ! あれは!」


 カッパはそれに向かって脇目も振らず飛びついた。


「キュウリだあ! こんなトコにキュウリがあっただあ!」


 そう、カッパの大好物であるというキュウリだ。


 サトルは弁当の中に入っていた輪切りのキュウリを仕込んでいた。しかし、輪切りでこの反応なのだから、よっぽど好きなのだろう。土俵を軽く飛び越えていった。


「えー……。ただいまの決まり手はキュウリです!」


「なんてアドリブ力だ!」


 サトルは思わず声がでた。


 カッパは行司の判定に我に返ったようで、あっけにとられたという顔をしている。具体的には、クリクリの目を見開き、クチバシを半開きにしている。


「……ぷっ」


 生徒会長は笑いを必死にこらえている。たしかに面白い顔だが。


「これは卑怯だべ、物言いだよ!」


「なんでもありなので無効とします!」


「ぐぬぬ……。引き分けとは言わせねえ、もういっちょ勝負だ!」


「いや、ダメだ。時間がな」


 もうすぐ昼休みが終わる。


「というワケで、これを実績と認められませんか?」


 生徒会長に訊くと、ふたつ返事で「わかったわかった」と言った。


「さすがにこれを認めないワケにはいくまい。もちろん、カッパのコトもヒミツにしておこう。……ところで、部費はかかるか?」


「いえ、一切」


「ならばよしッ! オカルト研究部の設立を許可する。今年廃部になった囲碁部の部室を使うといい。言っておくが、完全には認められないグレーゾーンにある。そこは各々わきまえるようにな」


「ありがとうございます!」


「職員会議で追及されたら私がちょろまかしておきますので、ご安心をば!」


 なにかと小林先生が一番張り切っているような気がする。ともあれ、部室をゲットだ。これで人目を気にせず、空妖について研究できる。


「おーい、オラを勝負しろー!」


「まだ言ってる。また今度な。それより、このバケツを押して部室に来てくれよ。誰にも見つからずにな」


 チャイムが鳴った。急いで明璃にラインに報告すると、すぐに親指を立てたキャラクターのスタンプが送られてきた。放課後に集まるのが楽しみだ。

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