1-2
放課後の部室にて、いつものメンバーでだべっていたとき——
「あんな部長の趣味でしかない謎イベントに役員は全員強制参加なんて、ホントカンベンしてほしいよ」
例の架鉄学会について文句を垂れつつ、僕は手元のスマホで「パラノーマル映像チャンネル」の最新動画「東京スカイツリーの屋上で発見された飛び降り死体:彼は一体どこから落ちてきたのか?」をぼんやり眺めていた。
「まーまー、そう言わずに。ウチは結構楽しみにしてるで」
今回のイベント、
「部長、いつも一人で盛り上がって突っ走るからなぁ……。先輩もなんとか言ってくださいよ?」
僕が話しかけるも、
某ローカル線を背後に黒い日傘を持って微笑む彼女は、今日もバッチリ決まっていた。
ダメだこりゃ、と僕は盛大にため息をついた。
「大体、合宿でユニバ……、すみません、ユニバに行きたいなんて、また青春18きっぷで行くんですよね? 今度は大阪じゃ、たぶん現地で遊ぶ時間ないっすよ」
年二回ある合宿(という名の旅行)のうち、去年の冬は名古屋に行ったのだが、これが大変だった。
「前回なんて帰りは十時間以上かかりましたからね? 東京・名古屋間を行きは東海道線、帰りは中央線で乗り比べするとか……」
するとすかさずガチ勢たちが言い返してきた。
「鉄道研究会なのに電車に乗るのが嫌いだと? 貴様、鉄ヲタの風上にも置けないな」
「そうだそうだ! 副部長のくせに!」
彼らは駅名しりとりをしながら紀伊半島を一周したらしい。
「いや、僕は単に旅行は旅行、電車に乗るのは電車に乗るので楽しみたいだけだよ! 目的地での滞在時間が一時間とかじゃ本末転倒だろ?」
僕たちがしょうもないことで言い争っていると、先輩が不意にこんなことを呟いた。
「にしても例の学会、なんで山ちゃんも行くなんて言うたんやろ?」
あの日、珍しく部会に参加した山田さんは、話の流れとはいえなんと架空鉄道学会に参加することになったのだった。
「確かに」
「謎だな」
これについてはその場にいた全員が一様に不思議がった。
●
謎多き山田さんの正体について、幽霊説以外にも東北か九州の田舎出身説、飛び級で大学に入った天才児説、虎視眈々と地球侵略を狙う宇宙人のスパイ説などなどありとあらゆる説があった。
そして彼女に関する謎がさらに深まったのは、架空鉄道学会の日だった。
六月、学会当日——
新宿から小田急線に乗り換えて学会の会場へ向かう途中、僕たちは電車内で適当に世間話をして暇つぶしをしていた。
誰かがとある食べ物の呼び方について尋ねたせいで、部員たちの間で議論が甲論乙駁していた。
「あれは『大判焼き』だろ?」
「え、『回転焼き』でしょ?」
「あれは『
「もう、ここは間をとって『ベイクドモチョチョ』ということで……」
うちは首都圏の大学で全国各地から人が来るので、みんな出身はバラバラだった。
そのため、一度方言論争が勃発するとこのように収拾がつかない。
皆が盛り上がる中、僕はただ話の流れで山田さんにも話を振った。
「山田さんはなんて言うの?」
彼女は話を聞いていなかったようで、急に話しかけられてびっくりした様子だった。
「何?」
僕はスマホで今川焼きの写真を見せた。
「今みんなで、この食べ物をなんて呼ぶか、って話ししてたんだけど……」
すると、彼女は不審げにその写真を一瞥して、
「……小豆、焼き?」
自信なさげに答える山田さん。
「小豆焼き?」
聞いたこともない言い方に、皆異口同音にその言葉を繰り返した。
日本も広いし、そんな風に言う地域もあるのだろうか。
「『車輪焼き』とか? 車輪みたいだし」
山田さんはさらにその場で思いついたようなことを言った。
ここで
「前から気になってたんやけど、山ちゃんてどこの人なん? ユニバもディズニーも知らんて聞いてんけど」
ニヤリ、と笑う先輩に山田さんは顔を強張らせて沈黙した。
「……」
困った様子の山田さんを見て、先輩は不安げに僕に耳打ちした。
「……やっぱ、ホンマに宇宙人なんかな?」
「先輩、その言い方は……」
僕は強制的に話題を変えることにした。
「ところで、あの古い自転車って、結局本当に山田さんのなの?」
所有者不明のため冗談半分に「山田号」と呼ばれていた自転車があったのだが、部の共有財産ということで部員たちが学内での移動に使っていた。
「……ジテンシャ? 何、それ?」
山田さんはただキョトンとした表情でそう言った。
「やっぱり違ったかぁ」
名前シールが半分以上剥がれてしまって「山」という部分しか残っていないあのボロボロの自転車は、山田さんのものというわけではなかったようだ。
第一回「架空鉄道学会」は都内の公民館の一室を借りて行われた。あまり期待しないで見に行ったが、個性豊かな面々によるマニアックな発表は見ていて飽きず、三時間はあっという間だった。
四国に幻の「南海道新幹線」を開通させてみたり、
駅構内でよく見かけるLEDの発車案内板や行先表示器を自作してみたり、
はたまた東京の鉄道路線図に匹敵する複雑さの架空の鉄道路線を作ってしまった猛者(うちの部長)がいたり、
中でも一際目を引いたのが、この学会のためにはるばる海外から駆けつけた方のプレゼンだった。
盛大な拍手を受けて登壇したその細身の白人の男の子は、流暢な日本語で説明しだした。
「私の名前はライアン、アメリカ人です。
私の将来の夢はCGデザイナーで、今大学で3Dモデリングなどを勉強しています。
今回は、私が作った架空の県、『
ライアンくんは彼の出身地カリフォルニアと日本を組み合わせた「
彼の話では、アメリカのとあるSFアニメーション映画に登場したサンフランシスコと東京が混ざった街に影響されたとのことらしい。
「アメリカは車社会で、電車はあんまり人気がありません。電車オタクとして、これはつまらないです。だから、
ライアンくんはそう言ってプロジェクタで
彼は発表の最後に、最近巷で流行っているミーム動画についても言及した。
「今回、
あの投稿者不明の動画に映っていた日本のどこかにありそうで実在しない駅、リアルきさらぎ駅こと「
これには会場も湧いた。
「日本に来たことないのに、あの映像だけでこれ全部作っちゃったんですか?」
「はー、こりゃすごいわ」
一同が感心して、架鉄好きは国境を越えるなどと言いながらライアンくんを歓迎する中——
プレゼンに夢中で気づかなかったが、隣に座っていた山田さんの様子が少しおかしかった。
彼女はプレゼンの資料を握りしめたまま、CGで内部まで忠実に再現された
確かにすごいけど、泣くようなことか?
目の前で急に女の子が泣き出すという異常事態にオロオロしているうちに、彼女は無言で席を立った。
僕は「ちょっとトイレ」とだけ言い残して、部屋から出て行く山田さんを急いで追いかけた。
二階の会場から階段を降りたところに休憩コーナーがあって、彼女は自販機の近くにある椅子に一人座っていた。「O.M.G. Boyz」と書かれたクリアファイルを胸に抱えたまま、彼女は涙目のままぼんやりとした様子だった。
本当に一体どうしたんだろう。
僕は初め遠くから彼女の様子を窺っていたが、勇気を振り絞って声をかけることにした。
「……何か悩み事とかあるの?」
おそらく僕の存在には気づいていたと思うが、彼女は僕には視線も合わせずただ口を閉ざしていた。
「……」
この世の終わりみたいな、とてもさみしい目——
山田さんは自分の殻に閉じこもってしまって、何もかもシャットアウトしているように見えた。
やっぱり一人にしておくか。
「……ごめん。無理に話さなくてもいいよ」
僕が踵を返して会場に戻ろうとしたとき、彼女はほとんど聞こえないぐらい小声でポツリと言った。
「……帰りたい」
やはり、こんなイベントに連れてこられて嫌だったのだろうか。
風の噂に聞いた彼女の境遇を思い出し、僕はひとまず今までの非礼を詫びることにした。
僕は小走りに彼女の下へ駆け寄ると、頭を下げた。
「山田さん、誰かから聞いたんだけど、色々大変らしいじゃん。さっきはごめんね、無神経に色々問い詰めちゃって」
興味本位であれこれ聞いてしまったことは悪かったと思っていた。
でも、僕は彼女のことをずっと気にかけてはいた。
学内で見かける山田さんはいつも一人で、無表情だった。みんな彼女が幽霊だとか、宇宙人だとか好き勝手なことばかり想像で言うけど、もっと深刻な理由があったんだとしたら。
「でも、少なくとも僕は山田さんのこと心配してるし、みんなも悪気はないと思う。もし何か辛いことがあるなら、僕たちに相談したらいいよ。部長も、先輩も、鉄道研究会の部員はみんな仲間だからさ」
この時の山田さんはとても意外そうに目を見開いていた。
「仲間……?」
まるでそんな言葉は初めて聞いた——彼女はそんな口ぶりだった。
クサいセリフを言ってしまって、なんだか自分でも照れ臭くなってきた。
「仲間なんて大げさか。友達だよ、友達。まぁ、僕みたいなチー牛と友達になんてなりたくないかもしれないけど……」
僕が苦笑しながら山田さんと話していると——
「なんやなんや、中村くんにもとうとう春がきたんか?」
柱の影に隠れていた他の部員たちが、いつの間にか僕たち二人の会話を盗み聞きしていた。
「『まぁ、僕みたいなチー牛と友達になんてなりたくないかもしれないけど……』、だってよーー!」
僕の喋り方をそっくりに真似て、ダハハ、と爆笑する鈴木部長。
「この野郎、茶化しやがってっ……!」
僕は部長に一発お見舞いしてやろうと歩み寄ったところでクスッ、という笑い声が聞こえた。
山田さんだった。
「……おもしろいね」
おもしろい、か。
思えば、山田さんにはいつも恥ずかしいところを見られてばかりだったが、彼女の次の言葉のおかげでそれでもよかったと思えた。
「友達になってもいいですか……、私なんかが」
あの山田さんが頰を赤らめている。
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