其ノ四 裂(きれ)

 私は、先生に杖を渡す為ひざまずいた姿勢のまま、お声のする方にふと目線を上げますと、先生の御嫡男ごちゃくなん、年の頃なら私の一つ上の十七じゅうしちでいらっしゃる、春庭はるにわ様がいらっしゃいました。


 ご聡明さを買われて、お城の御学問所ごがくもんじょにも出入りしていらっしゃると言う春庭はるにわ様は、その涼やかなお目元を拝見するだけで、誰の目にも持ち前の御聡明さが分かると言うもの。今朝はお女中に髪を結わせていらっしゃる途中で御座いましたか、少しほつれた千筋ちすじの黒髪がしどけないのも、却ってお顔立ちのお美しさを際立たせていらっしゃるようにお見受けします。


「お優、これを持ってお行き。父上の鼻緒はなおもいつ切れるか分からないし、君のだってね。鼻緒はなおが切れると仕事にならないでしょう。」


 春庭はるにわ様がそう仰って、鼻緒はなおの替えに使う勢州木綿せいしゅうもめんの藍色のきれを差し出されると、私は自分の履いて居る草履ぞうり襤褸ぼろぼろなのを見て、恥ずかしくなって思わず頬を赤らめたので御座います。



明日に続く



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