其ノ三 鈴

「おい、お優。参るぞ。本日は山野村やまのむらの方へ行く。」


 先生はご家族との朝餉あさげを終えられると、早速本日の往診にお出掛けになられます。


 わたくしは台所の手伝いをしておりましたから、女中頭じょちゅうがしらに会釈をすると、玄関まで駆けて参りまして、先ずは先生の、随分と使い込まれた、縞柄しまがら勢州木綿せいしゅうもめん鼻緒はなおの付いた雪駄せったを下駄箱からお出しすると、醫院いいんの外来として使って居るみせより、「久須里婆古くすりばこ」と書かれた二貫にかんはゆうに有る大きな箱と、京都で作らせたという、先生のお気に入りの鉄鈴てつれいの、一番小さいのを持ち手に付けた愛用の杖を玄関までお持ちしました。


 十徳じっとく姿の先生に、私がひざまずいて杖をお渡ししておりますと、


「お優、一寸ちょっと。」


 と居間の方から、それこそ軽やかな鈴の音の様な慕わしい、おのこの若者のお声が、私を呼び止めたので御座います。




明日に続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る