カラスは知っている①
週は周って月曜日。足取り重い登校日。サトルはとにかく気の利いた言葉を探していた。
「アカリは元気なんだろう。だったらいつものように話かければいいじゃないか」
「文面じゃホントに元気かどうかわからないんだよ。他人に弱音は吐かないからな、明璃は」
「ニンゲン関係というのは複雑だな」
昨日、人面犬との激闘の後、口臭対策のガムを噛みまくってるとスマホに明璃からのメッセージが着ていた。
中身は『心配かけてごめん』という簡潔な文言とかわいらしいキャラクターが頭を下げているスタンプが送られてきた。
「いつもと変わらないんだけど、どうなんだか……」
「難儀なこったなあ」
とぼとぼ歩いていると、栗色の髪の見慣れた後ろ姿が現れた。やはりいつもと変わらないように見える。
「口臭くねーかな!? まずそこからなんだ」
「大丈夫じゃないの……」
バクは面倒くさそうに言った。念入りに口を綺麗にしたのを信じて、明璃に話かけた。
「よっ、明璃。もう出てきて大丈夫か?」
恐らく明璃はなぜ病院で目覚めたのかを知らない。しかし、サトルは入院した原因も落ち込んでいた理由も知っているのに、詮索されては困るので知らない風を装った。
「おはよう、サトル。私はもう大丈夫だけど……」
「大丈夫だけど?」
「ウチのネコが……。しゃもじが」
「どうかしたのか?」
死んだコトは知っている。ただ、分かっているだけに訊くのは地雷を踏んでいるようで心が痛んだ。
「――どこかへ行ったみたいで」
「うん……えっ?」
話が違う。愛猫が亡くなったというのは逸森の早とちりだったのか。
「死期が近いといなくなるってよく聞くから、もう死んじゃったんじゃないかって、勝手に思って……」
「……あー、まあ、もう歳だもんな」
「別れも言ってないのに出て行って。ほんとお騒がせなコなんだから」
強がっているがつらいに違いない。物心ついた頃からずっと一緒だったのだ。幼馴染のサトルには、そんな強がりが痛々しく感じられた。だが、まだ生きているという希望はある。
「探そう。別れも言えないなんて、そんなのダメだ」
「どうやって?」
「ツイッター……じゃない。エックスとかで拡散したりさ、役所にも協力して貰おう。きっと見つかるって!」
「うん。やってみようかな」
弱気な声だった。かなり参っている様子だ。
「――あっ、サトル、もうこんな時間! 学校遅れるよ」
「おー先に行っててくれ。考え事があるからさ」
「怒られても知らないけど?」
「へーきへーき。車に気をつけてな」
サトルは小さく手を振ると、明璃はムッとした表情を見せてから足早に学校へ向かった。
「行方不明か。逸森が言ってたコトと違うぞ」
「こんなコトもあるんだな、サトルはどうする?」
それでも心に隙が表れ取り憑かれたのは違いないが、しゃもじが生きている可能性はまだある。まだ暗闇から光は見い出せる。
「探すに決まってんだろ!」
「途方もないな。やれるのか?」
「小さい頃、オレも一緒に遊んだからな。恩返しってヤツだ」
「――なにやら、面白い話をしているな」
どこからか聞き覚えのある低い声が響いた。まさかと思い目線を下げて探していると、電柱の陰からのそりと人面犬が姿を現した。
「人面犬じゃねえか。隠れてないとマズいぜ、この時間帯は人が多いからな」
「ワシの名前は『ギル』じゃ。ワシの愛する者が付けてくれた名前で呼ぶようにしてくれ、ニンゲン」
「そうか、よろしくな、ギル。オレのこともサトルって呼んでくれよな」
「ふんっ、お前が引き留めたおかげじゃ。礼を言おう、サトル」
「それで、どうしてここに?」
「今、ネコを捜すと聞いたモンで、力添えしようと思ってな。ワシは空妖、幽霊くらい当然視られる」
「マジか! それは助かる!」
人面犬――ギルの異能力は『会話』だ。ギルの言葉によってカラスにすら命令を下せる。人間よりも外にいる動物たちに協力して貰えれば、すぐ見つかるに違いない。
「しかし、どういう風の吹き回しだ?」
「いやな、さっきの彼女との一部始終を見させて貰ってな、勝手ながらもお前に親近感が湧いてしまってな」
「……というと?」
言いたいコトはなんとなく察せる。
「お前とお前の恋人のために、一肌脱ごうと思ってな!」
「そんな関係じゃねーよ! ただの幼馴染だ!」
「まだ、か?」
「うっさいわ!」
「……おいおい」バクが呆れながら口を挟んだ。「急かして悪いが本題に移ってくれ」
「そうじゃったな、背中の口よ――たしかバクだったか」
「うん、よろしくな」
「んで、オレはどうすればいいかな。あっ、まさか凄い傷を負わなきゃダメとかじゃねーだろうな!?」
サトルは呪痕の痛みを思い出して、顔をしかめた。するとギルは、そんな心配をよそに笑った。
「もうそんな気はないわ。どれ、手を出してみろ。仲直りじゃ」
サトルは屈んで掌を差し出すと、ギルは『お手』をしてすぐ退けた。するとそこには、肉球の形跡がくっきりと残り、それが蛍のような光を放った。どうやらバクに関わらず、空妖と能力を共有した際には、このように繋がりを証明するサインが発現するらしい。
「仲直りにハイタッチか……。うん、そりゃいい」
サトルは微笑んだ。
「望めよニンゲン。世界と会話してみるんじゃな」
小鳥のさえずりに耳を傾けた。すると聞いている内に、さえずりは言葉へ変換されていく。
「やべーよオイ、ドジッちまった。換気扇のトコに巣作ってんのバレちまったよ。壊さないでくれるかな?」
「優しいニンゲンであることを祈るしかねーべ」
可愛らしいはずみはこんな会話だったのかと、サトルは驚いた。とはいえ身近な世界をこういった形で聞くのは面白い。鳥なら空を見下ろしているから、なにか知っているかもしれない。
「おーい、そこのツバメさんたち。この辺にキレイな白いネコを見なかったかな。瞳の色は青なんだけど」
「ニンゲンに話かけられた!?」
「ネコ? いやあ、知らんなあ」
「そっか、ありがとう」
礼を言うと、二羽のツバメは電線を後にした。
「そうだ、虫にも訊いてみるか」
「言いそびれたが、それは出来ない」
「なんで?」
「ヤツらはなにも言わないし、心があるのかもわからん。本能だけで動いているのかもしれんな」
「ふうん、不思議だな」
それから、近くを飛びかう鳥たちに話かけても有力な情報は得られなかった。
「知っている者が居ないとなると……ううむ、致し方ない。恥を忍んで奴らを呼ぶか」
ギルはそう悔しがって言うと、いきなり遠吠えをした。車が二台通れるかくらいの道だが、そのど真ん中でだ。
サトルは流石に目立つと思い慌てると、遠くの空からカラスが三羽飛んできた。無論、こちらへ向かってくる。
「おう、おまえら。また協力してもらうぞ」
カラス達が地面に降りた。
「おいおい旦那ァ、負けたからってこのニンゲンに尻尾を振るのかい?」
「しかも敗因はカメムシ野郎の悪臭ときた。笑えるぜ、そんな負け犬に協力はねえな」
「そういうワケだぜ! カッカー!」
リーダー格だろうか。まず体格の大きいカラスが喚き、次いで揃って下品にまくし立てる。ギルはあからさまに不機嫌になった。
「ワシが死んだ後などなにも残らん。それに助けを乞うているのは、このサトルじゃ」
「どういうこった。もしかしてアンタ、能力をそいつに貸しているのか」
「ああ。貸して貰ってる。教えて欲しいんだ」
サトルは答えた。
「へえ、ニンゲンと話せるなんて」
「おめーちったァ頭の回る奴だったな。ちょっぴり認めてるが、馴れ合う気はねーな」
「そういうワケだぜ! カッカー!」
「ちょっとだけでも聞いてほしい。ネコを捜しているんだけど――」
それからサトルは、しゃもじの特徴を簡潔に挙げていった。白い毛並みにブルーの瞳。長年逢っていなかったが、すんなり思い出せるくらいキレイなネコなのだ。
「おい待てよ……。ここいらでそんなネコは――」
「そうだよな! オイ、そのネコは赤の首輪じゃねーか!?」
「えっ? ああ、そのはずだ」
明璃は赤色が好きだから、首輪も赤だ。それにしても、この尋常でない反応はしゃもじを知っているようだ。
「オイオイ嘘だろッ!? コトがこうも巡るとはな!」
「行方不明だってよ。こりゃ協力するしかなさそーだぜ」
「そういうワケだぜ! カッカー!」
初めて主体性のなさそうな下っ端カラスの言葉に好意を感じられた。
「それでだ、サトル。今回は協力してやる。なんせ俺たちの恩人……いや、恩ネコだからな。おめーの学業が終わるまでには捜しだしてやっからよォ、期待してな」
「できるのか? 難しいんじゃないのか」
「ここいらの空を仕切ってんだ。俺たちをなめんなよ」
リーダーが仲間に向かい合った。
「いいか、わかってるよなァ! やっと恩を返せる時が来たんだッ!」
「ああ、見つけ出してみせるさ」
「そういうワケだぜ! カッカー!」
「お前ら行くぞ! 散れッ!」
あっという間にカラス達はそれぞれ別の方向へと飛び去った。
「口はあんなだが、腕は確かじゃ。心から任せればよい。見つけ出したらワシはそこへ行って、またチカラを貸してやろう」
「そっか。じゃあ、期待して待ってるかな」
「夢気分に浸ってるのに水を差すようだが、サトル、遅刻するぞ」
バクが半笑いで言った。
「いけね! じゃあまたな、ギル。能力ありがとう!」
「がんばってこい」
現実に引き戻されたサトルは急いで学校へ向かった。こんなに足取りが軽く感じたのは久しぶりだった。
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