第2部 校祭編

プロローグ 文化祭のスターになろう!

 やはり、身の丈に合わない約束などしないほうが良かったかもしれない――学校からの帰り道に、禅院ぜいんサトルはそんな思いを何度も噛み締めた。


「どうしたサトル、今の曇り空みたいだぞ。あっそうか、数学の抜き打ち小テストが全く解けなかったとか?」


 面白がって話かけてくるのは人ではない。背中に巣食う『口』のバクだ。真っ黒に渦巻く空間から剥き出すギザギザの歯と長く赤い舌を持つ、文字通り大きな口のソイツは、『空妖くうよう』と呼ばれる存在だ。


 空妖とは、平たく言えば『妖怪』である。


 どうしてこんなモノに巣食われているのか。それはサトルの先祖がはるか昔にある鬼に挑んだ際に『呪い』を受けたからだ。呪いは血と共に継がれ、ついに現代に辿り着いたのだ。そのおかげで、この世に未練を残す幽霊すらも視えるようになった。


「それもちょっぴりあるけどさ……」


「じゃあ恋煩いとか?」


「この減らず口が!」


「フフ、言われ慣れっこだ」


 周囲にバレないよう気を使ったりして日常は以前とすっかり変わったが、減らず口のバクとの共生は悪いコトばかりではない。


「ほら、あのバスケのときだよ」


「ああそれか。ワタシのおかげで大活躍だったじゃないか」


「イヤミったらしいなあ! その後だよ、後。ほら――」




 話は2時間前にさかのぼる。体育でバスケットをしたときのコト。


 相手へ味方へ、跳ねるボールを追いかけても手に渡るコトはない。形勢はこちらが有利だが、パスは来ない。日陰者はそういうものだと思い、サトルは味方のコートで傍観した。


 体育館が熱狂の声を上げているようだ。ドリブル、シュート、バックボードへの激突、そしてリバウンド後の着地。生きているような音の集いに爽やかさすら感じる。胸が響き、熱くなるのは、ただ音が大きいだけではないはずだ。


「スポーツはいいな。見てるだけで楽しい」


 バクが聞こえるか聞こえないかの音量で言った。


「そうだな」


「参加すればもっと楽しいだろうに」


「仲良いヤツらとやれば、パスだって来るんだろうな。きっと……」


「こんな現状を作ったのはキミだろうに。まだ友達を作るのが怖いのか?」


「そうかもな」


 サトルには片手で数えても指が余るほどの友達しかいない。それは小学生だった頃、かつての親友、倉入くらいりコウが突然、交通事故で亡くなったからだ。『出会わなければ別れはない』、そう思いながら友達を作るのは諦めていた。


 しかし、少し前に幽霊として現れたコウに出会い、そして別れを告げる際に言われた。「お前の人生をがんばれよ」、と。その言葉でサトルも救われた。皮肉なハナシだが、呪いを継いだおかげだ。


「それに友達を作るのってさ、スタートダッシュが肝心だろ? 入学したときにさ。今更その……わかる?」


「人面犬とも仲良くなれたのに、ニンゲンの友達などいつでも作れるだろう。キミはニンゲンだぞ」


「そりゃごもっともだよ」


 雑談に興じてると、ボールがサトルの方へと転がってきた。すぐにボールをひろい、その場でドリブルをした。相手は取りにも来ない。くすぶる思いを晴らすのにうってつけではないか。


「誰も来ない。キミを侮ってるな」


「そりゃ、クラスに馴染めない陰キャがボール持ってたらな」


 ドリブルの音は大きくなる。徐々に興奮する鼓動に合わせて。


「バク……一瞬だけ借りてもいいか? チカラを」


「おや、口酸っぱく周りからバレるなとか、舌と歯をちゃんとしまえとか言ってるのに、ムシのいい話だな?」


「キズついてたんならゴメン……。お詫びと言っちゃアレだが、プリンを奢ってやるよ」


「3個繋がってるヤツか?」


「いや……でかいの。クリームが乗ったヤツ」


「のった。じゃあジャンプするタイミングでいいな」


「ああ、行くぞ!」


 サトルは敵陣へと向かった。味方はみんなマークされ、もう一人もゴール下でリバウンドを狙っている。スリーポイントラインに立っても誰も来ない。ぼっちのプレーなど誰も警戒しないものだ。


(かえって好都合だ! バク、このタイミング!)


 ボールを両手で持ち、左目を赤く光らせ、ゴールネットを目がけて膝を曲げてから跳びあがった。面白いように床が遠くなり、眼下には皆、心底驚いたような顔をしてこちらを見上げている。視線を前にやると、バックボードをゆうに超えていた。


 とんでもない優越感が胸を貫いた。快ッ感だ。こんなコトが出来るのもバクのおかげだ。『空妖』は生物に自らの能力を『共有』させられる。バクは『食べた生物の生態をコピー』するチカラを持っている。


 サトルは浮きながら、バクがいつか食べたバッタの跳躍力を借り、ダンクシュートを叩きこもうとした。しかし、それが叶うコトはなかった。


(もしかして高すぎる? どのタイミングで叩きこめばいいんだ? あっ、ダメだこりゃ。ぶつかるな)


 かえって冷静になったその一瞬、高く跳びすぎたせいでゴールリングに腹を強打し、そのままひっくり返って床に叩きつけられた。


「あぁ……腰が……」


 考えてみれば当たり前だ。ダンクシュートなんて練習すらしたコトがないのだから、どれだけ人智を超えた異能を利用しようが上手くいくワケがない。そしてサトルは確信した。このチカラで日常を彩ろうとしてもロクな目に合わないと。


「おい……禅院」


 わき目も振らずのたうち回りたいが、恥ずかしくてそんなザマは見せられない。涙目になってないか不安を感じつつエビ反りの姿勢のまま呼ぶ声に向くと、体育の教師が目を見開いていた。


「大丈夫か? 身体は」


「あっはい、大丈夫っす」


 なんとか立ち上がると、教師の口元はすぐにゆるんだ。


「今のはとんでもない大ジャンプだったぞ、体力テストはいずれも平均だったのに。もっとやる気を出したらどうだ? 世界獲れるかもしれないぞ」


「大げさですよ」


 こうは答えたが、実際、そういった世界記録は総ナメする自信はある。インチキだからやらないが。


「そうだよ、禅院!」


 気がつくと、周囲には相手味方問わず、クラスメイトが群がっていた。みんな目を輝かせている。なんだかくすぐったい気分だ。


「話かけづらいヤツって思ってたけど、あんなエグいジャンプ見たコトねえよ!」


「マジにスポーツやってみろって!」


「今の撮ってティックトックに上げればバズってたしね?」


「これ学祭の金賞ワンチャンあるな!」


 今まであまり話してもいないのに言いたい放題だ。そのコミュニケーション能力は純粋にうらやましい。


(……うん?)


 聞き捨てならない部分があった。たしかに聞こえた。学祭の金賞と。あと1カ月も経てば文化祭が開かれる。それの展示には、全校生徒や教師、訪れた客の人気投票によって賞が授与されるのだ。


「たしかに!」


「どうだ、やるか?」


 サトルはこの状況を学校生活最大の岐路ではないかと思った。ここで結果を出せば、ポッカリと開いた時間の穴が埋められクラスに馴染めるかもしれない。でも、もしも、万が一に友達が増えたとしても別れのときが怖くなってしまう。でも、このチャンスを逃したら――


 サトルは自ら決断を下せなかった。


「やってみね?」


「……うん、わかった。出来るコトなら協力する」


 しかし、押しには弱かった。


「よっしゃ! みんなで金賞狙おうぜ!」


「「おー!」」


 クラスの男女揃って一致団結した瞬間だった。初めてこの輪に入れたと思うと、サトルはうれしくなった。




「――ってワケ」


 今日の出来事を思い出したら、腰が痛いのも思い出してしまった。サトルは空いた手で腰をさすった。


「ワタシの能力は借してもいいが、なにが不安なんだ?」


「いや、オレはなにをすればいいかなって」


 あの時のクラスメイト達は、中心から全てを飲み込む台風のような勢いと軽さだった。みんな明日になっても覚えているのだろうか。


 そうは疑念を抱いても、呪いを継いだ者――『呪継者じゅけいしゃ』にしか出来ないコトもある。


 誰が言ったか、大いなる力には、大きな責任が伴うと。


 責任というには大げさかもしれないが、文化祭にはきっと誰かの青春がかかっている。一生の思い出のピースはどこにでも散らばっているハズだ。


「コウだっけか? あの幽霊の彼も言ってたじゃないか。がんばれって」


 言い訳を探すより、やらなければならない理由を見つけるほうが怖い。それは現実に立ち向かうというコトでもあるからだ。しかし、その言葉を思い出すと勇気が湧いてきた。


『がんばる』。それの意味は『困難に立ち向かう努力をする』というニュアンスの他にも、『我を押し通す』といった意味もあるそうだ。


 ならばがんばってみよう。どんな形で別れても思い出は残る、それは共に生きた証だ。恐れるコトはない。みんなに最高の思い出を作るとサトルは心に決めた。


「よし、じゃあがんばってみるか!」


 晴れ間がさした空に拳を高く掲げ、誓いを立てた。この文化祭は必ず成功してみせると。


 文化祭まで、あと1カ月余り。


「ところで、プリンは忘れてないよな」


「……すっかり忘れてた」


 計画は白紙、日数はわずか。道のりは険しそうだ。

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