其ノニ 先生

 先生は、お城の大手通おおてどおりから一本入った小路こうじに面したお屋敷に、ご家族と一緒にお暮らしでいらっしゃいます。


 先生の御生業ごせいぎょうは医業ですので、昼間はご自宅の玄関脇のみせで、訪ねていらっしゃる患者様方をご診察なさる事も御座いますが、お城の御殿医ごてんいもあまた居られるこの栄えた城下町では、ご自宅でのご診療だけではどうにも、大勢のご家族と奉公人を養うことが難儀でいらっしゃるようで、ご城下の御武家衆おぶけしゅう町衆まちしゅうを診るだけで無く、ある時は五、六里離れた農村や漁村、また有る時には七、八里離れた神宮じんぐう様までも、日々精力的にかちにて往診しておられるので御座います。


 並の体力の者であれば、かちでのご診療の後は、お疲れになり御食事を取られてとこに付くだけが関の山で御座いましょうに、先生と来たら、それとこれとは別とばかりに、ご自宅に戻られると、奥の座敷で気の合う門人もんじん達と、夜な夜な古典文学の御講釈やら文学談義に花を咲かせていらっしゃるのですから、総じて、人生ももう終わりに差し掛かるとも言われる五十路いそじなれども、ことこの先生に限りましては、汲めども尽きぬご体力と、知的好奇心をお持ちの方でいらっしゃるのだと思われます。



明日に続く

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