となりのメリーさん②
「到着―! 電車は速いねー、景色がビュンビュン飛んでくんだもん!」
改札を抜け駅前に出ると、当然ながら人が多くいた。休日の街は賑やかで、誰も憂いを匂わさない。
「ところで兄ちゃん、なんでスマホポチポチしてたの?」
「ああ、メモ帳に空妖の特徴を入れてたんだ」
「見せて見せて!」
「えー、人にスマホ見せるって……。まあいいや」
サトルはメリーさんにせがまれるままに、スマホを見せた。
『①
②空妖は自然の摂理を超えた『能力』を使える。
③能力は『共有』できる。ただし触れるコトと許可が必要。
④空妖は『
⑤『異形』は誰にも視える。
⑥『人形』は限られた者にしか視えない。恐らく霊に取り憑かれたか、空妖に魅入られるか。
⑦空妖も生きているので、幽霊に取り憑かれる。
⑧取り憑かれると異能力も自在に使われる。
⑨空妖は、なにも残せない』
メリーさんはジッと画面を見つめてから頷いて、スマホを返した。
「オーケー。よくまとまってます!」
「ありがとうございます、先生」
サトルは考えた。傍からは独りでぶつぶつ言っている変人に思われているのだろうか。しかし街を歩く多くは複数人でいる。独りではない。となりの人との会話に夢中だろう。
「ねっ、兄ちゃん。そろそろ行こうよ。キッチンカーなんだよね?」
「そうだな。空いてるといいな、前のブームからけっこう過ぎてるし」
「それでさ……。人が多いから、はぐれないようにさ、繋いでくれない? 手を」
恥ずかし気にメリーさんは細い声を挙げた。空妖とはいえバクや人面犬のギルと違って、人間の女の子とほとんど変わりはない。それ故に誰にも視えないのは皮肉だ。
「ああ、いいよ。ほら」
だからこそ、人目を気にせず応えられるのだが。サトルは複雑な気分になった。
「えへへっ、ありがと!」
手を差し伸べると、メリーさんは元気いっぱいに握り返した。その元気とは裏腹に、小さな手は信じられないくらいに冷たかった。体温を感じられない。まるで血の代わりに寂しさが流れているようだ。
「兄ちゃんの手、あったかいね」
「……そう? そんなコト言われたのは初めてだなあ」
「じゃあじゃあ、言われてどんな気持ちになった?」
「いい気分だよ」
もっとも、誰かと手を繋ぐなんていつ以来か思い出せない。
「よし、行こうぜ。目指すはベイべックスビル前の広場のクレープ屋だ!」
「おー!」
ふたりは横並びになって他の歩行者に注意しながら歩いた。普通であれば、学ランの高校生と金髪の女の子が並んで歩く姿は目を引く光景だろう。
しかし、誰一人として気にも留めない。避けようともしない。改めて誰にも視えないことが実感できた。
立ち並ぶ店や商業ビルの看板などに目移りしながら、いつもより時間をかけて辿り着いた。予想外の光景にサトルは目を見開いた。
「あれえ? すげえ混んでるぞ!」
「知らなかった? インスタでまたブームになったんだよ、ここ!」
「マジ? 知らなかったそんなの……」
長蛇の列は一向に短くならない。それどころか長くなっていく。サトルはこの一部になるコトを決意した。
「それじゃあオレが並ぶからさ、ベンチにでも座って……空いてないな。あー、どこかで待てる?」
「ううん、わたしも一緒に並びたいな。待ち時間も美味しさも、兄ちゃんと『共有』したいから」
「共有か……そっか」
共有。きっとそれは、空妖の自己表現かもしれない。
「あとさ、ベンチなんてどこも空きがないしね」
「ああ……たしかに」
サトルたちは不審がられないよう静かに待った。それでも手は繋いだままだ。相変わらずメリーさんの手はひんやりと冷たい。
「ふう、やっとこさ食えるわけだな」
ようやく順番が回ってきた。掲げてあるメニューを見ると様々な種類があるが、どれも個性的だ。中でも一際異彩を放つものは、『クレープ・ミントソルトクラッシャー風味』なるものだ。味の想像がまるでつかない。
メリーさんは何にするか、サトルは目で訴えた。
するとすぐに、『当店インスタ映えナンバーワン!』と銘打った『つべこべ言わずタピれッ!クレープ』を指いっぱいに指した。この商品名を言わなければならない恥ずかしさをかなぐり捨てて、ふたつ注文した。
クレープふたつで値段は予想以上にかさむが、メリーさんは楽しみそうにそわそわしている。彼女は生クリームを舐めたコトはあるのか? 誰かと何かを食べたコトはあるのか?
ないのであれば、それはとても寂しい宿命ではないか。空妖の宿命というのは。
サトルは店員の声で我に返ると、大きなクレープを手渡された。生クリームにタピオカが囲み、頂点にはサクランボがひとつ乗っている。見た目以上に重い。落ち着こうにも、ベンチには既に埋まっていた。
「あっ、兄ちゃんもそれにしたんだ」
「せっかくだしな」
他においしそうなのがなかったからだが。
「で、どこで食おうか。それの写真撮りたいだろ? どっか落ち着ける場所があれば――」
探していると、見慣れた人影があった。長椅子に座っている。その両隣には大きな買い物袋が門番のようにどっしり構えていた。
「よっしゃラッキー! これなら座れるぞ! おーい明璃!」
「ん? あっサトル!? 休みのなのに学ランで外出てる!? 流行りのタピクレなんか持ってどうしたの!? しかもふたつもッ!?」
「なんだよその天地がひっくり返ったような驚きようは……」
「だって――え、ちょっ、待って? そのブロンドの女の子は?」
不審がる明璃に、メリーさんはとび跳ねて傍によった。
「お姉ちゃんあたしが視えるの!?」
「えっ? なんでまた幽霊みたいな言いかたをするの。足だってあるし……あっごめんね、ヘンなコト言って」
ことわってから、明璃はメリーさんの手を握った。
「ほら、握れる。全然ヘンじゃないよ。ねっ」
メリーさんは口を半開きにしたまま固まってしまった。
「でもヘンなのは、なんでこんなにかわいい娘がいるのに誰も振り向かないのかしら」
「お姉ちゃん!?」
「ここらって芸能事務所のスカウトがいるらしいのになー」
明璃に続き、サトルは棒読みした。
「サトル知ってるんだ。そういうのには疎いと思ったのに。そうよね、声かけられてもおかしくないのにね。……で、この娘との関係は?」
「簡単にいうなら、宿命がこのメリーさんを呼んだとしか……」
「うわあ……引くわ」
「言うと思った」
「メリーさんっていうの? このヘンタイに脅されたとかじゃないよね! ホントのコト言ってもいいのよ!」
「ひでえ……なんて言われようだ」
明璃がメリーさんに呼びかけても俯いて固まったままだ。
「あれ? ちょっと……」
「怖いねえちゃんだな。なあメリーさん」
「うっさい!」
突然、メリーさんは声を出して笑った。サトルはギョッとした。
「えへへ……恥ずかしいってこういうコトかな?」
サトルと明璃は顔を見合わせた。
「わたし、誰からも視えなかったんだよ。電話からの声は聞こえるのにね……。でも、それも今日までは! ねえねえ、姉ちゃんもあたしの友達になってくれる?」
ふたりは見合わせた顔を笑顔にして頷いた。
「もちろん! あたしは
「わーい! 今日で友達が二人も増えちゃった! うれしいなあ……ホントにうれしい!」
メリーさんはぴょんぴょん跳ねて小躍りした。それでも周りは誰も見向きもしないのを見ると、明璃はようやく信じた。
「というワケで、そこ座らせてくれよ。オレら落ち着いて食べたくてさ」
「いいけど条件があります」
「うわーいい笑顔だなあ」
サトルは皮肉交じりに言った。
「サトルがわたしの買い物袋を持つコト。もちろん全部、家まで送ってね」
「やっぱりそうきたか……。あいよ、わかったよ」
「ならばよし、どうぞお座り下さい。メリーちゃんもね!」
「ありがとう! サトル兄ちゃんの犠牲、無駄にしないで味わうよ……!」
「おう、食え食え!」
明璃は両脇の荷物を地べたに置き、サトルと挟む形でメリーさんを座らせた。
「いただきまーす!」
メリーさんは大きく口を開けてクレープを頬張るのを、サトルと明璃は両脇で見守った。この間、サトルは空妖には味覚があるのか危惧した。が――
「すごく甘くておいしいよ!」
杞憂だったようだ。メリーさんは屈託のない爛漫な笑顔でパクパクと食べ進めていく。
「うまそうに食べるなあ。じゃあオレも。いただきます」
サトルも続けて口に運んだ。確かにうまい。流行物に手を出すのは負けた気がしたが、それを差し引いてもうまかった。
「んっホントだ! やっぱり甘いモノはうまいな!」
「タピオカも、もちもちしてておいしいよ!」
サトルとメリーさんは、あっという間に完食した。
「いやーよかったなあ」
「うん……よかった」
なにやらメリーさんが寂しそうな表情をした。
「どうした? ……あ、そういや写真撮ってなかったな!」
「ううん、それはもういいの。おいしいものを共有出来たから。わたしは幸せだよ。幸せだからこう思っちゃうんだ。あたしがこんなに幸せになっていいのかなって……」
「メリーさん……」
「楽しいなあ。……こんな時がずっと続けばいいのになあ」
「そりゃムリだな」
サトルは迷いなく断言したあとすぐに、言葉を続けた。
「楽しい時なんて永遠にあるワケないんだ。だから、今を目一杯楽しもうぜ、オレたちといっしょにさ!」
「そうそうメリーちゃん。そんなコト心配しなくていいんだから!」
「……ありがとう。こんな楽しい日はずっと忘れないよ。ううん、忘れられないよ!」
「楽しい思い出は忘れない。こんな思い出をいっぱい作ろうな」
「うん! 絶対だよ!」
メリーさんはベンチから立ち上がり、ふたりに手を振った。
「今日はホントにありがとう! うれしかったよ!」
「帰るトコはあるのか?」
「ないけど、お店の中に居れば雨とかは大丈夫なんだから!」
「そうか。そういう時はバレないし便利だな」
「心配してくれてありがと!」
「気を付けてね」
「明璃姉ちゃんもありがとう! じゃあ、またね」
「ん、またな!」
サトルと明璃も手を振り返して、見えなくなるまで見送った。
「それじゃあ、オレたちも帰るか」
「ねえ、サトル」
「どうした、神妙な顔して」
「楽しい思い出は消えないって、アンタまだコウの――」
「ああ。その通りだよ」
「命日も近いし、今年も行くの?」
「もちろん」
「……そう」
「心配してくれてるのか? じゃあ、この荷物持たなくてもいい?」
「それとこれとは別問題!」
「やれやれ、そうこなくっちゃな」
サトルは立ち、膝くらいある大きな袋を両手に持った。
「重っ!」
「ほら、きりきり歩く!」
今日の事もきっと忘れないだろう。サトルは重い荷物を持ちながらそう思い、人の溢れる町を後にした。
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