やまない雨②

「なあなあ、高校生活ってどうなんだよ、サトル」

 

 興味津々に訊いてくるコウを視ていると、サトルにはこの状況が夢に思えてならなかった。雨風の冷たさも夢ではないかと錯覚しそうであった。

 

「――ん? わるい、なんだって?」

 

「ちゃんと聞いてろよなあ」

 

「いやだってさ、幽霊と話してんだもん。今更だけど、夢の中にいるんじゃないかって思ってさ」

 

 特に死んだ友達と話しているとなると、余計にそう感じてしまう。

 

「おれもこうして誰かと話すなんて久しぶりだし! つーかさ、どうしておれが視えるんだ?」

 

「ああ、視せても構わないだろ。こいつのおかげだ」

 

 翻り、背中を――バクを視せた。この流れもお馴染みとなっていた。

 

「はじめまして、ワタシはバクという。キミがサトルの友達か、会えて光栄だ」

 

「おお、よっよろしく」

 

「おや、ワタシを視ても怖がらないのか?」

 

「だって、幽霊が怖がるってのもヘンな話だし」

 

「たしかに。面白いな、キミは」

 

「……というワケだ。バクに居つかれてから、色々大変で」

 

「その妖怪の他にも、まだいんの?」

 

「妖怪じゃなくて本当は空妖くうようっていうんだけど、まあいいや。話せば長くなるけど、付き合ってくれよ――」

 

 サトルはこれまでに起こったことをことごとく話すことにした。

 

「まずな、明璃が悪霊に殺されそうになった」

 

「えっどうして!?」

 

「逆恨みからだってさ」

 

「悪霊……、勝手なヤツ!」

 

――コウ、幽霊であるおまえも他人事なんかじゃない。そんな残酷なコトは言えなかった。

 

「で、無事なんだよな!?」

 

「うん、なんとかな」

 

「はあ……よかった。続けてくれよ」

 

 それからは、うんうんと頷きながら聞いていた。共に笑い、悲しみながら、また笑った。奇妙な日常に思い出話を添えつつ語りあった。

 

「――すごいコトがあったんだな、一カ月くらいなんだろ?」

 

「そうだろ。……そんなにニヤニヤして、面白かった?」

 

「いや、おめーに友達が増えたんだって思うと、うれしくてつい」

 

「余計なお世話だよ」

 

「おれの墓の前で言ってたよな、真島って同級生のコト。グイグイ来たって言い方したわりにはうれしそうに話してたの、おれ覚えてるもん」

 

「聞いてたのか!」

 

「そりゃモチのロンだよ。おめーの年一の近況報告、ひそかに楽しみにしてたんだからな」

 

「まあ友達って言っても、人面犬やカラスとか、あとはほぼ誰にも視えない女の子の空妖だしな」

 

「またンなコト言っちゃってさあ。話してる時、うれしそうな顔してるクセして」

 

「マジか……恥ずかしいな」

 

「変わってないよなあ、そういうトコ。おれが死んでからずっと暗い顔してたけど、根っこは変わってないぜ、ホント」

 

「褒められてんだか、成長してないって言いたいんだか」

 

「両方!」

 

「そこはどっちか片方でいいだろ!」

 

「あはは。でもさ、おれは違う。変わっちまったみたいだ」

 

 コウの透けて向こうの景色が見える表情が今の空のように曇った。

 

「幽霊ってのも考えようによっては悪くないんだ。腹は減らないし、眠くならない。雨の寒さもない。そしてなによりも……ほら、宿題がない」

 

「ああ……そりゃ、羨ましいな」

 

 サトルは俯いたまま話す様子に、強がりだとすぐ気づいた。満腹にならず眠れない夜を過ごし、朝になっても太陽の温かさすら感じられない。拘束もなければ居場所もない。ないない尽くしの存在意義は苦しむだけなのか。

 

 いや、ある。心がある。死んだコトに納得いかない感情がある。だから未練を引きずり、この世に留まる魂になっているのだ。

 

 コウは話を続けた。

 

「でも、おれには許せない奴がいる。生前からの、とかじゃないんだ。変な話だけど死んでからソレが出来た。……聞いてくれるか? おめーにしか言えないからさ」

 

 サトルは小さく頷いて返事をした。どんな真実も受け止める覚悟はある。

 

「おれは――殺されたんだ」

 

 コウの瞳に暗黒が侵食していく。

 

「どんな風に」

 

「塾の帰りで、日がちょうど落ちた頃。いきなりソイツが現れて……突然だった。それで、押されたんだ。こう、ドンって」

 

 コウは両腕を突き出し、手振りを真似した。

 

「そいつは人間か? 化け物だったか? 見たのなら教えて欲しい」

 

「額にツノが生えてる人間だった。そう、まるで――」

 

「『鬼』か」

 

 その存在を認知すると、途端に左目が熱を帯びた。胸の鼓動と共に疼く。間違いなく呪痕が現れた。

 

「その目、その傷痕がさっき話したやつかよ……」

 

「ああ」

 

 やはり呪痕が現れたようだ。鬼、古くより確固として存在したという空妖。おとぎ話だけのモノではない。

 

 傍から聞けば妄言だ。でも、他に誰が信じる? 誰がコウを慰める? 誰しもがどこにでもある不幸な交通事故と思ったハズだ。しかし真実はコレだ。そんなの、あまりにも理不尽じゃないか。激情が復讐心に火をつけた。

 

「変わらないって明璃にも言われたさ。だが、変わらざるを得ない」

 

「どうした、なんだか冷たい感じが……」

 

「オレはおまえを殺した鬼を殺す」

 

「バカッ、敵討ちのつもりか!」

 

「そうだ」

 

「おめーには関係ないだろ!」

 

「そいつがオレの因縁のヤツかもしれない」

 

「だからって……どこにいるのかもわからないのに」

 

「だったら探し出す。この人生を賭けてでも」

 

「人生をだと!? 生きてるクセしてそんなコトを易々とよくも!」

 

「オレだって歯止めが効かねえんだ。ムカつくんだよ! 鬼の仕業かと思うと怒りがこみ上げてくるッ!」

 

「サトル……」

 

「クソがッ! どうしてコウだった! なんで鬼が殺した!」

 

「もういいよ、ホントに! ……ありがとな。おれの為に、こんなに怒ってくれてさ」

 

 その一言にサトルは冷静になったが、左目はまだ熱い。

 

「ただオレは決着をつけたいだけなんだ。宿命と、この胸糞悪さに」

 

「おめーケンカもしたことないのに、そんなコトが……」

 

「やってたぜ」

 

「ウソを言うな、強がるなよ!」

 

「ああ、ウソだよ」

 

 サトルはあっけらかんと答えた。眉ひとつ動かさずに。

 

「首、掻かないんだな」


 雨にかき消されるくらいの声で言った後、「ホントにやるのか」と続けた。

 

「やらざるを得ない」

 

「こんなコト言いたくないけど……、おめー別人みたいだぞ」

 

「別人にでもならなきゃ、鬼なんか殺れねえよ」

 

「そうかよ……」

 

 サトルはコウが今にも泣きだしそうな顔をしているのに気付いた。

 

「今日も来てくれてありがとな。じゃあな」

 

「……ああ」

 

「おれ、また見たかったな。あの日の出を――」

 

 なにか言い終える前に、コウは霧が晴れるように消えてしまった。

 

「なあ、サトル。ケンカ別れみたいだったぞ。気分は平気か?」

 

 バクの言いたいコトはよくわかっている。現にサトルも後悔していた。またケンカ別れをしてしまったのだ。死人と逢えた奇跡を足蹴にして、ただ憎しみを吐露しただけだ。

 

「きっと、また晴れる」

 

 それでも、コウを殺した鬼を倒せばコウから鬼の記憶は無くなり成仏するはずだ。無意味とか無関係ではない。サトルは胸中でそう言い聞かせた。落ち着いた気がする。水たまりに顔を映すと、左目には何もなかった。ただ憂いだけが残っていた。

 

「帰ろう。……家に帰ろう」

 

 雨は依然として、止む気配はまだ無い。

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