交流しよう!①
文化祭まであと19日
「サトル、今日はどうしてこんな早く出たんだ? 親御さんも腰を抜かしてたぞ」
「昨日の進展を忘れたか? 樫見さんが教室で授業を受けるって」
「それとなんの関係があるんだ」
朝早くに家を出たため、人の姿はない。気兼ねなくバクと話せる。
「きっと、朝イチで来るぜ」
「へえ?」
「久々に学校来るのって、すげー緊張するんだぜ。教室の戸を開けるときの注目がな、あれがヤバい。だから、人の少ないときに来るんだよ」
サトルは樫見の決意を見たかった。もし学校へ来たのなら、それはホンモノだ。できるコトがあれば、精いっぱいサポートしてあげたかった。かつて、コウがやってくれたように。
「ふうん。まあ、その推理が当たったとしても、なんかストーカーっぽくてちょっと引くけどな」
「……この俗世に馴染んだ減らず口め。でも、言われてみれば、ホントにそんなカンジだな。たしかに引かれるかも……」
「ワタシとしたコトがつい口が滑ってしまった。そう不安になるなよ、もう退けないぞ」
「そりゃわかってるよ、もう! 行くしかないってコトはさあ!」
妙案かと思えば、バクの指摘で一気に不安になった。そもそも第一印象をどう受け取ったのかも不安になる。懸念がひとつでも浮かび上がると、いつも負のスパイラルに陥ってしまう。
これがダメなのかはわからない。個性で片づければこんな雑念はキレイさっぱり拭い去れるのかもしれない。考えないためにも、今はただ走るコトしかできなかった。
「さて、着いたけど……、昇降口は――よかった、開いてる」
「じゃあ、ここであのコがいるか賭けよう。ワタシは『いない』に賭ける」
「いいんだな? もちろん、『いる』だ。負けたときを考えてろよな~」
「いいとも。ワタシが勝ったらプリンだぞ」
「また? 飽きないなあ」
「プリンは冷蔵庫になんぼあってもいいんだ」
上履きに履き替え、HRに向かいながら話した。そして戸の閉まっているHRを前に、鼓動が速くなった。
「誰かが中にいれば、ここはいつも開きっぱなしだ。フフ、ワタシの勝ちだな。楽しみだな、プリン」
「早とちりすると後悔するぞ?」
力強く開けたい気持ちを抑え、ゆっくりと戸を開けた。
すぐに目に入ったのは、髪をなびかせ、こちらに素早く振り向く樫見の姿だった。サトルは心でガッツポーズをとった。
「おはよう、樫見さん」
「あ、その、おはようございます、禅院くん……」
やはり、目は合わせてくれない。なぜが黒板の前で呆然と立ちすくんでいるように見える。
「席、座ろう」
「あ、えっと……。どこがわたしの席か忘れてしまって……」
「ああ……」
2ヶ月もいなければ忘れもするだろう。まだ席替えはしたコトもない。名簿順で並んでいるから、おおかた予想はつく。それよりも手っ取り早い方法もある、気が引けるがしょうがない。
「机の中でも覗けばわかるかな?」
「どうしよう……。気の強そうな運動部の人の物置にされたら……」
「それは大丈夫だよ」
「え、あっ、もしかして……?」
「……すっごい聞こえたよ、独り言」
「あ、ああ……」
恥ずかしさからか、顔と耳が真っ赤になっている。早く安心させないと。
「教卓の中に名簿があったハズ……。あっ、あった」
サトルは名簿を見て、樫見の机に案内した。
「あっ、引き出しになにも入ってなかった、です。よかったあ……」
樫見は自分の席についた。サトルは胸をなで下ろし、そばのテキトーな席に座った。
だがしかし、間髪入れずに一大事。会話がない。自分から話かける経験がほとんどないから、切り出し方がわからない。こういうときは、なにを話せばいいのだろう。
「……禅院くん、登校、早いんですね。部活かなにかを?」
意外にも樫見から声をかけてくれた。
「いや、帰宅部なんだけどさ。オレ、宿題って家でできないんだよね。誘惑がいっぱいあって……」
出任せだ。いの一番に樫見に会うからこそ、こんな早くに来た。やはりストーカーじみてる気がして、自己嫌悪してしまう。
「そうなんですか……」
少し黙った後、また樫見は口を開いた。
「でも、安心しました。禅院くんが一番に来てくれて。このクラスで、わたしが唯一知ってる人だから……」
その言葉で、サトルの負い目は解消された。
涙が出そうだ。昨日といい、こんなにまっすぐな言葉を紡げるのだから、オレなんかよりも前向きになれるのではと、そう思った。
「ありがとう……」
「な、なんの感謝ですか!?」
「ごめん……こっちのハナシ」
気づくと感謝していた。これでは不審がられてしまう。なにか距離感を縮めるすべはないか。
「そうだ、なんかさ、困ってるコトとかないかな? 勉強とか」
勉強を通じて交流を図ろう。つらいモノを共有するコトが仲良くなるヒケツだと、明璃が言っていたのを思いだした。自信はないが授業に出てる分、教えられるハズだ。
「いいんですか? じゃあ、『二次不等式』を……」
ダメだった。それを教えるには荷が重すぎた。
「オレも……さっぱりです。数学なのにアルファベットがいっぱい出てくるトコから、もう理解不能だよ」
「あ、じゃあ、わたしが基礎くらいなら……」
「いいの? 教えてくれんの!?」
「はい、実は須藤先生に勉強を教えて貰っていたんです」
「そうなんだ……。ぜひ、ご教授願います」
「そんなにかしこまらなくても――」
ふたりは教科書を開き、樫見は教え、サトルは聞いた。
樫見の教え方は、黒板を眺めているよりもスラスラと頭に入った。数学というクセに数字だけじゃなくアルファベットも多いムカつくヤツという認識が変わりそうだ。
「――だから、こんなふうにグラフを書いてイメージするとわかりやすくなります」
「おおっ、解けた。スゲー! 教えるのうまいよ、わっかりやすい!」
「あ……ありがとうございます」
「オレのほうこそ感謝だよ」
喋れているのはいいが、サポートされる立場になっている。先輩風を吹かせる余裕なんてなかった。
それはともかく、いいコミュニケーションをとれたのではないか。文化祭の出し物の予定を伝えてもいい頃合いだろうか。
「ところで文化祭のさ――」
「――あれ? 禅院と……もしかして樫見さん?」
後ろから聞きなれた声がした。振り返ると、そこには真島が立っていた。真島だけでなく、ぞくぞく登校してきた。その奇異な目はこちらへ向いている。
「そっか、そうだよな。もうみんな来る時間か」
黒板の上にある時計を見ると、もうちょっとで朝のHRが始まる。それに気付かないくらい数学に打ち込めるなんて初めてのコトだった。
「じゃあ、また後で話すね」
サトルはイスから立ち上がり、自分の席につこうとした。
「え……? この席って禅院くんの席じゃ……?」
「誰もいなかったから座らせてもらったんだ」
「樫見さん、おれ真島! よろしく!」
「えっ? あっ、ああっ」
真島が雑な自己紹介をすると、樫見の目はふらふらと慌ただしい様子だ。これはマズいかもしれない。
「樫見さん、ムチャはいけないからね」
サトルはそう声をかけると、樫見は急に立ち上がり、教室を出て行った。目にも止まらぬ速さだった。
「真島ァ! 樫見さんおびえちゃっただろうがァ!」
「えっ、おれ!?」
「まあ違うと思うけど」
「じゃあなんで怒鳴ったの!?」
「解決しないかなって」
「こいつァひでえや!」
やはり多くの目に触れられたり、急に距離感を縮められるとつらいのだろう。スゴくわかる。
「とにかく追ってくる」
「もう朝の時間になるぞ?」
「テキトーに言い訳しててよ」
「じゃあ、トイレに駆け込んだって言っとくな! 遅かったら、なげーウンコしてるって言っとくな!」
「……もう、スキにしてくれ」
サトルは教室を出た。目指すは樫見は真っ先に向かいそうな保健室だ。
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