となりのメリーさん①

「サトル。どこか行かないのか。退屈すぎる。これじゃ脳みそが腐るぞ」

 

「まだまだ人の文化の理解が足りないな、バク。休みの日はこうやってダラけるのが最高の贅沢なんだぜ」

 

 全く覇気のない口調でサトルはバクに言った。


 休日にスマホは手放せない。動画にゲーム、その他諸々。まったく恐ろしい時間泥棒だと思いながらも、充電ケーブルを挿しながら、サトルはそれを弄っていた。

 

「まっ、遊びに誘われたら行かないコトもないけどおー」

 

「たわけたコトを。誘ってくれる友達はいるのか? クラスを見渡せばもうグループは出来てるじゃないか」

 

「皆無にござーい」

 

「……キミなあ」


 サトルはわざとらしいイヤな言いかたをやめた。

 

「色々言いたいのはわかるけど、友達は作りたくないんだよ、極力」

 

「そりゃまたどうして? 体育のとき困りそうなのに」

 

「……ホント俗っぽいよな、お前」

 

「はぐらかさないっ」

 

「ああわかった、言うよ。怖いんだ。友達を作るなんてさ」

 

「こわい? まさか裏切られるのがか?」

 

「裏切りか。近いような遠いような」

 

「うん? じゃあ、一体なにが」

 

「とにかくこの話はおしまい、チャンチャン。そういえば動画は更新されたかな? 最近、面白い投稿者を最近見つけたんだよ」

 

「……まったく。全身を掻きむしりたいくらい歯がゆいな。サトルはこれでいいのか?」

 

「構わねえよ。だって――」

 

 言いかけると、スマホが暗転し着信音を発した。

 

「うおおおビックリしたあッ!?」

 

 サトルはうつ伏せの姿勢から跳びあがった。

 

「もしかして、マシマとかいうキミの友達か?」

 

 サトルはベッドから降りてその場に立ち尽くした。画面には知らない名前が表示されていた。

 

「……メリーさん? なんだコレ」

 

 着信は『メリーさん』のものらしい。そんな連絡先を登録した覚えはないが、たしかにそう書かれている。


「ワケわからん……。ノータッチだ」

 

 こんなとき、取るべき処置は無視だ。サトルは学習机の上にスマホを置いた。しばらく経つと、音は止んだ。

 

「キミの知り合いか?」


「ンなワケないだろ。イタ電に決まってるよ」

 

 安心したのも束の間、手に取ろうとすると再び『メリーさん』から電話がかかってきた。

 

「またか! ――いてっ」

 

 踏み出した膝を机の足にぶつけた。すると、その衝撃で棚に置いてあった消しゴムが落下した。机の上のスマホを目がけて。

 

「……まさかッ!」

 

 そのまさか、最悪の事態であった。落下した消しゴムは通話ボタンを押していた。


「いや、消しゴムでタッチパネルが反応するワケ……」


「通話状態になっているぞ」


「うせやん!?」


 なんてマヌケな偶然だろうと悲しくなった。腹をくくり、サトルは恐る恐るスマホを耳に当てた。

 

『……とに……?』

 

 ざわつく喧騒を背景に、微かに声と吐息が聞こえた。女の子のようだ。なんともメリーさんらしい。

 

『もしもし、あたしメリーさん。今、あなたのうしろにいるの』

 

 それだけ言って電話は切れた。

 

「はあ、やっぱりイタ電か。古い都市伝説なのに、よくやるよ」

 

 そう確信して振り向くと、居た。


 小学生くらいの女の子が視線の先に立っていた。

 

「……え?」 


 ありえないコトには慣れたつもりだった。しかし、金髪でツインテール、そして青い瞳の異国情緒あふれる女の子が突然現れたから、サトルは思わず絶叫した。

 

「きゃああああッ!」


 女の子も絶叫した。

 

「いや、なんでそっちもビビるんだよおおッ!」


 ひとしきり叫んだあと、ふたりで息を切らした。サトルは学習机のイスを引き、メリーさんと名乗った女の子を座らせる。


「――で、落ち着いた?」

 

「えーと、うん、なんとか」

 

 奇妙なコトに、異様なファーストコンタクトを経て、サトルは気まずさを通り越していた。対してメリーさんはそわそわしている。

 

「やっぱ落ち着かないよな。見知らぬ男の部屋にいきなり出てきて……」

 

 自分でなにを言っているのか、サトルにはわからなくなってきた。『瞬間移動』という人智を超えたチカラにメリーさんという都市伝説上の存在が否応にも重なる。彼女は空妖だとサトルは判断した。


「いいよ、帰って。オレはなんもしないから。このコトは忘れるから」

 

「えっ、イヤじゃないよ。わくわくしてるんだよ! だってだって、初めて人と話せたんだもん!」

 

 そう言ってメリーさんはあこがれを目の当たりにしたように目を輝かせた。サトルには疑問が浮かんだ。

 

「どういうコト? メリーさんは他の人からは視えないの?」

 

 空妖は幽霊と違って、普通の人間からも視えるものだと思っていた。

 

「うん。幽霊みたいだよね、違うのにさ。でさでさ、なんでわたしを視れるの? 教えて!」

 

 興味津々の青い瞳にバクはどう映るのか。反応が怖いが、翻った。

 

「ふふっ、あえて問うならお答えしよう。このワタシ、バクのおかげさ」

 

「というワケで、空妖に背中を占領されたからだ。おっかなかったか?」

 

 またメリーさんの方を向くと口をポカンと開けていたが、その目の輝きは消えていなかった。

 

「――か、かわいい!」

 

「「えっ?」」


 サトルとバクは一緒になって耳を疑った。

 

「今まであんな風に電話をかけては全国をブラブラしてたけど、こんな人視たことないよ! ねえねえバクちゃん、どうしてその兄ちゃんに取り憑いたの?」

 

「バクちゃん? あーっと、それは……わからん」


 珍しくバクがしどろもどろになった。それがサトルには新鮮で、おかしくて笑った。


「キミ、なにがおかしい?」

 

「いやごめん、笑って悪かった。それはオレから説明するよ――」


 サトルはメリーさんに、これまでの経緯を話した。悪霊を成仏、先祖の呪いについて聞かされ、人面犬を追いかけ、ネコの幽霊も成仏させる。


 バクが憑いてから1ヶ月くらいなのに、濃い日々を過ごしている。

 

「そんなコトがあったんだ。ニンゲンも大変なんだね」

 

「ずっと必死だよ」

 

「はっきり憶えてるんだね」

 

「そりゃ忘れられねえさ。あんな怖い思いは」

 

「……うらやましいなあ。幽霊さん」

 

「うらやましい? 幽霊が?」

 

 メリーさんは頷いてからうつむいた。すると、バクが察したように声を挙げた。

 

「うんうん、わかるぞ。死んだらなにも残らないものな」


「どういうコトだ?」


「そのまんまさ。空妖は『なにも残せない』。子孫はもちろん残せない。それどころか、空妖が死んだら記憶も思い出も、残された人の頭から消え失せるんだ」

 

「そんなの初耳だぞ!」

 

「言う機会がなかった」

 

「なんでわかるんだよ、そんなコトが!?」

 

「不思議なコトに、空妖にはソレが漠然と分かるんだ。本能と言えばいいかな。例えば、クモが生まれながらにあの形の巣を作れるような。そうだろう、メリー?」

 

 バクが同意を求めると、メリーさんは頷いた。

 

「それとな、恐らくだが『人の姿をした空妖』はキミのような例外を除いて、誰からも視ることが出来ない。ワタシやギルのような『異形の空妖』と違ってな」

 

「……そんなの――」

 

 悲しすぎる。出かけた言葉を食い止めた。そしてサトルは考えた。それは生きているといえるのか?


 人は死んだとしても、誰かがそばに居れば思い出は残せる。生きた証はイヤでも残る。

 

 だが、彼女のような『人形ひとがた』の空妖はどうだろうか。誰にも視えないし、死んだとしても誰の記憶にすら残らない。それはある意味、究極の自由かもしれないが、はたして彼女は生きているといえるのだろうか。


「軽口叩くヒマがありゃ、言ってくれればよかったのに」


「殊勝だな、サトル」

 

「だからわたしはね、こうして思い出を作ってるんだ」

 

 元気を絞りだすようにメリーさんは言うと、ひざ丈のスカートのポケットから長方形の物を取り出した。スマホだ、これで電話をかけてきたのだろう。慣れた手つきで操作すると、サトルに画面を見せてきた。

 

 そこには美しい風景や、人だったらすぐ叶えられるささやかな願望がこっそり書かれてあった。

 

「ツイッター……じゃない。ああ、言い慣れないな。エックスを日記として使ってるんだな」

 

「そうそうっ! 兄ちゃんはやってないの?」

 

「SNSのたぐいを? オレはそういうのやらないなあ。連絡用だけ」

 

「へー、珍しいね。めんどくさいから?」

 

「それもあるけど、一番は思い出を作りたくねえんだ。振り向くと、どうしてもつらくなるから」

 

「贅沢な悩みだな。だから友達を作りたくないのか?」


 バクが訊いてきたが、サトルは無視して天気予報のアプリを開いた。

 

「今日は雨、降らないよな」

 

「むう、またはぐらかしたな」

 

「うん……よしっ」

 

 サトルは唐突な出会いに対し、またひとつ心を決めた。


 出会いを拒みつつも、しかし出会ったからにはその縁に向き合うこと。これだけは欠かしたコトはないつもりだ。そして、これからも維持はする。

 

「メリーさん、クレープが食べたいって書いてたよな。……行こうぜ」

 

「ほへ? どういうこと?」

 

「隣町に人気のクレープ屋があるからさ、そこに行こうってコト」

 

「えっ、ホントにいいの?」

 

「もちろん!」

 

「やったあ! ホントにいいんだね!?」

 

「オレも食べたいって思ってたからさ。ついでだよ」

 

「じゃあ、出発―! ……で、どうやって?」

 

「そこは瞬間移動じゃないのか……。じゃ、電車に乗って行くぞ!」

 

「やったー! これも初めてっ!」

 

 サトルとメリーさんは隣町へ向かった。

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