呪いのルーツを尋ねて②

「――なんだここ。たしか縁側で眠くなった後……」

 

 不意に眠りに着いたサトルが慌てて目覚めた時には、周りはすでに暗くなっていた。夜空にはまん丸の月が満天の星と浮かんでいた。

 

 それにしてもなにか様子がおかしい。よく知っているはずの庭には、既に枯れて花が咲かないハズの桜が満開を迎えており、風に吹かれて、騒めきながら散っていく。


 次いで目に入るものは、これもまた見覚えのない灯篭。美を強調するように計算された一定の間隔で置かれている。火袋から照らされる温かい灯と、心地よい桃色の風が調和するありさまは、それはもう見事であった。

 

「いや、いやいや。違う。感心してる場合じゃない」

 

 この光景に魅了されながらも、サトルは首を横に振って違和感を探す。家から明かりが点いておらず、庭の遠くには簡素な木の柵が設けられているのを見ると、まるで現代ではないような感覚を覚えた。

 

 立ち上がろうとしたその時、木が――縁側が軋む音がした。サトルが発した音ではない。他に誰かが居ることの証左だ。

 

「ばあちゃん? それともじいちゃん?」

 

 ゆっくり、ゆっくりと足音は近づいてくる。そして、声が聞こえた。

 

「お目覚めですか。呪いの後継者、禅院ぜいんサトル」


「誰だ!?」


 それは落ち着いた若い男の声だった。もちろん聞いたコトがない。

 

「ずっとここから見ていました。時の流れを、めくるめく変わり続ける世界の潮流を」

 

 身構える前に暗がりから男が現れた。ちょんまげ頭に小袖の着流し、腰には小刀、足袋を履いているその姿は、まさに時代劇に登場する武士そのものであった。

 

「オレにちょんまげ頭の知り合いはいないけど……。アンタは?」


それがし又兵衛またべえと申します。我が主君、禅院真光ぜいんさねみつ様の小姓、つまり付き人のような者です」

 

「真光? そういや夢の中で鬼がそんなコト言ってたような」

 

「どうやら覚えているようですね。ならば話は早い」

 

 サトルは言われて気付いた。何気なく視た夢をずっと覚えていたコトに。改めて思い返せばそんな経験はなかった。普段は夢など朝食を食べ終わる頃にはすっかり忘れているのに。

 

 そこに追い打ちをかけるように疑問が浮かんだ。なぜ、この武士風の男が夢のコトをさも知っている言い方をしているのか。この男の言う話を聞けば理解できるだろうか。

 

「まずは、この桜と某の話でも」


 又兵衛は花びらを拾い上げると、青白く光りだした。

 

「時代錯誤の恰好をしているとお思いでしょうが、それもそのハズ。なぜならば、この世界は約1000年前の夢だからです」

 

「ふつうの夢じゃないってコトはわかったよ。アンタも含めて」

 

「そう。某は幽霊。そして、あの桜の木は空妖くうようなのです」

 

「え? ち、ちょっと待てぃ!」

 

 サトルは話を手で遮り、頭を空っぽにするようにブンブンと横に振ったが、それでも何がなんだかわからないままだった。

 

 一呼吸おいてから、「どうぞ」と促した。

 

「混乱するのも無理はない。……では続けましょう。空妖というのは、人智を超えた能力を発揮出来る存在なのはご存知かと」

 

「そういえば夢に出た鬼もそんなのをやっていたな。草木を枯らして、刀を錆びさせて。あれも能力とやらで?」

 

「そのチカラ故に、あの忌々しい鬼は『』と名付けられたのです」

 

「それで、この桜の能力チカラは?」

 

「『記憶を呼び起こす』。某がこの空妖に取り憑いて、自身の記憶と真光様の証言を基に、ありのまま起こった事象を夢に映し出しました。……呼び起こすというよりは、記憶を作りだした、といったほうが自然かもしれませんね」

 

 映画に例えれば、記憶がフィルムで、桜の空妖が映写機、夢がスクリーン、そして、この又兵衛が映画監督というワケだ。

 

「こことずいぶん離れてるのに、能力が長く行きわたるモノなんすね」

 

 サトルはあの鬼――かるまと比べて言った。

 

「……きっと、あなたはこの桜と縁が深いのでしょう」

 

 又兵衛は桜の木に寄り、そっと幹を撫でた。その目はどこか遠くを見るようだった。

 

「ここからが本題です。かけ離れた距離がありながら、夢が届いたあなたに言っておきたいコトがある」

 

 又兵衛は鋭い眼差しで、サトルの方を向いた。

 

「あのかるまがいずれ目覚める。あなたが空妖に巣食われたのも、親しき人が悪霊に憑依されたのも、後に起こりうるコトへの予兆に過ぎない!」

 

「やめてくれよ。明璃があんなキケンな目にあったのに、それを予兆だなんて……」

 

「かるまの呪いを濃く継いだ者――『呪継者じゅけいしゃ』が真光様の子孫にふたりいましたが、彼らも一様に空妖と、霊と惹かれあった」

 

「……その先祖はどうなったんだ」

 

「数奇な人生を歩み、決して自然死などでは死ねなかった」


「あんたはオレを絶望させるために夢を見せているのかッ! この一介の高校生に!」


「罵られるのを承知で言っていますが、違うッ! 断じて違います! あなたには覚悟して頂きたいのだ!」

 

「殺される覚悟をかッ!」

 

「大人しく呪継者としての宿命を受け入れねばならないッ!」

 

 サトルは無意識に拳を握りしめていた。又兵衛も退けない立場なのだろうが、思い返せば、夢を見せられてからこんなコトばかりだ。覚悟を固めても、それを軽々と吹き飛ばす事実が次々とやってくる。


 視えるようになり、明璃が悪霊に取り憑かれたのま全て確約していたと思うと、やるせなくなってきた。しかし逃れえない血の呪いだからこそ、立ち向かわなければ。

 

「聞かせてくださいよ。ご先祖様は、なぜかるまを倒そうとしたか」

 

「……申し訳ありません。冷静さを欠きました。奴は大規模な戦場から小さな集落まで死を求める天災のようなものでした。まさに破壊の権化。真光様は、ヤツに初めて挑んだ方なのです」

 

「だから呪われた」

 

 又兵衛は悔しさを顔に滲ませ、俯いた。

 

「そう。なにも抵抗できずに殺される百姓たちのために、立ち上がった。……が、人の身にとって果てしない時を経ても、なお絡みつく因縁となってしまった」

 

「それで挙句の果てには、あの鬼に罪だなんだって言われて……、オレも呪われて」


「後生です。どうか、真光様をそんなふうには……」

 

「だけど、そんなご先祖様を誇りに思うよ」

 

 サトルは堂々と言った。


「誰かがやらなきゃいけない義務を買って出たのに? ましてや弱いから罪とか言ってたよな。ンな理屈が通ってたまるかよ、身勝手な呪いなんかに負けてたまるか!」


 なぜか、かるまのことを思い出すとイライラしていまう。

 

「……その恐怖に立ち向かう勇敢なる心は、まさしくかの方々のものだ」

 

 又兵衛は強い眼差しを向け、グッと拳を握りしめていた。


「くだらない。生きてこその人生だ。それが呪いかどうかなんて、オレが決めるッ!」


 力強く言ったあと、突然、左目が痛みに襲われた。


「いてッ!? ……夢の中なのに?」


「……始まったようですね」

 

 鋭利な刃物にでも切り裂かれたような痛みが、抗いようのない疼きが襲った。思わず抑えていた手を離してみたが、血は流れていない。幸い、痛みはすぐ治まった。

 

「ここはたしか、ご先祖様がかるまに裂かれたトコだったハズだ。偶然じゃないでしょう?」

 

「いかにも。さあ、これをご覧下さい」

 

 又兵衛がサトルへ手を伸ばすと、指先に花びらが吸い込まれるように集まり、顔を覆い隠すくらいの大きな円になった。すると、青白い光を放ち、すぐ消えると、幻想的な桃色から俗っぽい現実的な像を映し出した。

 

「へえ、オレが映ってる。それに、なんか連動してるみたいだ。面白いな」

 

 手を振れば、桜の像も手を振る。まるで鏡のようだ。

 

「そうでしょう。今、これで鏡を作りましたので」

 

「あっ……そう」

 

 初めて鏡を見た原始人のような反応をしたコトを恥ずかしく思った。又兵衛の生温かい目がイタい。

 

「つまらないと思ったでしょうが、これこそ某が見せたいモノだ」

 

 また桜の円束が光を放った。目を細めてそれを見ると、そこには、あのかるまが不敵な笑みを浮かべていた。サトルは目を見開いた。

 

 ザラつく心が怒りの炎を湧き上げ、怒りの炎は血潮を燃やす。憎悪、怨念、憤怒、昂奮、そして、殺意。どうしてかはわからない。しかし、このあまりにも、あり余るほど狂おしく湧き上がる感情は留まる気配はない。


 自分でもおぞましく思った、その時だった――

 

「うああ……まただッ!」

 

 左目を執拗に襲う痛み。さっきとは比べ物にならない。ジッと出来ない。痛みに叫んで抵抗する。この苦しみに果てはあるのか。


「強い意志を持ってください。この痛みに耐えられなければ……あなたは死んでしまう」


「やっぱり理不尽だなッ、この呪いはよォォ!」


 諦念の誘惑は砂糖菓子の甘さによく似ている。諦めれば、気を抜けば楽になれるのに、しかし生への執着が、脈々と継がれる本能が、そして苦汁を飲み続けた禅院の血が愚かに叫び続ける。頼まれずとも醜く足掻く。


 死ぬもんか! と……。


「ハッ、そうだ。理不尽だから呪いって言うんだろ。こんな痛さがなんだ。もっと痛い思いはした。オレが次に叫ぶのは……快哉だッ!」


 瞬間、痛みは心地よい熱さに変わり、サトルは拳を握った。


「勝ち名乗りッ!」


「出ましたね……、呪継者たる証、左目の呪痕じゅこんが!」

 

 又兵衛は桜の円束で再び鏡を作り、サトルを映し出した。覗き込むと、左目にはぼんやりと赤く光る傷が痛々しく刻まれていた。傷に沿ってなぞっても痛くも痒くもない。それ以上に不思議なのが、瞳も赤くなったコトだ。まるで、かるまの瞳のようだった。

 

「これが呪痕。宿命の目覚め――それは、呪継者の覚醒でもある。いずれ役に立つときが来るでしょう」

 

「脅しに? 鬼の目とはいえ、にらみつけるだけじゃ戦えない」

 

「ええ、もちろん」

 

 又兵衛のかざした指先に浮いて集結していた桜の花びら達が、それを形作った。

 

「託したいモノはコレです。くしびなる剣、銘は『鏡花旅楽きょうかたびら』。」

 

「これは……ご先祖様が持っていたヤツだ」


 柄のような部位の先に、極薄の板状の真っ白な刀身が付いている、おおよそ剣とは言えないモノだ。


 握ってみると存外振りやすく、とても軽い。刀身も見た目よりずっと堅牢だが、刃がない。やはり剣として欠陥している。


「クリケットのバットみてえ。ホントにこれで鬼と戦えるのか?」

 

「これは少々特殊な剣でして、空妖だけを斬れるのです。これで空妖以外を斬るには、それこそ剣豪の域に達していなければ、まず不可能です」

 

「安全に使える剣ってのもどうなんだろうな。でも空妖だけを斬る、か。極力そんなコトにはならないでほしいけどな」

 

「なぜ?」

 

「なぜって、そりゃ空妖だって生きてるんだろ? バクだって……?」


 サトルはバクの存在を、今の今まで忘れていた。雷に貫かれたかの如く、その名を思い出した。

 

「どうやら、時間が来たようですね」


「時間?」


「夢から覚めるときです」

 

 又兵衛が静かに言ったと同時に突風が吹き、桜吹雪が舞い上がった。まさに狂い咲きだ。ゆっくり見とれる間もなく、サトルの身体を持ち上げた。


「バクのコトだって訊きたいのに……。又兵衛、アンタは知っているのか?」

 

「某には一切わかりません!」

 

「え、なにそれコワ……。じゃあ、かるまがいつ目覚めるかってのは?」

 

「その予兆は、まだ……」


 次第に又兵衛の声が遠くなってきた。もうすぐ夢から覚める。

 

「最後に、真光様からの言伝をば」


「ご先祖様から?」


「生まれてきたコトを、呪わないでほしい。……と」


「ああ、きっと。強く生きてみせる」


 ご先祖様の言葉を胸にしまいこむと、サトルの視界は暗闇に包まれた。

 

 

「――サトル?」

 

 目を覚ますと、もはや聞き馴染みのある声が聞こえた。バクの声だ。


「やれやれ。ワタシが起きたと思ったら、次はキミが寝ているなんて。噛み合わせが悪いな」


 そう言って、バクはギザギザの歯をカチカチと鳴らした。


「声、かけてた?」


「2回目で起きた」


「今は?」


「ワタシは目覚まし時計じゃないぞ」


 夢の中で咲き誇っていた桜は、ウソのように枯れている。空は夕暮れ。スマホで時刻を確認すると、すぐにポケットに入れた。

 

「……どこまでがホントだ?」


「ワタシに真偽を問うとは。フフ、愚問だな。」

 

 過ぎた時間は2分だけ。呪いとともに歩む時間は、ゆっくり進み始めたばかりだ。

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