仲間を探そう!③
文化祭まであと20日
「失礼します!」
サトルは今日も樫見のもとへ足を運んだ。相変わらず保健室にはケガ人も病人もいない。みんな健康なのはいいコトだ。
「来たな、禅院。今日はなにを話してくれるんだ? 樫見も楽しみにしてるんだ」
「そうなんですか! 迷惑だったらどうしようかと」
「せ、先生」
カーテンが引かれたベッドから、か細い声が聞こえてきた。徐々に心を開いてくれているのだろうか。
「でも、話すネタがもうなくなってきちゃって……」
「身の上話でもさあ」
「そんな面白いモンでもないですけどね、こういう体質になったのもつい最近だし」
「じゃあ、なんだ、その、いい幽霊とかはいないのか?」
「いい幽霊……」
幽霊は未練を抱えてこの世に残り続ける危うい存在だから、いいも悪いも幽霊の心の持ちよう次第なのだが、いい幽霊と聞いてすぐにコウが思い浮かんだ。
「もちろんありますよ――」
サトルは鮮明に残った記憶を辿って、コウとの再会を話し始めた。
「事故で死んだ友人なんですけどね、会えるとは思ってなかったからうれしくて……。ああ、それで立ち直れたので、そんな顔しないで下さい」
「……そっか。それで姿は当時のままだったのかい?」
「はい。背もアイツのほうが高かったけど、今じゃすっかり抜かしてました」
「うんうん。それでなにを?」
「霊園で日の出を見に行ったんすよ。ほら、あの『ねむりの丘』って目立つ看板があるトコに。そうしたら、満足そうに消えたんです。成仏ってヤツですかね」
何故か身体中がボロボロだったコトと、メリーさんが一緒にいたのは言わなかった。情報量がもっと多くなるし、自分でもよくわからないからだ。
「その別れ際にね、こう言われたんです。『人生がんばれ!』って……。だからオレは今を変えたくて、文化祭でなんかやってみようと思って」
「こんな経験は誰でもできるコトじゃないぞ。その思い出、ずっと大事に持っていなよ」
「はい、先生。って、話が変わっちゃったなあ」
「じゃあ今度は樫見の番だな?」
須藤からのパスに、カーテンの向こうからフトンの動く音がした。動揺しているのだろうか。
「言いたくないかー。じゃあ、自分から言っちゃおうかなー?」
「ちょっ、そんな、無理に悪いでしょう!」
自分から言わないのは聞かれたくないというコトだ。誰でもわかる。信頼している人から聞くのも、あんまりいい気はしない。
「あの――」
「あー! 聞こえないですよ!」
ここは耳をふさいでやり過ごすしかない。手で耳を抑えていると、須藤は目をいつもより少し開いてなにかを言っているようだ。
「あのさ、今話そうとしたの、樫見だぞ」
「えっ? ご、ごめん!」
まさか話してくれるとは思っていなかった。
「聞いて欲しい、です」
独り言をつぶやくような小さな声でも、その勇気はすごく、すごく大きなモノに思えた。
「うん。……聞いてる」
「……わたしは、いじめを受けたワケでもなければ、家族仲も悪くはありません。中学のとき、リレーでビリになって独りで走っていたときの声援が忘れられなくて。がんばれって言葉、人目が怖くなってしまって……。それ以来、ずっと、こうして」
サトルにはその気持ちが理解できた。取り残された時点で、多数という輪に入れていないのだから。気持ちの切り替えができないと、過去に取り残されたままだ。
彼女とどこか似ていると、そう思った。
「高校に行けば変わるかと思っていました。でも、周りのほとんどが知らない人。『みんな同じコトを思ってる。だから話しかけてさえすれば、すぐに友達はできるよ』と両親は言ってくれましたが……、わたしにはできませんでした」
途中から声が震えてきた。しかし、ここで無理しないでと言うワケにもいくまい。彼女はいま、勇気を振り絞っている。
「ずっと変わりたいと思っていました。でも、怖いんです。一歩踏み出す勇気も出ませんでした。けれど……、けれど、誰かと一緒なら。変わりたい思いを分かち合えるなら――」
もぞもぞと音がしたその直後、内側からカーテンが開かれた。そこには樫見が座っていた。長く黒い前髪に覆われているが、大きな瞳は赤みを帯び顔も真っ赤にして、いまにも泣き出しそうだ。
「わたしといっしょに、変わりませんか?」
深呼吸をして、しっかりとこちらを見据えて言ってくれた。シーツを握りしめながらがんばったんだ。
「うん、そのためにオレは来たんだ」
大きな勇気を受け止めて、離さないように誓おう。
「きっと、人目につくコトも緊張するコトもいっぱいあると思うけど、大丈夫。樫見さんが怖ければオレも怖いと思うから、遠慮なく言ってほしいな。全力で共感するから!」
「それは大丈夫って言ってもいいのか……?」
須藤先生の呆れたような言い方に、ふたりは笑った。
「だけど、変わるのが怖いって、そりゃそうなんだよな」
須藤先生がマジメなトーンで喋ってるのは珍しいような気がする。
「個人的な考えだけどさ、変化ってのはなにかを得る代わりになにかを失うコトだと思うんだ。なにも得ずに失うだけなのは、きっと誰でもイヤだろうしね」
サトルのずっと抱えていた疑問が晴れ、納得がいった。変わるコトが怖いんじゃない、なにも得られないコトが怖いんだ。
「まあ安心しな、逃げたくなったらこの私がいる。ここでひと休みすればいいさ。だから樫見、やってみなよ。精いっぱい」
「はい。須藤先生、ありがとうございます」
樫見は須藤に微笑んでみせ、ベッドから立ち上がった。まだ不安げな面持ちだが、それでも、自分の意志で立ち上がった。
「明日、教室で授業を受けたいと思うので、その……よろしくお願いします。えっと――」
「禅院サトル。改めてよろしくね、樫見さん」
「あ……はい。
互いに顔を合わせあいさつした。多少、目は泳いではいるけれど。
「青春だねえ。がんばれよ、ふたりとも」
「はい。わたし、変わってみせます」
チャイムが鳴った。授業に遅れてしまう。
「あっ、行かなきゃ。えっと明日さ、迎えとか大丈夫?」
「えっ! いや……。は、はい。大丈夫です」
目を背けてしまった。須藤先生に比べれば、まだまだ信頼されていないみたいだ。
「了解、じゃあ、また明日!」
サトルは急いで保健室を飛び出していった。
またふたりだけになった室内の静寂を破ったのは、樫見だった。
「どうしよう、須藤先生……明日のコト考えると、今になってドキドキしてきました」
「早いな。でも、あんなふうに心をさらけ出すなんてスゴいじゃないか。きっと、禅院も心を動いたよ」
「え? なんて言いましたっけ、なにかマズいコトでも言ってないといいんですが……」
「忘れたの?」
「勢いで言ったから……」
「大丈夫だよ。今日は疲れたろうから、せめて今だけはここでゆっくりしてな。んでもって、明日からがんばればいいさ。自分を大切にね」
「……ありがとうございます、須藤先生」
樫見は見飽きた白い天井を眺め、クラスに馴染んでいる自分を想像しようとしたが、具体的には思い浮かばなかった。
(けれど、あの禅院くんと話す自分なら想像できるかも。少しだけ似てると思ったからかな)
明日は、久しぶりに教室で授業を受ける。向けられる視線も陰口もあると思うが、共感してくれる人がひとりでもいるなら、気が楽になる気がする。
それに、つらいときにここへ帰ってこられるのもある。須藤先生がいたから勇気を出せた。
(……がんばろう!)
樫見はいつもより温かく感じるベッドに身をあずけ、ゆっくり目をつむった。
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