復讐鬼①

 鬼との戦いから夜明けを迎えて帰路につき、サトルは自室のベッドでうつ伏せになった。

 

 全く歯が立たなかった。バクのチカラを借りても、ついにはカタキを討つ意志すら放棄して保身を考え、友達カラスの命を犠牲にして生き延びた。

 

「サトル、キミは自分が情けないと考えてるんじゃないのか」

 

「バク……。それ以外にねえよ」

 

「バカなコトを考えるな。生きてこその物種、生きてるからまた挑めるんだろう」

 

「だから強くならなきゃいけないんだろ、アイツを殺せるくらいにッ!」

 

 敗因を挙げればキリがないだろうが、特筆すべき点は相手の攻撃への恐怖だろうか。あの拳に一撃でも入ればボロボロになってしまう。

 

 だからスローの視界でかわしたが、それではチカラの使い過ぎになってしまう。チカラの使用時間は有限であり、使用は一瞬でなければいけない。


 気持ちの問題もある。呪痕が発現していれば恐怖はないが、チカラの使い過ぎでソレが消えると、殴り合いのケンカすらしたコトのない高校生の心に戻ってしまう。

 

 ようはバクの能力を使い過ぎなければ、闘志を維持しつつ戦えるのだ。

 

「……全部バク任せだな」


 サトルは自分に嫌気が差した。

 

「なにが?」


「オレは……弱い!」

 

「まあ、なんだ。ワタシを頼れよ。ワタシが憑いたのも呪いのせいなんだ」

 

 もどかしさを叫ぶと、突然、スマホに着信がかかった。相手はメリーさんだった。

 

「遊んではいられないけど……気は紛れるかな。もしもし」

 

『もしもし、あたしは兄ちゃんの後ろにいます!』

 

「ちょっと――ぐええ!」

 

 待てと言おうとしたが遅かった。背中から足にかけて重みが急に現れた。

 

「なんで寝そべったまま瞬間移動したんだ……」

 

「ビックリしたでしょ!」

 

「そうかそうか、そりゃ充分たまげたよ。んで用は?」

 

「ちょっとした実験!」

 

「へえ、見たいな。だからまずオレから離れなさい」

 

「えー、居心地いいのにー」

 

「褒めてないだろそれ……」

 

 メリーさんは渋々サトルの背中から降りた。

 

「それじゃあ、拝見」

 

「いいでしょう。それはね……コレでーす!」

 

 ポケットから意気揚々と取り出したのは、やはりスマホだった。

 

「目の前で電話すんの?」

 

「違うよ。コレ見てよ」

 

 画面を見るとそこには単語と記号が並んだ表があった。ページにはモールス符号とある。

 

「こんな難しそうなの、できるのか?」

 

「今試すの! 兄ちゃんもこの画面出してて」

 

「そのページを探すの面倒だし、写真撮ろ」

 

「準備はいい? じゃあよく見て聞いててね」

 

 メリーさんは『ツー』と『トン』という、ふたつの言葉を不規則に並べて言い始めた。サトルは表をじっと見つめて考えた。

 

「どう? わかった?」

 

 恐らく『うしろ』だろうが、確信がなかった。

 

「ちょっとわかんなかったな。もう一回カモン」

 

「んもー。次は分かってね」

 

 メリーさんはもう一度同じ符号を繰り返した。改めて聞くと予想通りであった。

 

「おっ、ちゃんとわかったぞ。うしろだな! ……って、あれ?」

 

 確信してスマホから顔を上げると、目の前に居たはずのメリーさんの姿は消えていた。

 

「やった、成功ー!」

 

「うわびっくりした!」

 

 その代わり、背後から歓喜の声が挙がった。

 

「わたしのチカラ、やっとわかったよ!」

 

「そうか、なるほど」

 

 メリーさんの異能である瞬間移動、その発動条件は、『自身』が『どこ』に居るのかを『相手に伝えなければならない』のだ。

 

 電話越しでは自分を名乗る必要があるが、目の前にいるなら、それが『誰』なのか一目で相手に伝わる。あとは相手に何らかの手段で『場所』を伝えれば、能力は発動するのだろう。

 

「ようは伝わればいいんだな、メリーさんのチカラは」

 

「そうみたい! はあー、すごいスッキリしたっ」

 

 空妖くうようには、自分の異能がわからずに苦しむ者も多いのだろうか。人が言う自分探しとは、まるで重み違う。

 

「ところで、自分でその能力があるのに気づいたのか?」

 

「うん。わたしね、テキトーにメリーさんって名乗っていたずら電話かけたら瞬間移動できるのがわかったらね、楽しくなっていっぱい電話かけてたんだ!」

 

 もしかしたら、昔の都市伝説の成り立ちを聞いているのかもしれない。そう思うと、歴史の立会人になった気がした。

 

「でも、みんなあたしのコトを見つけてくれなかったの。だからね、サトル兄ちゃんに逢えたのはとっても嬉しいんだ! これって奇跡だよ、奇跡! ゼッタイそう!」

 

「うれしいコト言ってくれるじゃん」

 

「出会いは奇跡だが、別れは必定だ」

 

「バク……おまえ性格悪いだろ?」

 

「なにをいまさら」

 

「だから目一杯、今を楽しむ! そうでしょバクちゃん、兄ちゃん!」


「フフ、違いない」


「ああ、そうだ!」

 

 バクとサトルは笑って同意した。

 

「だからさ、どっか行こうよ! またクレープでも食べに……」

 

「悪いが金がない!」

 

「ちぇっ、なんだぁ」

 

「霊園から見る夜明けはきれいなんだけどな。移動費もタダだし」

 

「あ、わたしも見たい!」

 

「機会があったらな。その代わりと言っちゃあなんだが、ここら辺を散歩しないか? オレたちの能力を増やしたいからな」


 メリーさんのチカラを理解するという努力、これが強さに繋がりそうだ。

 

「うん、いこいこ! 兄ちゃんといっしょなら、どこでもいいよ」

 

 何気なく言ったであろう言葉に少し恥ずかしさを覚えつつ、サトルたちは外に出た。

 

「いい天気だね。もうちょっとで梅雨なのにね」

 

「ホントだな」

 

 談笑しながら歩いている間にも、バクは人目のないところでは見つけ次第生き物を食べているようだ。

 

「見て見て、花にちょうちょが止まってるよ! きれいだね」

 

「ああ、あれはガだな。オオミズアオっていうんだぜ」

 

「へえー、意外と物知りだね!」

 

「ちょっとは勉強しているからな!」

 

 サトルはチカラを手に入れるために生物の勉強に力を入れていた。もっとも、綺麗も醜いも、サトルが通り過ぎれば等しくバクの餌食となるのだが。

 

 しばらく歩いていると、どこからか金管楽器のような重低音が聞こえた。視線を前からずらすと、いかにもな路地裏があった。

 

「この唸り声はギルだな」

 

「ギルって、あの人面犬の?」

 

「そうだけど……」

 

「わたしも会いたい!」

 

 会ったとして言われるのはただひとつ、未明の件だろう。これをメリーさんに聞かせるワケにはいかない。たとえ間接的にでも、この件に巻き込むワケにはいかない。

 

「ちょっと待っててくれないか?」

 

「ダメ?」

 

「ああ、ダメだ」

 

「うん、わかった」

 

 物分かりの良さに胸を撫で下ろし、サトルは声の方へ向かった。陽は建ち並ぶ軒下に塞がれていく。薄暗さに目も慣れると、イヌの影が見えた。

 

「話は既に聞いている。なにしろ、あの三馬鹿カラスがニンゲンをかばって死んだのだからな。ここいらの空では、この話で持ち切りだ」


 声もする。やはりギルだった。

 

「そう、か」

 

「それで、また挑むつもりなのか?」

 

「当たり前だ」

 

「阿呆がッ! 今度こそお前は――」

 

「そうはならない」

 

「丈の合わない強がりはもうやめろ! これ以上は空妖から人の世の秩序を守る六天狗ろくてんぐ達に任せればよい!」

 

「そんなのいるのか!? 初耳……」

 

「ともかく、尋常の人の子がやることはない!」

 

「そうであろうと、オレがやるしかないんだ」

 

「何故そこまで!」

 

「勝手にあのゲスが死んだら、コウは自分だけで納得して逝く。だがオレには納得できない。フェアじゃない」


「公平さなど、この世にあるワケがなかろうが!」


「だから掴み取るんだろうがッ!」

 

 人を弔い葬るのは何故か。それは先立つ者に対し、残された者が別れを告げ、途切れてしまった思いにひと区切りし、再び未来に歩き出すためであるという。

 

 そうであるとするなら、サトルもコウも足踏みすら叶わず、過去に縛られている。それを断ち切るのは、いつだって勇気なのだ。たとえ蛮勇と罵られてもやらなくてはいけない。


「このカタキ討ちはオレの墓なんだ」

 

「……高台の霊園じゃ。そこで鬼は人目のつかないところに穴を穿ち、朝を越すそうだ」

 

「毎度毎度、心配してくれて悪いな。ありがとう」

 

「バカは死んでも治らん……」

 

 ギルと別れ路地裏を抜けると、そこにメリーさんはいなかった。辺りを探すと、その代わりのように、電柱に張り紙があった。来た時にはなかったから訝しげに見ると、

 

『サトル兄ちゃんへ、わたしはうしろにいます。』


 と、書かれてあった。

 

「……便利だよなあ」

 

「えへへ、でしょー!」

 

 案の定、背後にはメリーさんが現れた。

 

「用は済んだの?」

 

「まあな。んじゃ、またブラブラするかな」

 

「……あっそうだ。わたしね、ちょっと用事があるんだ。またね!」

 

 唐突にそう切り出すと、メリーさんは走って去ってしまった。

 

「フラれたな、サトル」

 

「おめーなあ。でも……これで生き物を捜せる」

 

 一方的に他の生を奪うという点では鬼も人もいっしょかもしれないが、迷ってはいられなかった。


「成し遂げるには、オレも鬼になるしかない」

 

 様々な生命が息づくこの町は、今日もいい天気だった。

 

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