多世界ノークリッピング
2-1
見るからに慌てた様子で苦笑いする
「転移者? 彼女をどうするか決める? 何の話ですか?」
それが誰の話なのか見当もつかなかった僕は、愚かにも直接本人に聞いてしまった。
「なっ、なんでもないっ!」
先輩は目を泳がせて、イヤに早口で言い訳した。
「ほら、中二病ごっこや! 楽しいやろ? 組織がどう、とか……。イタイ……かな?」
ホントだろうか。
僕はふと先輩の持っていた黒い日傘をもう一度見つめた。
「それより中村くん、山ちゃんとのデートは終わったんか?」
先輩は傘をしまいつつ話をそらした。
「別にデートじゃないですって。山田さんなら、今さっき駅まで送ったんで、今頃ホームにいるんじゃないですかね。なんなら合流します?」
僕はそう言ってスマホを取り出すと、山田さんにメッセージアプリで連絡をとろうとした。
「ええわ、別に。ウチ、ライアンと鈴木くん待ってるから——」
「お待たせー。って、あれ? 中村じゃん」
ちょうどいいタイミングでライアンくんと鈴木部長の二人が現れた。
「山田さんとの初デートはどうだった?」
「だからデートじゃねえって」
部長は僕の言葉を完全に無視すると、今度は大げさに泣くフリをした。
「しっかし、この夏、お前もとうとう本物の男になったな。一緒に牛丼にチーズかけて食ってた時代が懐かしいよ」
「誰がチー牛だ」
「チーズ牛丼、おいしいですよね。日本に来てから何度も食べました」
また全員がそろったところで、僕はみんなとこれからどうするかについて少し話した。
このまま二次会をする流れになりそうだったので、
「もう間に合わないかもしれないけど、山田さん探してくる」
僕は彼女も呼ぼうと、一旦その場を離れた。
駅の改札を通り抜けてホームへ向かう途中、僕が気になっていたのはやはり先輩のことだった。
仮に山田さんの言う『黒い傘の人』が
そんなことを考えているうちに、ホームの隅に立つ山田さんの姿が視界に入ってきた。
「山田さーん」
「……中村くん」
僕は彼女に走り寄ると、二次会のことについて説明した。
「よかった、間に合った。今、他のみんなと合流したから、この後一緒に——」
「私は帰るよ」
山田さんは僕の言葉を遮って、いつものように無表情でボソリと言った。
「そっか。まあ、もう夜遅いしね」
無理に引き止めるのもよくないか。
僕は彼女が帰る前に、一つ聞きたいことがあった。
「あと、もう一度確認したいんだけど、さっき言ってた『黒い傘の人』って何のこと?」
「……」
相も変わらず無言の山田さんに、僕はあまりにも軽率なことを口走ってしまった。
「これもただの思い込みかもしれないけど……、それって
「……どうして?」
これを聞いた彼女は露骨に顔を強張らせた。
「なんかさ、さっき先輩が黒い日傘を持って、誰かと電話してたんだよね」
あ、ほら。先輩たちも来たよ。
僕はなんの気無しに先輩たちの方を指差した。先輩はホームの人ごみの中を歩いていたが、こちらに気づくと笑顔で手の代わりに持っていた日傘を振った。
すると、山田さんはみるみる内に青ざめた顔になった。
「まただ……」
何を思ったか、山田さんは血相を変えてスーツケースを抱きかかえたままホームを飛び降りた。
「な……、何やってるんだ!」
突然線路を駆け出した山田さんを追いかけて、僕もホームを降りようとしたが、
「来るなっ!」
普段の彼女からは考えられないほどの大声だった。彼女は長い髪を振り乱し、全速力で僕から逃げようとした。
「待ってって! 危ないよ!」
そうこうしている内に踏切の警報音が鳴り、電車がこちらへ向かって接近して来る。
「線路内に人がいるぞ!」
「誰か! 非常停止ボタンを!」
ホームは一時騒然となり、騒ぎに気付いた鈴木部長が首尾よく非常停止ボタンを押してくれた。
途端に、駅構内にブザーが大音量でけたたましく鳴り響き、走行中の列車が激しいブレーキ音とともに停止しようとした。
しかし——
「ダメだ、間に合わん!」
部長の悲痛な叫び声が響き渡る中、僕はなんとかして山田さんに追いつき、彼女の手を引っ掴んで迫り来る電車を避けようとした。
「離して!!」
「いいから! 早く避けて!」
全てがスローモーションのように感じられ、まるで現実感はなかった。
よもや、常日頃愛好してきた電車に轢き殺されて死ぬなんて。
まばゆいヘッドライトに目が眩み、いよいよ本格的に死を覚悟したそのとき——
初めは目の錯覚かと思った。
駅舎や電車の車両、踏切警標の色が赤になったり白になったりしているように見えた。
何百も違うレイヤーが重なっている様は、まるでAIが生成した動画のよう——表面上はグニャグニャと歪みながらも、全体的な形としてはかろうじて同一さを保っていた。
これは一体——?
「あかん!」
知らない僕たちは知らないドコカへ吸い込まれ——
●
再び意識を取り戻したとき、僕はなぜか電車内に立っていた。
ガタンゴトン、という揺れ。
つり革に捕まってあくびをするサラリーマン。
席に座って隣の人とおしゃべりに耽る女子高生に老夫婦。
その全てがあまりにも普通で、僕は先ほどまで自分が電車に轢かれそうになっていたことを忘れたほどだった。
そして、僕の隣にはスーツケースを抱えた山田さんが立っていた。
「山田さん……! 大丈夫? ケガはない?」
彼女は一応無事のようだった。彼女はスーツケースを床に下ろすと、消え入りそうな声で呟いた。
「……大丈夫だけど……」
彼女は僕から目を背けたまま、申し訳なさそうな顔で俯いていた。
それにしても、僕たちは今どこにいるんだろう?
先ほどから感じていた違和感の正体はこの電車自体だった。蛍光灯の照明カバーやシートの感じが関東の私鉄とはなんだか違う。
そして、次の違和感は車内アナウンスだった。
「『みなさま、ご乗車ありがとうございました。次は終点カナヤマー、カナヤマー。お出口、右側だすー』」
「
僕が思い出せる限り、「カナヤマ」という駅名は関東近郊にはない。
そして全ての違和感は駅についたときに頂点に達した——駅名標に「加奈山」という文字が見えたのだ。
いても立ってもいられなくなって、僕は降りようとしていた人を捕まえて尋ねてしまった。
「すみません、
「どこて……、何やその質問」
「愛知県名古屋市の
するとそのおばあさんは顔をひどくしかめて、まるで常識と言わんばかりに諭して来た。
「
ケッタイなやっちゃ、と言っておばあさんは足早に立ち去った。
「……ここは、どこだ?」
それは一見すると日本のどこかにありそうな、たくさんの電車が出入りするターミナル駅という感じではあった。
が、地名や駅名、路線名含め、知っている固有名詞が何一つない。
「中村くん、巻き込んでごめん……!」
隣にいた山田さんがとても悲壮な顔で泣き出した。
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