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 NR加奈山かなやま駅は全体的に横浜駅と名古屋駅を足して二で割ったような感じだが、地下五階建ての複雑な多層構造でどこに何があるのか分かりづらいのは渋谷駅を思わせる。

 Daily Miniという駅構内のキヨスクのような場所で試しに何かを買おうとしてみたが、通貨単位すら違うようでSuicaは使い物にならなかった。

 駅から外に出ることもできず、自動改札機に謎のオレンジ色のICカードをピッ、とタッチして去っていく人々を僕たちはただ眺めていた。

「……どうしよっか」

 なんとか雰囲気を明るく保とうと笑顔で話しかけるも、山田さんは泣き腫らした目で虚ろな視線を投げかけるのみだった。

「困ったなぁ……」

 この大量の人ごみの中に紛れ込んでしまった、それが僕たち二人だった。


 スマホで何かを調べようにも「圏外」と表示されてネットも使えず、僕たちはしばらくその辺りをぶらぶらとうろついていた。

 駅の階段や壁面、柱にある広告はどれも見知らぬものばかり——

「いざ行かん 西浜へ NR中日」

加奈山かなやま銘物めいぶつ桃饅頭ももまんじゅう 加奈山かなやま唐人街とうじんがい本店」

「Av. Montaigne」

「Speedup キミも明日へ走り出せ!」

「Fairy Cafe 北山店 New Open!」

 どれもことごとく訳の分からない商品名や会社名のオンパレードで、気が狂いそうになってくる。

 そして同時に、僕は極めて論理的に非現実的な結論に達した。

「僕たち、に来ちゃったのかな?」

 行き場を失った僕は、駅構内の柱の側に佇んでいた山田さんのところに戻ってきた。

「異世界、っていうか、って言った方が正しいのかもしれないけど」

 僕が独り言のようにそう呟くと、彼女は真正面から僕の顔を見つめてきた。

「たぶん……そう」

 疑問形じゃない。

「何か知っていることがあるの?」

 僕はつい問いただすように聞いてしまった。

「……ごめんなさい」

 彼女は唇をギュッ、と噛み締めた。

「さっきからどうして謝ってるの? 別に山田さんのせいとか、そういうことじゃ——」

 状況がつかめず混乱していると、使えなかったはずのスマホが通知もなしに振動し出した。ポケットから取り出してみると、真っ黒な画面に「着信」とだけ表示されていてまるでホラーだった。

 おそるおそる電話に出てみると——

「『もしもしっ、聞こえるかー?』」

 電話越しに飛蘭ひらん先輩が興奮気味に話し出した。

「先輩……!」

「『よかった、つながった』」

 先輩はひとまず安心したようだったが、僕は聞きたい質問が山ほどあった。

「一体どうやって電話してるんですか? 飛蘭ひらん先輩って?」

「『せやなぁ……、『時空の管理者』みたいなモンかな。どや、カッコええやろ?』」

「……中二病ごっこの続きですか?」

「『まあ、その話は後や。君ら、今どこにおるんや?』」

 僕は辺りをぐるりと見まわした。

「こっちが聞きたいですよ。なんか僕たち、異世界か並行世界の日本的なとこに着いちゃったみたいなんですけど……」

「『やっぱそうか……』」

 先輩ははぁ、とため息をついた。

「ここって、一体どこなんですか?」

「『それやねん。それが分かったら早いんやけど……。それよりまず』」

 先輩は少しためを作ってから、

「『山ちゃん、まだ近くにおるか?』」

「……はい。いますけど」

 僕はしょんぼりした様子の山田さんを見た。

「『』」

 いつになくキツい口調だった。

「え?」

「『あの子はでな、時空を壁抜けバグノークリップし続けてしまうんや。中村くんもこれ以上巻き込まれたくなかったら、さっさと逃げた方がええで』」

 先輩は怖い声でそう言った。

「……どういうことですか?」

 純粋に混乱して聞き返すと、先輩は突拍子も無いことを真剣に話し出した。

「『さっきの質問に答えるけど、君らが今いるのはおそらく、や。自分でも言うてたけど、『平行宇宙』とか『並行世界』っていう理解でかまへん』」

 次に先輩はこんな説明をした。

「『仮に、ウチが今いる日本をAとする。ほんで今、君らがいるのは日本Aとは違う時空の日本、Bや』」

 雲をつかむような話だったが、ここまで話を聞いた僕はあることを閃いた。

「……それってつまり、山田さんはこのBから来たってことですか?」

「『ちゃうちゃう、山ちゃんがもともとおったんはABや。とりあえず『C』とかしとくか。

 ちなみに、ウチの出身は日本AでもBでもCでもない、平行宇宙の日本やで、もはや『日本』と呼べるか怪しいけど』」

 先輩は早口で最後にそう付け足した。

「そんなにいくつも違う日本があるんですか?」

「『そりゃもう、無限にあるんちゃうか? 知らんけど』」

「『時空の管理者』なのに知らないんですか?」

「『……さっきはイキっただけや! ウチもただのやし知らんことも多い』」

 どうやら先輩も全てを把握しているワケではないらしい。

 先輩はさらに続けた。

「『話戻すと、日本Cのある世界はちょっと時空が不安定みたいでな、時空転移が起こる確率が他んとこと比べて若干高いらしいんや。

 それで、たまーにあの世界日本Cの人が別の時空に紛れ込むことがあってな、ウチらはそういうのを監視してんねん』」

 僕の脳裏をあの投稿者不明のどこだか分からない駅の映像がよぎった。

 もしかしてあれはリアルなCGではなくて、本当は日本Cの世界の人が撮影したものだったのではないか?

「『まー、簡単にまとめると、山ちゃんはっちゅうことや』」

「そんな……」

 あまりにもむごすぎる。

「要するに、さっき僕はそれに巻き込まれたってことですか?」

 僕は先輩の話を整理した。

「『その通り。山ちゃんの件はウチらに任せて、君はとっとと離れるんや』」

 先輩は今一度警告してきた。

「山田さん、もともと違う世界の日本にいたって聞いたけど……、本当にそうなの?」

 僕は電話を一旦から再び山田さんの方を向いて確認した。

「……うん」

 電話の相手が飛蘭先輩だと気づいているようで、彼女は警戒した様子でコクン、と頷いた。

「なるほどね、それじゃ僕たちの世界日本Aのことなんて知ってるはずないよね」

 山田さんが「常識」をあまり知らなかったのも、そう考えると納得がいく。

僕たちの世界日本Aには何年前に来たの?」

「……一年前ぐらい」

「それより前は、元の世界日本Cにいたの?」

「……違う」

「違う、って……。どういうこと?」

 僕の質問に彼女は目を逸らし、そわそわとした様子で腕をさすった。

「……これが、初めてじゃないの」

 ひょっとして、僕たちの世界日本Aに来る前にもにいたのだろうか。

「今まで何回ぐらい転移したの?」

 好奇心に駆られて僕は尋ねてしまった。

「……これで

「五回も!?」

 しかし、道理でスーツケースを持ち歩いているワケだ。そりゃ不安にもなるだろう。

 山田さんはポツリ、ポツリと語り出した。

「……長くて一年、短いと数ヶ月ぐらいで別の世界に行ってしまうの。中村くんたちとは、長く過ごせた方かな」

 まるで消え入りそうな儚げな笑顔——僕は彼女をとても可哀想に思った。これでは友達などできるはずもない。

「山田さん、そんなに不幸だったなんて……。ごめんね。僕たち、何にも事情を知らなくて」

 なんと言葉をかけていいか分からず、僕はとにかく謝ることしかできなかった。

「大丈夫、もう慣れたから……」

 そう口にする彼女の声は震えていた。 

「でも、そんなの、ひどすぎるよ……! なんとかできないのかな」

 僕は再びスマホに向かって話しかけた。

「先輩の力で山田さんを助けられないんですか? 何か方法は?」

 すると、先輩は極めて簡潔に残酷な答えを告げた。

「『……残念やけど、』」

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