黒翼は舞い降りる

 暗い空、暗い町並み。この復讐劇の舞台はなにも照らさない。月も誰も見ていない。だからこそ、戦う意志は黒く溶け込む。勇気と復讐の思いを心に焚べて、闘志は高く燃え上がる。

 

「サトル、冷静さを欠くなよ」


「冷静に考えてみろよ、鬼に復讐する時点で冷静じゃないだろ」


「フフ、その調子だ」


 鬼のいる霊園の看板が見えた。追い風に乗り高度を上昇させる。白い霊剣・鏡花旅楽きょうかたびらはあえかに光をたたえている。

 

「ヤツは透明になっていると思うか?」

 

「昨日のコトでアイツも疲れているハズだ。見かけたなら、問答無用で斬りかかれ」


「鬼だな」


「目には目、鬼には鬼ってな」

 

『ねむりの丘』と一文字ずつ書かれた看板を飛び超えると、綺麗に整った霊園が一面に広がった。通路の上空から一瞬スローの視界を発動させ一瞥すると、忌まわしき鬼はいた。供え物のミカンを喰っていた。油断している。


「鬼には鬼、ねえ。オレとアイツの違いは?」


「アイツは疲れている、キミはワタシに憑かれている。それだけさ」


「いいね、気に入った!」

 

 目を見開き、笑みをこぼした。サトルは脇目を振らず急降下、声を殺し、鬼に対し霊剣を大きく横薙ぎした。がしかし、寸前で気付かれ空を切った。

 

 小さく舌打ちをした。墓石に囲まれた石畳の通路に足を擦りながら着地し、右足を軸に、左足を伸ばして回転しながら慣性を相殺した。

 

「キサマ……何故生きている? あの傷が一日も経たず治るとは」

 

 鬼は面食らった顔をした。

 

 クセで履いてきたローファーから焼け焦げたにおいが鼻につく。サトルは納得した。かわされた原因は、自身が風に重なってしまったからだ。復讐は順風満帆にはいかないようだ。

 

「いや、念を入れてよかったよ。まだ疲れがとれなかったからなあ」

 

 鬼はそう言うと、屈んで何もない石畳から何かを掴む動作をした。武器を持ったに違いないが、透明である以上リーチすらわからない。

 

「俺は持っているモノも透明にできる。これがなにを意味するか、よくわかっているだろ?」

 

 得意げに笑い、その場でなにかを振り回す仕草をした。こうなってしまえば大きく距離をとらなければならない。サトルは距離を取ろうとしたが、周囲の墓石は壊れていない。

 

「アイツ、ホントになにか持ってるのかな?」

 

「どうかな……」

 

 鬼のただならぬ警戒心も相まって疑念が晴れない。距離は十歩分といったところだ。サトルは躊躇せず鬼への距離を詰めると、両腕を交差させるように振り抜いた。

 

 その行動を目の前で見せられた鬼は、当然のように後ろへ跳んだ。

 

「粉が舞っている……なんだ、目くらましか」

 

 目くらましではなく、サトルは透明の能力を見破るために、ガやチョウのりん粉を撒いた。『見えないが確かにあるもの』を炙りだすには最適だと思ったからだ。

 

「だがこの風の前では無意味ではないかね!?」


 得意げに持ったフリをしている。

 

「言ってろ」

 

 一瞬でも、たった一粒でもそれに触れればよかった。優雅に舞いながらも地に落ちたりん粉はなにも形作らず、風に運ばれた。

 

 鬼はなにも持っていない。そうとわかればやるコトはひとつ。懐に潜り、鬼をたたっ斬ればいい。サトルはさらに距離を詰めた。鬼はまたも苦しい顔をして後退する。

 

 堂々巡りにらちが明かない。霊剣の柄頭に指先から伸びるクモの糸束を接着させ、ヨーヨーのように振り回したが、墓石が密集する霊園では直線的にしか動かせない。素直な軌道はかわされてしまった。舌打ちまじりに巻尺を戻すように手元へ帰した。

 

「クク、さて、次はどうする?」

 

 なにも応えず、サトルは鬼に向かって一直線に走りだした。

 

「バカめ! 考えなしに突っ込むなどなあ!」

 

 鬼は満足げに笑い、墓石を殴った。

 

「破片を飛ばしたか」

 

 サトルは避けず進む勢いを殺さない。剣の腹で受けるも、力負けして額に直撃した。しかし、ひるむことなく肉薄し、鬼を斬りつけたが、胸元をかすめただけだった。

 

「傷つき損だな、全く憐れだよ」

 

 鬼はそう言いながらも苦しそうな顔をして胸を抑えているが、見るからに傷らしきモノは見えない。

 

「昨日もそうだが、息の根止めてもないのに獲物の前でよく笑えるモンだ」

 

「弱い者イジメ! これが楽しくてしょうがなくてな」

 

「おまえも弱いからか?」

 

「なんだとッ!?」

 

「冗談だよ、冗談。そんなコト言う筋合いはない。なんせオレはおまえに負けたんだからな……」

 

「キサマ……。ハッ! なんだその煙は!? 傷が治っている!?」

 

「次はオレが見下す番だ」


 鬼のサトルを見る目が変わってきた。その赤い双眸は明らかに恐怖を映している。


「そのチカラがわかれば、キサマなど容易く……」

 

「透明の能力……。その痛がりかつ臆病な能力せいかくで、どうせ昔はビクビク隠れてたんだろ」

 

「ぐぅ……ッ!」

 

「図星か? 余裕がなくなってるぞ」


「黙れえッ!」

 

 怒り心頭の鬼はなりふり構わずサトルに殴りかかった。バクのチカラを借りずとも躱せられる攻撃だった。腕を大振りして、確実に一撃で仕留めるつもりだろう。

 

 次々と繰り出される拳をあしらい、反撃の隙をうかがう。

 

「はやくくたばれ! 避けるだけの能無しニンゲンッ!」

 

 鬼は手を止め、落ちている墓石の破片を蹴り上げた。それはサトルの手の甲に刺さり、拍子に霊剣を落とした。

 

「どうした、必殺の剣を拾ってみろ」


 鬼は得意げに言いながら、剣を足元へ寄せた。拾う隙をついて、サトルに一撃を入れるつもりだ。


 鬼の挑発に対し、サトルはおもむろに両手をついて屈む。クラウチングスタートの構えだ。

 

「よーい、ドン」


 尋常じゃない速さでサトルは鬼の腹に膝蹴りを入れた。バクのチカラを借りて蹴ったのだ。いざとなれば雑居ビルよりも高く跳べる脚力だ、ただでは済まないだろう。鬼は予想通りうめいている。

 

「ゆ、ゆる、許さなーいッ!」

 

 攻撃はさらに激しさを増す。

 

「おい、サトル。これを見ろ!」

 

「なんだ!?」

 

 焦るバクの声がした。隙を見て振り向こうとすると、風に乗って紙が墓石に張り付いた。紙には『うしろにいる』、その端になには『メリー』と書いてあった。

 

「なんだってッ!?」

 

 理解してしまった。視線を鬼へ戻すと、いつの間にか現れたメリーさんが鬼に霊剣を振り下ろしていた。

 

「うがあああああッ!」

 

 鬼の叫びと同時に右腕が宙を舞ったが、それは地面に着かず、跡形もなく消え去った。サトルには鬼よりもメリーさんが気がかりだった。


「メリー! どうして!」

 

「サトル兄ちゃんだけでこんなコトしないでよ! わたしだって……友達を助けたいんだよ!」

 

「だからってオレの復讐の片棒を担ぐんじゃない。メリーさんには関係ないんだから!」

 

「そんな理由じゃ納得できないよ! せっかくわたしを覚えてくれる人ができたのに……失いたくないからッ!」

 

「茶番は終わりだぞッ!」

 

 まさに鬼の形相といえる表情で、左手だけでメリーさんの頭部をがっしり掴み軽々と持ち上げた。霊剣はその場で音を立てて落ちた。

 

「空妖め、どこからどうやって来たかは知らんが、おかげで立つのも一苦労だ。だが片腕だけでもこいつの命など軽く潰せるぞッ!」

 

 五指を丸めると、メリーさんは悲鳴を挙げる。

 

「よせ、やめろッ!」

 

「やめてやるともッ! キサマの命と引き換えだッ!」

 

 鬼の足元がおぼつかない。バランスが取れないせいだろうか。しかしこの足を蹴るにしても距離が遠すぎる。なんにせよ、鬼が力を込める方が速い。

 

「冷静になれ、動きをよく見るんだ」

 

「わかってる。わかってるよ!」


「一応言っておく。メリーのな」


「……まさか」


 バクとのチカラの共有を解いた。

 

「サトル兄ちゃん……」

 

「妙なマネをするなよ、ニンゲン。すぐに殺してやる」

 

 鬼がじりじり近づく。この間に、どう助ければいいのかを考えたが、それはあっけなく叶った。メリーさんはせわしなくまばたきをしていた。まるでなにかを伝えたいように。その意味がすぐに理解できた。

 

「なんだッ!? 消えたぞッ!?」

 

 メリーさんは目の前の鬼に捕まってなどいない。既にとなりに瞬間移動している。

 

「モールス信号……。気づけてよかった」

 

「わたしは信じてたよ!」

 

「言いたいコトはいくつかあるが、これだけは言っておかなきゃな。おかげで助かったよ、ありがとう!」

 

「どういたしましてっ!」

 

 頭をなでると怯えた表情はどこへやら、すぐにいつもの笑顔に戻った。

 

「危ないから下がってな」

 

 メリーさんを遠ざけると、サトルはバクに呼びかけた。

 

「なあ、あの紙を放ったろ?」

 

「うん。あのアカリという娘が託したんだ」

 

「明璃が!? ……で、どんな反応してた?」

 

「初対面のハズだったが、臆せず突っ込まれたぞ、紙を」

 

「マジかよ、慣れるの早すぎだろ」

 

「無駄話はいいだろう。ワタシももうだいぶ疲れたからな」

 

「っと、そうだな」

 

 向き直ると、鬼はどうやらメリーさんを握っていたツメが、瞬間移動の際に掌に刺さったようで、その部分を指の腹で抑えていた。あまりにも滑稽な姿だった。

 

 サトルは再びチカラを借り、クモの糸で霊剣を引き寄せて構えた。

 

「……なぜだ。どうしてなんだ。今まで俺は生きてこられたのにッ!」

 

 せわしなく赤い目を震わせている。戦意が喪失したようだった。

 

「太陽からも、人間からも、火の雨からも、度重なる災害にも逃れたのに。ポッと出のちっぽけな人間と空妖に追い詰められねばならんのだ!? どうしてキサマに出会ったんだ、なぜ俺は独りなんだッ!」

 

「理不尽なのはお互い様だろ」

 

 鬼は残った片腕だけを頼りに向かってきたが、身体のバランスが取れないようで、自分がバラ撒いた墓石の破片につまづいて転倒した。

 

「独りでは生きられない人間如きに、この俺が敗北するなどッ! ありえんがアァァ!」

 

「待ってろよ、コウ。お前に巣食う、その怨魂を断つッ!」

 

 今度こそ、サトルは自らの手で望んだ結末が迎えられると思った。だが、しかし――

 

「待ってくれ、サトル!」

 

 懐かしい声がした。反射的に振り向くと、半透明の人影が見えた。それはコウだった。

 

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