2-3

「ない、って……。そんなワケないでしょ?」

 僕は何も分からないのについ言い返した。

「『今んとこ、こういうになってしもた人をどないしたら安定させられるか、とかは一切不明なんよ』」

 先輩の断定的な言い振りに、僕は必死で食い下がった。

「さっき『ウチらでなんとかする』的なこと言ってたじゃないですか?」

 先輩はあくまでも突き放したようにこんな説明をした。

「『結局、ウチらも対症療法的なことしかできんねや。例えば、今からなんとかして山ちゃんを回収して、さっき言うた『日本C』、山ちゃんが元いた世界に戻してみたとしたとするやん? 

「……なんでダメなんですか?」

「『ウチの見立てやと、山ちゃんは今後もふとした拍子にポーン、とまた別の世界へ時空転移を繰り返す可能性が高い。こういうのは再発しやすいんや、一度脱臼した肩が外れやすくなるぐらいの勢いでな』」

「そんなに簡単に!?」

 しかし、これまで五回も転移していることを考えると、確かにそれぐらい頻発するものなのかもしれない。

  一応理屈は分かったが、僕は承服しかねた。

「で、でも……、だからって、山田さんをこのままほっとくのはいかがなものかと……?」

 すると先輩は今一度脅すような口調で忠告してきた。

「『中村くん、砂漠とか海のド真ん中とか、上空何千メートルの空中に放り出されて生き残る自信あるか?』」

「……何の話ですか?」

 困惑する僕に、先輩はまるで都市伝説のような話を滔々とうとうと語った。

「『もともと、高速で移動してる物体の中やと存在が不安定になりやすい。ほら、何かしらの乗り物に乗ってたら異世界に行ってまう話、聞いたことあるやろ?』」

「まぁ、はい」

「『バスとか電車、飛行機、超高層タワーのエレベーターの中とかでも時空転移が起こった、ってケースも聞いたわ』」

「エレベーターの中から転移したって……。その人、その後どうなったんですか?」

 先輩はさらっとこんな怖い話をした。

「『なんでも、転移した先の世界にはその高さの建物がなかったらしくてな、そのまま空中に放り出されて数百メートルを落下したあげく、地面に叩きつけられて死んだらしいで。知らんけど』」

「ひえぇ……」

 ここまで聞いて例のスカイツリー屋上の飛び降り死体のことを思い出し、僕は震え上がった。

「『今回は運良く電車ん中に出たけど、今度はどうなるか分からんで、って話は一応しとくわ。念のため』」

 先輩は有無を言わせず怒涛のように畳み掛けてきた。

「『とにかくやな、これ以上問題を大きくしないために、悪いけど中村くんは一刻も早く山ちゃんから——』」

「僕は離れませんよ」

 僕は先輩の言葉を遮ってきっぱり言い切った。

「『なっ……、さっきの話聞いてたか? そんなに死にたいんか?』」

 狼狽した様子の先輩に僕は自分の思いを正直に伝えた。

「危険だっていうのは分かってます。でも、山田さんはこんなに苦しんでるんですよ。同じサークルの仲間として、見捨てるワケにはいきません」

 だが当然、先輩もこれでは納得しない。

「『カッコつけてる場合か? 分かってへんのかもしれんけど、君、今におるんやで? いつ帰れるか……』」

「山田さんはそれを味わってるんですよ? ここで誰かがいっしょにいてやらなかったら、心が壊れちゃいますって」

 僕が山田さんの方に目配せすると、彼女は口元を手で隠した。

「中村くん……」

 彼女の目は少し潤んでいるように見えた。

「ごめんね、何もしてあげられなくて」

「……大丈夫。ありがと」

 僕たち二人がそんなやりとりをしているところへ、先輩が電話越しに叫んできた。

「『君ら、二人ともアホかっ! いきなり青春すなっ! こっちが恥ずかしくなってきたわ』」

 しかし、事態は僕たちが気づかぬうちに悪化していた。

 最初は気のせいかと思ったが、僕が何気なく床に視線を落とすと、一瞬が走ったように見えた。

 やがて周囲の景色がほんの少しブレているように感じられ、駅構内の床や壁、柱などにが見え隠れし出した——ちょうど、ゲームのテクスチャがおかしくなったときのように。

「なにこれ……、めまいかな……」

 周りをきょろきょろと見回して、僕はそんなことを口にした。

「いかん、

 山田さんはすぐさま怖い顔になった。

「また!? まだ一時間も経ってないよ?」

 どうやらまたが来てしまったらしい。

「『ほら、言わんこっちゃない……!』」

 すかさず先輩のもどかしそうな声が聞こえた。

「先輩、今すぐこっちの世界に来られないんですか?」

「『それができたらやってるわ。おまけに君らがそこからさらに別の世界に転移してまったら行った意味ないやろ?』」

 それもそうか。

 僕は覚悟を決めた。

「山田さん、とにかく僕の手を離さないで」

 手を差し伸べた僕に、山田さんは戸惑った様子だった。

「そんなことしたら……」

「いいんだ、僕もいっしょにまたどこへでも行くよ」

 今考えると、僕は随分キザなことを言っていたと思う。

 このクレイジーな状況で、にわかに誰かを救いたいという気持ちに目覚めてしまったのか、あるいはそうまでして彼女の関心を買いたかったのか——それでも、メサイアコンプレックスであれただの下心であれ、僕のしたことが彼女にとって少しでも救いになっていたのならよかったが。

「『……やめろ、って言うても聞かんよな?』」

 ハァ、とため息をつく先輩。

「『こうなったら……』」

 表情こそ見えないが、飛蘭ひらん先輩がひどく焦っているのが伝わってきた。

 わずかな沈黙の後——

「『……しゃあない。調や』」

 あんま使いたなかったけど、と小声で付け足した。

「乱数調整??」

「『せや、調みたいなことをしたら、ひょっとしたら二人まとめてこっちの世界日本Aに戻せるかもしれん』」

 先輩の話があまりに荒唐無稽すぎて、僕はただ呆れた。

「時空の乱数調整って……、ゲームじゃないんですから」

 しかし先輩は真剣だった。

「『あくまで最終手段や、って。こんなんバグ技みたいなモンやし、成功率もメッチャ低い。1パーセントいくかいかんか、うどんで首吊って死ねる確率とええ勝負ぐらいのイメージ』」

「低すぎでしょ」

「『せやけど、もうどうせ時間もない。一か八か、賭けてみるか?』」

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山田さんは幽霊部員なんかじゃない。 中原恵一 @nakaharakch2

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