カラスは知っている②

「さて、来てくれるかな」

 

 下校時刻を迎え、サトルは真っ先に校門へ向かい、複雑な心境で明璃を待っていた。気持ちは落ちつかず、掌を見てみた。ギルとの『能力の共有』を示す肉球の跡はついていない。

 

 休み時間中にわかったコトは、能力を共有して貰うには一定の距離が必要らしく、離れていると共有は解除されるのだ。もっともバクに対しては、そんな心配ないが。


 それをあの三羽カラスに気づかされた。中庭に飛んできた彼らは、なにかを伝えようと懸命に喚いていたが、理解は不可能だった。ギルの能力なしでは、話せるワケがなかったのだ。

 

「……これは、そういう意味なんだよな。胸が痛い」

 

 サトルは破られた紙をポケットから取り出し考えた。そこには『dead』と印刷されてある。


 これは痺れを切らしたカラスたちが職員室に忍び込み、英和辞典から破ったモノだ。恐らく、彼らが導き出した答えなのだろう、しゃもじは『死んでいる』のだ。


 だが疑問も浮かぶ。なぜ死んでいるとわかったのだろう。遺体が転がっていたのだろうか。それとも――

 

 サトルは考えるのをやめた。なにより『やっぱりしゃもじは死んでいた』と伝えたくはなかった。再び、気持ちは重くなる。

 

「――遅かったかな」

 

「おおっ! 明璃。来てくれたか」


 サトルは紙切れを慌てて隠した。

 

「で、用事ってなに?」

 

「しゃもじが見つかったんだ。だから、今から逢いに――」

 

「ウソッ!? どうやってこの短い時間に?」

 

「知り合いのチカラを借りてさ」

 

「ふーん……ホントに?」

 

「ホントにホント、大マジ」

 

 人面犬とカラスに助けて貰った、などと言って信じる者はいないだろうから、サトルは詳しく言わなかった。

 

「心して聞いて欲しい。どんな言葉で煽っても構わないから……。言うぞ」

 

 サトルは言葉を繋げられなかった。胸が抑えつけられたように痛み、黙りこくってしまう。だが勇気をふり絞って言うしかない。

 

「まず言いたいコトは、しゃもじが見つかったってコト」


「ホントに!?」


「それで、もうひとつは……そう、生きているって限らないってコトだ」

 

「な、なにそれ……? それって死体としてって意味? ねえッ!」

 

「オレも言いたくはなかった。だけどそうとは言っていない!」

 

「じゃあどう捉えろっていうのッ! 最低だ……やっぱり言うんじゃ無かったッ!」

 

「でも逢えるんだ! ホントなんだ、信じてくれッ!」

 

 明璃は幻滅したような顔つきでサトルを見つめる。覚悟はしていたが、やはりつらいものだ。


 その目から離したくなるが、黙ってしまった今は、明璃の心をこうして受け止めることしか出来ない。他の下校する生徒達の注目を浴びながら、やがて――

 

「……わかった。案内して」


 折れたように明璃が言った。が、その語勢には強い意志が感じられた。


「つい怒っちゃってごめん。まだ信じられないけど、サトルはウソをついていない。それはわかるから」


「ど、どうしてそんなコトがっ」


「長い付き合いでしょ?」

 

「……ああ、そうだ。行こう。着いてきて」

 

 ふたりはぎこちない距離感で歩きだした。

 

「どこにしゃもじはいるの、教えてくれる?」

 

「ごめん、まだヒミツ」

 

 実のところ、サトルもその場所は知らない。その代わりに、電柱を伝って先導する三羽カラスだけが頼りだ。

 

「テキトーだなあ。逢えなかったら覚悟しといてよ?」

 

「もちろん」

 

 しばらく歩くと口数が減り、気まずい空気が流れていた。気を利かせたのか、はたまた煽っているのか、カラスたちがカアカア鳴いた。

 

「ずっとカラスが飛んでるわね。なんか不吉な感じ」

 

「まあまあ、そんなこと言わずに」

 

「ヤケに肩を持つわね」

 

「えっ、そう? いやあ、実はオレってカラス好きでさ」

 

 サトルは首筋を掻きながら嘯いた。

 

「ふうん。前にギャアギャアうるさくてキラいって言ってなかったっけ?」

 

「ウソ、そんなコト言ったかな――いてぇ!」

 

「わッ! なんで!?」

 

 思い出そうとしたら、突然、リーダーカラスが急降下して、サトルの頭を軽くつついて電線にすぐ足をかけた。

 

「ウソだぞ、オレは言ってないからな! ……たぶん」


 サトルは空を仰いで、自信なさげに怒鳴った。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「ああ、へーきへーき。カラスにつつかれるなんて、ちょっぴりシャクだけどな!」


 見上げるとギロリと睨まれた。三羽同時にだ。たまらず、サトルはそっと顔を下げた。

 

「まるで人の言葉がわかってるみたい。ちょっぴり気の毒と思ったけど、おもろいわ」

 

「ひでえなあ! 労わってもいいじゃんかよ」

 

 カラス達が飛ぶ姿に目をこらすと、尾羽に淡く光る模様が見えた。サトルは気付いた。あれはギルの共有の模様だ。憎らしいコトに、本当に言葉を理解していたのだ。だとすれば近くにいるはずだが、見当たらない。

 

「どうしたのサトル、なにキョロキョロしてるの?」


 当然、明璃に怪しまれた。

 

「いや、おカネでも落ちてないかなーって」

 

「がめついのはいつもだけど、今日はだいぶヘンよ? らしくないコトも言ってさ」

 

「もう、この通りサイコーだよ」

 

「ふふっ、ダメそうね」

 

 いつものような軽口を叩ける雰囲気は、やはり心地いい。


 サトルは再びギルを見つけようとし、大雑把に周囲に目を配ると、この景色に既視感を覚えた。

 

「そういえば、この道って小さい頃に通ってた道よね。懐かしいなあ」


「やっぱりそうだよな」


 明璃も気づいたようだ。

 

「まだ6時にすらなってないのに、ここの家はいつも美味しそうなにおいがするんだよな。……このにおい、今日は焼き魚かな」

 

「ここの家の玄関前の花壇は、いつもよく手入れが行き届いてるのよね。ガザニアがかわいい!」

 

「そして、ここの柿の木の枝がはみ出した家からは――」

 

 サトルが言いかけると、ソレが町に響いた。

 

「「小太りおじさんの大くしゃみ!」」

 

 ふたりは見合って笑った。久しぶりに心から笑えた気がした。


 そうだ。この狭い道を進むと、なにもない空地があるのだ。ふたりとしゃもじの思い出がある大切な場所。サトルたちは当時を思い出しながら歩き、そしてカラスたちは止まって、壁の上に並んだ。

 

「ここにしゃもじがいるんだ」

 

 やはり、その空地に止まった。

 

「ここはずいぶんと荒れちゃったみたいね」

 

 サトルは頷いた。見知った空地は手入れも碌にされておらず、原生林のように草が生え放題だった。それらはたくましく、空に近づきたいのか、サトルと同じくらいの背丈のススキが風に揺れている。もっと長いのもある。とにかく中には入れないな、と思った。

 

「で、どこにいるの?」

 

「待ってろよ――」

 

 とは言うものの、サトルはどこに居るのかは分からないが、ギルは「落ち合おう」と言っていた。ギルを待とうとしたその時、草むらがざわめいた。

 

「しゃもじ……?」

 

 その後にネコの鳴き声がした。動いたのはギルではないのかと思い、サトルは電線に止まっているカラス達を見た。カラスたちはうんうんと頷いた。

 

「ここにいるの? 早くおいで!」


(ヤバいぞ、しゃもじを期待して人面犬なんか見たら、マジにヤバいッ!)

 

 サトルの懸念など露知らず、明璃は𠮟るように呼び掛ける。草を掻きわける音はしなくなった。サトルはホッとした瞬間、「えっ?」とマヌケな声がでた。

 

 青い瞳の白いネコが草むらから現れたのだ。間違いなくしゃもじだ。


 無音で周囲の干渉を受けず、足も幽かに透けている。やはりしゃもじは死んでいた。

 

「明璃、信じられないかもしれないけど――」


 サトルが言おうとした瞬間、

 

「しゃもじ……生きてたのね!」

 

 サトルは驚愕した。明璃には幽霊が視えるとは思っていなかったからだ。これもあの時、悪霊に取り憑かれた影響だろうか。


 明璃はしゃもじを抱きしめようとするが、当然すり抜ける。

 

「え、なんで? どうして……?」

 

「さっき言ったとおりだよ。生きてるとは限らないって」

 

「じゃあ、触れられないのは」

 

「幽霊なんだ。しゃもじは」

 

「そっか、やっぱり……」

 

 明璃は膝から崩れ落ちた。涙もとめどなく流れている。サトルは泣いている幼馴染を慰めるコトもできず、胸だけが痛んだ。すると、しゃもじが明璃の地面に着いた手を舐める素振りをした。ザラザラの舌の感触はない。

 

「しゃもじ……」

 

 サトルは見覚えがあった。明璃が悲しい時には、いつも明璃の手を舐めていた。ぬくもりは感じられないだろうが、それでも、しゃもじのやさしさは変わらなかった。

 

「ありがとう……」

 

 なでようとしても触れられない。しかし、明璃は満足げに微笑んでいた。明璃の顔を見てしゃもじが鳴いたその瞬間、しゃもじを光が包んだ。

 

「もうお別れだ」

 

 逸森晴曄いつもりはるかが成仏した時と同じ光だ。

 

「そっか。しゃもじ、今までありがとう。こんな形だけど逢えて嬉しかった……じゃあね! 虹のふもとで待っててね!」

 

 明るい声で別れを告げると、しゃもじは光の中へ消えた。

 

「……ねえ、サトル。しゃもじの幽霊とか、それを探し出した知り合いのコトとかも、訊きたいコトはいっぱいあるけど、今日は深く追求するのはやめておくわ」

 

「そうして貰えると助かる」

 

「いいよ。いつも通り、約束はちゃんと守ったからさ。アンタは変わらないわね。夢に出たって――」

 

「ん? 夢って?」

 

「あっ……なんでもない!」


 途端に、明璃の顔が赤くなった。

 

「もう帰るね!」

 

 そう言って、明璃はいそいそと道を引き返した。サトルは呆けて背中を見ていると、明璃が振り返った。

 

「今日はありがとう! また明日!」


 明璃の声は悲しさを感じさせないくらい、ハツラツとしていた。

 

「ああ! またな!」


 サトルも負けないくらいの大声で返した。




「――ワシの能力はいらんかったようじゃな」

 

 明璃を見送ると、草むらからギルが現れた。

 

「しゃもじさんはあの娘のことを信頼していた。言葉を交わさずとも、あの娘に伝わったろう」

 

「おうともよッ!」

 

 上空から威勢よく三羽カラスが降りた。サトルは掌を見ると、肉球の形がくっきりとある。

 

「しゃもじさんはは聖母のような御人、いや御ネコだからなッ!」

「餓死寸前の俺達を救ってくれてな。飼いネコだってのに色々捕まえてくれてよ」

「そういうワケだぜ! カッカー!」

 

「そうだったのか。みんなありがとう。おかげで今日の作戦は大成功だ」

 

 幽霊の姿ではあったがしゃもじに逢えて、明璃を元気づけられた。予想外の部分もあったが、ギルもバレなかったし、背中のバクもバレなかった。そういう意味でも大成功だ。

 

「じゃあ報酬としてよォ、なんか奢ってもらわなきゃなァ?」


 リーダーカラスが言った。

 

「じゃあワシも」

「じゃあワタシも」


 黙っていたバクまで便乗してきた。


「バクはなんもしてないだろ!」

 

「サトル、ワタシはコンビニの唐揚げがいいな」


「おっ、いいなそれ! とっとと行こうぜ、日が暮れちまう!」

 

「待て待て、カラスがそれ言ったら共食いに近いだろ!?」

 

「ンなコトいいんだよ、カラスはいつだって悪役なんだからよッ!」

「そういうワケだぜ! カッカー!」

 

「いいんなら、それでいいよ……。それじゃみんな、見つからないように行くぞ!」

 

 達成感を胸に、サトルは夕焼けの町を歩いた。

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