仲間を探そう!②

 文化祭まであと21日



 昨日の勧誘は手ごたえが感じられなかった。事実を話したまでだが、幽霊の話なんかして引かれてしまっただろうか。アレコレ考えても妙案は思い浮かばず、昼休みがきてしまった。


「禅院、どうだった?」


「真島、どうしよう。樫見さんさ、はいといいえしか言ってくんない……」


「ドラクエかよ! それで今日も行くの?」


「そのつもりだけどさ、どう誘えばいいんだろう。オレって常に誘われたら行くタイプだからわからないんだよ、誘い方」


「それって、独りだろうが誰かといようがどうでもいいってカンジで、つまんないヤツっぽく見えちゃうんだよな。気をつけろよ」


「うっ……。そうだな」


 真島はたまに図星を突いてくる。それも鋭く。


「そういうのに限って、誘われなくて勝手に傷ついてるんだ。おれも中学の頃そうだったしさ」


「じゃあ、オレによく話しかけてたのって?」


「そりゃ、ぼっち仲間かと思ってさ。中二病かと思ったら、ふつうに暗いヤツだなってのがおまえの第一印象だったな」


「あまり聞きたくなかったな、そういうハナシ……。というか、中二病って。そんなふうに思われていたのか」


 サトルは急に恥ずかしくなった。もう失いたくないから、友達は作らないと確固たる決意をしていた頃だ。


「まあ、今はそんなふうには見えなくなってきてるぜ。変わってきてるよ、徐々に」


「変わってる、か……」


 変わるとは、変化とはなんだろうか。


 それは怖いコトだとサトルは思った。ではなぜ怖いのか。変われなかったらと考えてしまうからだろうか。とにかく、今は答えがでない。


「なんの話してたんだっけ。そうだ、樫見さんだったな。当たり前のコト言うようだけど、やっぱ、こっちから伝えても、向こうが言わないとこっちも伝わらねーしな」


「つまり?」


「口説き伏せたら、返事を待つしかできないんじゃね?」


「そっか、そういうモンだよな。粘ってみるよ」


「がんばれ!」


 弁当を食べ終わると、サトルは立ち上がり保健室へと向かった。


「あっ、やっと来た。ちょい待ち」


 HRから出てすぐに、入口で待ち構えていた明璃に止められた。


「どうしたん?」


「ライン送ったのに見なかったの?」


「見てないぞ。なんか言えないコトでもあんの?」


「大アリ。一緒に渡り廊下に来て」


「ちょっと早めに終わらせてくれよ。オレも用があるから」


「樫見さんのね。わかってる」


 中庭を見下ろせる渡り廊下は、クラスの違う生徒たちの溜まり場となっている。しかし今日は曇っているからか、サトルたち以外に誰もいない。


「んでんで?」


「ちょっと待ってて、今呼ぶから……」


 スマホを取り出し、素早く人差し指を動かす明璃。誰が来るのか予想はついた。


「サトルにーちゃん、やっほー!」


「うおおッ! びっくりした!」


 背後から突然呼ぶ声。予想できていても驚いてしまう。この少女の声はバクのものではない。


「いつも思うけど、予想以上に元気あるなあ。それで、用があるのはメリーさんのほう?」


 振り向いて目の前にいるのは、結んだ金髪を元気いっぱいにたなびかせる少女。もちろん、この学校の生徒ではない。ましてや人間でもない。人の姿をした人形ひとがた空妖くうよう、メリーさんだ。


 空妖には人智を超えた能力がある。メリーさんも例外ではない。瞬間移動ができるのだ。条件は自分の位置を相手に知らせるコト。


 今の移動は、明璃のスマホに『兄ちゃんのうしろにいる』とメッセージを送ったのだろう。


「ううん。わたしのね、友達を紹介したいの!」


「友達? それって空妖の?」


「そうだよ!」


 人形の空妖は、特別強い霊感を持っていないと視えない。なので、バクよりも人目を気にせずに話せる。傍から見れば独り言を喋っているようにしか見えないけれど。


「そっか、友達ができたんだな。よかったなあ」


「兄ちゃんは友達できた?」


「え? ……いや」


「そっかあ。……ふっ」


「なんだその勝ち誇ったような笑い方は!」


「そんなコトないよお?」


「まったく……。それで、どこにいるんだ?」


「この雲行きだとね、そろそろ来るよ」


「雲行き? っと、冷てっ。降ってきたな」


 梅雨らしく雨の日が多い。小降りのうちに、サトルは濡れないよう引き返そうとするが、明璃とメリーさんは動こうとしない。


「これじゃビショビショになっちゃうぞ、早く中に入ろう」


「平気だよ。ねっ、花ちゃん」


「――そうね。このくらいなら、ね」


 聞きなれない女の子の声が頭上で響いた。見上げると、足を組んで座りながら空中に浮かぶ少女がひとり。間違いない、メリーさんの友達の空妖とは、この子だ。


「初対面にしちゃあ頭が高いな。降りてきてもらおうか」


 バクが学校の中なのに、珍しくしゃべった。


「その声がメリーの言ってた口の空妖かしら? いいわ。せっかくだし、お話しましょう」


 バクに促され、少女は階段を下りるように、空中からこちらへやってきた。そういえば、雨がまったく当たらない。


「水を操る能力か。今の芸当は雨を固定していたんだな。急に現れたのも水を伝って移動してきたってトコかな? いい技だ」


「あなたは食わせ者のようね。ポカーンって顔をした宿主の子と違って」


「フフ、食べるのも食わせるのもワタシは得意だ」


「むぅ。さっきからなんかバカにされてるな……」


 そうじゃないトコを見せてやろう。少女の見た目は、白いワイシャツに赤いスカート、そしておかっぱ頭。それとメリーさんが花ちゃんと言っていたのでわかったぞ。


「君は『トイレ』の花子さんだな?」


「その名前で呼ばないッ!」


「冷てえ!?」


 急に冷水が顔にかかった。


「固定していた雨水のプレゼントよ」


「そうなんだけどね、花ちゃんは『トイレの』って言われるのがイヤなんだ。カッコいいのにね、二つ名」


「あっ、そう……」


 たしかにそうだとサトルは思った。そういうモノだから当たり前にそう呼んでるけど、そんな二つ名つけられたら誰でも良い気はしないハズだ。


「それで、ふたりどこで知り合ったの?」


 明璃が訊いた。


「公衆トイレでだよ。遊びの誘いに答える練習をしてたみたいなの」


「やっぱりトイレの花子さんじゃん!」


「モラルと! デリカシーが! 足りていないッ!」


「ひゃっこーい!」


 指先だけを濡らしてきた。この水を操る能力、悪い空妖だったら強力な敵となっていただろう。


「こんなのがメリーと明璃の友達だなんて。もっと人を選んだほうがいいわよ」


「ごめんねっ。サトルにはちゃんと言っておくから」


「まあここは……メリーと明璃に免じて『水に流して』あげるわ」


「その言い回し、やっぱりトイレの花子さんじゃん!」


「んんんんッ!!」


「冗談ですごめんなさいやめて! 背中にいれないで!」


 初対面なのに面白半分でからかってしまった。


「同じコトを何度も言わせるなんて、いい度胸してるわ」


「こんな花ちゃん初めて見たよ」


「なるほど、これが怒りね。怒るというのも、これが初めてかしら」


「今まで誰とも出会わなかったもんね。でも、楽しいよね。気持ちを伝えるのって!」


「……そうね。ずっと独りだったから」


 花子さんは明璃とメリーさん見て微笑んだ。


 サトルは人形の空妖を視るたびにいつも思う。永遠と思っていた孤独とは、どれほど苦しいのだろう。誰にも気づいてもらえず、思い出にも残らないなんて。


「もっと仕返ししてやりたいけど、反省してるみたいだし、これぐらいにしておいてあげるわ。行きましょう、メリー」


「あざーす」


「ふたりとも、じゃあねー。花ちゃん、せっかくだし学校見て回ろ!」


 ふたりの空妖は廊下を渡っていった。姿が視えなくなると、雨が顔に当たった。


「空妖ってさ、なんかこう、クセがスゴいよな」


「ほら、早く行かないと休み時間終わっちゃうよ」


「そうじゃん。ビショビショになっちゃったし、これで会うのかよお!」


「学ランだからそんなに目立たないって。頭はめっちゃ濡れてるけど。ついでに乾かしてもらったら?」


「まあしょうがないや。じゃあ行って来るよ」


「退屈しないわね」


「呪いのおかげでな!」


 サトルは明璃と見合わせて笑いかけた後、そのまま保健室に向かった。


「また来たか。って、なんでそんなびしょ濡れなんだ? 雨の日に散歩したイヌか?」


 保健室の須藤先生は、一目見るなり困惑した。


「いや、いろいろあって」


「妖怪かなんかに襲われたってか?」


「そうなんすよ、まあ、じゃれ合ったって程度ですけど」


「へえ、妖怪なんかいるんだな。樫見、聞こうぜ」


「……はい」


 サトルに疑問がよぎった。なぜ、妖怪なんて言葉が飛び出たのか。外は雨が降っているのだから、それを引き出すハズだ。昨日はたしかに幽霊の話をしたが、バクはヒミツにしたままだ。心霊現象の延長線上に妖怪はいるだろうと踏んだのか。


 それとも、いると確信したうえで訊いてきたのか。だとしたら、答えはひとつだ。


「あの……、なんかヘンなのでも視えました? 背中に憑いてるとか。ンなワケないですよねあはは」


「ああ。口のコトか?」


「あー……」


 バレていたようだ。バクだけは隠していたのに、これではとんでもない道化だ。


「まあ、それは置いといてさ。聞かせてくれよ、その妖怪とじゃれ合ったっての」


 バクのコトはいずれ話そう。今は、さっきの出会いを話すべきか。


「トイレの花子さんに会ったんですよ。『トイレの』って言うと怒る花子さんに――」


 不思議な出会いを共有するのは楽しい。時間が過ぎるのはあっという間だった。

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