其ノ五 薬箱

 私がどうにか気を取り直し、大きな薬箱くすりばこを抱えて先生にお供して出立しゅったつしようと致しました所、春庭はるにわ様が、

「父上、女子おなごに大荷物を持たせ、何里なんりも歩かせてこき使うものでは有りませんよ。酷いなあ。」

 と、冗談混じりに仰ったので、先生は、

「余計なお世話じゃ、私はまあ、どんな患者でもるにはるが、いちおう稚児医者ちごいしゃの看板をかかげて居る。女子おなごほうが子供らの当たりも柔らかいから重宝するのだよ。春庭はるにわ、ごちゃごちゃ言っとらんで、さっさと学問所がくもんじょに行きなさい。」


 先生にそう仰られて、渋々きびすを返そうとした春庭はるにわ様は、一見真面目な堅物でいらっしゃる様に見えて、存外何処どこか愛嬌のお有りになる、優しい御表情でこちらをちらりとご覧になると、またお支度したくの間に戻って行かれたので御座います。



来週に続く

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