1-3
七月、夏休みを目前に控えた頃——
「夏や! 祭りや!」
部室のパソコンをにらめっこしていた
「バーベキューにスイカ割りに海水浴に花火大会! あー、もう! 夏はやりたいこと多過ぎてかなんわ」
先輩は関東一円の夏イベントを調べていたが、あまりの選択肢の多さに椅子に仰け反って足をバタバタさせた。
「まぁ、楽しそうではありますけど、バーベキューとかスイカ割りだと準備が大変ですよね」
この部活のメンバーでパーティができるような広い自宅を持つものはいない。
「それでも、ウチはぜーんぶやりたいんや!」
「そんなムチャな」
すると先輩は何かを閃いのたか、俄然目を輝かせた。
「せや! カナちゃんに頼むか!」
「カナちゃん?」
「ウチのネットの友達や。ほら、『カナ★バナナ』て名前でVtuberやってるで」
動画サイトで検索をかけてみると、ロリ系魔法少女Vtuber「カナ★バナナ」は登録者三十万人を超えており、そこそこ有名のようだった。
先輩は続けた。
「この子な、定期的に自分ちでオフ会やってんねん。外国人も多くて、国際交流パーティみたいな感じやけど」
先輩はスマホでSNSを開くと、実際に去年参加したときの写真を何枚か見せてくれた。そこにはどこかの立派なお家の庭で楽しそうに肉や野菜を焼いている様子が映っていたが、最後に集合写真があった。
様々な国籍の人がいる中、真ん中あたりに先輩と並んで見覚えのある白人男性の姿が。
「これが先輩で……、隣にいらっしゃる方ってこないだのライアンくんですよね?」
「せやで。ウチの彼氏」
「へー、そうなんですね。って、え??」
「あれ、つきおうてるって言うてへんかったっけ?」
初耳だった。しかし道理であんなニッチなイベントに出たがったわけである。
「それで、カナさんはどなたですか?」
「えーっとね、この子」
先輩がタグ付けされた利用者を表示すると、@hansai_hilan23と@ryan_gilbertの横に立っていた五十代と思しき中年女性に@lovelymagicalgirlxx_kana68というユーザーネームが表示された。
「え、このおばさんがカナさん!?」
カナ★バナナ、まさかのバ美肉おばさんだったとは。
「おい、君。レディーに対して失礼だぞ!」
なぜか共通語で突っ込む先輩。
するとそこに、ちょうど四限の授業が終わった部長が割り込んできた。
「何、このパーティ? 料理がすげえおいしそうだけど」
「せやろ? これ、ウチの友達がお家でやってんねんけど、今年の夏はこれにみんなで行かへん?」
先輩は早速メッセージアプリでカナさんに連絡をとったが、まさに今月末にバーベキュー大会をやるということで確認が取れた。
「いいね」、「俺も行く」と他の部員たちが次々と参加を決める中——
「せっかくやし、山ちゃんも誘えば?」
先輩に言われて、僕はようやく山田さんのことを思い出した。
ちなみに、あれから別に何かあった、というワケでもない。せいぜい前よりも来る頻度が多少増え、みんなの前で笑う回数が増えたぐらい。
副部長なので一応メッセージアプリの連絡先は持っていたが、特に用もないので彼女とチャットすることもなかった。
「こういうの、来るかなぁ……」
自分でも疑問には思ったが、一応鉄道研究会のグループチャットで山田さんを含め全員に聞いてみた。
その他の部員たちからはだいたい五分から十分ぐらいでグルチャ内で返事が来たが、山田さんからのメッセージはなかった。
やっぱり来るワケないか。
諦めかけたその時。
「私も行ってもいいですか?」
帰る間際に山田さんから
●
都外の海沿いにあるカナさんの家の近くでは、ちょうど七月末に花火大会が開催されるようだった。
バーベキュー当日、ライアンくんの運転するレンタカーに乗って浜辺に移動し、昼間のうちはみんなで砂浜で水遊びした。その後カナさんの自宅に移動し、庭でスイカ割りをしたり、バーベキューを楽しんだ。
この夏にやりたいことを全部達成できた
「そんでなー、ライアンが反対車線に突っ込みそうになってなー、まあアメリカ人やからしゃーないんやけど」
庭先でジンジャーエールを飲みながらライアンくんを小突く先輩。彼は照れ臭そうに笑った。
「ソーリー、まだちょっと左側運転に慣れてなくて」
「さっきも助手席の方から乗り込もうとしてたな」
彼が
すると、軍手をしてスペアリブを焼いていた鈴木部長も笑った。
「あの時はライアンくんにつられて山田さんまで運転席に乗り込もうとしてたしな。あれは笑ったわ」
これにはみんな大爆笑だったが、ここでふと僕はあることを思った。
「今思ったんですけど、山田さんって、ひょっとして外国人なんじゃないですか? そうでなくても、ハーフとか、帰国子女とか」
確か、日本以外のアジア諸国ではアメリカと同じで右側運転の国も多かったはずだ。
しかし。
「それはないと思うで。さっきアジア系カナダ人のケヴィンのところに連れてったけど、恥ずかしそうにウチの後ろに隠れて何も言わんかったし」
自称・日英中韓全部話せる
山田さんはといえば、庭の芝生で目隠しをしてスイカを叩こうとしているが、うまくいかないようだった。
「あいっ」
自分の足を叩いてしまった彼女を見て、他のゲストたちが歓声を上げていた。
僕はそんな彼女たちを遠巻きに眺めるだけだった。
山田さんと、もっと話してみたい。
先ほど車でこちらに来るときも、真ん中の席に並んで座っていた僕と山田さんの間に会話はなかった。
気まずさをごまかすようにしきりにスマホを確認するフリをしていたが、僕の熱い視線が彼女に向けられていたことは、おそらく本人も気づいていたことだろう。
そんなことを考えていると——
「みんなー、今日は来てくれてありがとーう! カナは今、とーっても楽しいルン!」
およそ五十代とは思えない喋り方で出迎えてくれたカナさんは、満面の笑みで焼きたてのケーキやクッキーを差し出した。
「今日はみんなのために真心込めてお菓子作ったから、たーっくさん食べていってね! おいしくなーれ!」
カナさんは指でハートマークを作ると、手作りのお菓子に魔法の呪文をかけた。
ちなみに彼女の家の液晶テレビでは、「カナ★バナナ」の人型アバターの3Dモデルが音楽に合わせて踊っている様子が大音量でエンドレスループされていた。
「お母さん! いい加減恥ずかしいからやめてよ!」
背後から息子さんの哀願する声が聞こえるが、カナさんはまだ現役ピチピチのようで、当面魔法少女を引退する気はなさそうだ。
夜になって花火大会が始まると、パーティの参加者たちは街の方へと繰り出していった。
縁日に行くのに、女の子たちの中には浴衣に着替えている人もいた。そしてこんなパーティにもスーツケースを持ってくるほど準備のいい(?)山田さんは、紺色の作務衣のような独特な出で立ちでみんなの前に再び姿を表した。
「この着物、帯なしでどうやってまとめてあるんだ?」
「あー、上下セパレートになってるんだ。珍しいね」
男子部員たちが物珍しそうにジロジロを見ると、山田さんは恥ずかしそうにした。
するとそこに花柄の浴衣姿に着替えた
「ちょっと男子! いやらしい目で見ないの!」
先輩が怖い顔でたしなめると、男子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「これ、沖縄のやつやろ? 可愛いよな」
先輩が山田さんをフォローするも、彼女は「オキナワ?」と言って首を傾げるだけだった。
先輩は僕たちの目の前で見せつけるようにライアンくんと腕組すると、
「さて、と。ウチ、ライアンと鈴木くんと一緒に出かけるから、こっからは別行動な。あとは君ら二人で楽しみ。ほな」
突然の別行動宣言に、僕も山田さんも言葉を失った。
「え?」
「あ?」
訳が分からず茫然自失する僕は、チャンスやで、と先輩に小声で促された。
カナさんの家の近くの神社では、花火大会に合わせて小さなお祭りが開催されていた。参道の両脇には屋台が並び、たくさんの親子連れやカップルで賑わっていた。
僕は縁日で買った狐のお面をかぶり、山田さんの分も合わせて二本のラムネを両手に持って歩いていた。
こうしていると、ちょっとデートしてるみたいだ——なんて思ったりもしたが、山田さんは相も変わらずやっせ、と言いながらスーツケースを引いて歩いていた。彼女と出会って三ヶ月目にしてようやくなぜなのか尋ねたところ、「不安だから」という理由らしい。なんじゃそりゃ。
それでもなぜか、夏祭りの空気に当てられたのか、単に女子と二人きりという状況に呑まれたのか、あのシックな紺色の着物がひどく魅力的に思えて、僕はついこんなことを言ってしまった。
「その着物、似合ってるね」
一応褒めてはみたものの、女の子を褒めるなんて恥ずかしくなってきて顔が
しかし幸い、彼女は僕の方ではなく、星光る夏の夜空を見上げて遠い目をしていた。
「……自分で作ったの。なかったから」
何か思い入れがあるのだろうか。
「そういえば、山田さんって神社とか来たことある?」
「……たぶん?」
なんで疑問形なんだろう。
「こういうお祭りで金魚すくいとかやったことは?」
「なかった。さっきが初めて」
「そんな……、人生の半分ぐらい損してるよ」
彼女がどういうふうに育ったのかも知らずにあんなことを言ってしまって、あとで考えると僕はひどく傲慢だったようにも思う。
それでも山田さんはただ可笑しそうに笑って、
「楽しいことは、他にもたくさんあるよ。中村くんと部長さんがじゃれてるのとか」
「ケンカしてるだけだけどね」
彼女のこの笑顔を見るのは、素直に嬉しかった。
「ここに来てよかった」
山田さんは突然、こんなことを言い出した。
「私ね、ずっと友達がいなかったの」
彼女は珍しく語った。
「こうやってただ、みんながまっさ楽しそうにじゃれるのを見てるだけでも楽しくて……。自分はそこには参加できんけど」
感情が入ったせいか、彼女の言葉には時折方言のような単語が混じっていた。
「なんで? 友達になってもいいですか、って言ってくれたじゃん」
すると彼女は僅かに顔をしかめた。
「……」
彼女はいつものようにまた黙ってしまった。
言ってはいけないことだっただろうか。
「……たんま、私はここに属してないから」
彼女はそれだけボソッと言って、寂しげに俯いた。
彼女は僕の手からラムネを受け取ると、目をつぶって一口だけ飲んだ。
「ラムネを飲んだり、
僕はこの時の彼女の表情の機微を忘れない。
「忘れたくない——、忘れたぁなせ」
地元の言葉を話し出した彼女はよどみなく、堰を切ったかのように感情が溢れ出していた。
「
それはまるで奇妙な方言だった。関西でも東北でも九州でもない、とにかく今まで聞いたことのない方言であることは確かだった。
彼女は、あいあい、かなわん、と小さく独り言ちて、深くため息をついた。
「そういえば結局、山田さんって何県の出身なの?」
僕はもう一つ、今までずっと聞きたかったことを尋ねた。
「
ドーン、という遠くで打ち上がった花火の音のせいで、肝心の答えの部分が聞こえなかった。
「え? なんて?」
しかし、何かをためらって、彼女はそれ以上何も言わなかった。
「……」
どこかの地方出身でも、外国人でも、幽霊でもないとしたら、山田さんは一体何者なのだろう。
彼女とのやりとりの節々で感じる違和感。
聞いたことのない方言。
冴えない思考を必死に巡らせた結果、僕の頭にある一つの現実離れした考えが思い浮かんだ。
「ひょっとして……、山田さんって、この世界の人じゃないの?」
僕はどこかで彼女が笑って否定してくれることを望んでいた。
しかし、それを聞いた彼女は否定も肯定もしなかった。
まさか……、そんなことって。
そのあまりにも馬鹿げた仮説は、彼女の一連の奇妙な行動を説明できるようにも思えた。
「最初は狐に騙されたのかとか思っちゃったりもしたけど、流石にそれはないよなぁ、って自分でも冷静になっちゃって……」
ハハ、と一人笑いしたが、彼女は真剣な表情を崩さなかった。
「待って」
しーっ、と口の前で人差し指を立てた。
「黒い傘の人が来る」
この時はまだ、彼女の言っている意味がよく分からなかった。
あの後、山田さんを見送ってから、僕は一旦カナさんの家に引き返すことにした。
途中、たまたま通りかかった夜のコンビニの前の駐車場にポツリ、と誰かの人影が立っているのが見えた。
あの浴衣は
先輩は誰かと電話しているようで、時々何語かよく分からない言語を話していた。
「こちらヒラン。転移者の存在を確認してから一年が経ちましたが、これまでのところこちらの世界への影響は微小ですし、現時点では——。——?」
夜だというのに、先輩はいつもの黒い日傘を片手に握りしめていた。
「——、——。……『これ以上好きにさせるわけにもいかない』って。一度、
いずれにせよ、何かが起こったらいつでも対応できるよう常に近くにおりますので——」
「……先輩、誰と話してるんですか?」
先輩は僕の方を振り向いた瞬間にゲッ、という表情をした。
「……しもた」
黒い傘の人、見つけた。
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