第22話 大人には大人を
……アパートの手前に会長のお父さんが居るかもしれない?
会長から届いたLINEを見ても、僕は一瞬理解が及ばなかった。
でも直後にはハッとして、居ても立っても居られなくなる。
まさか会長の居場所を掴んで連れ戻しに来たのか……?
もしそうなら会長は今どうなってる?
無事なのか?
早く地元駅に着けとヤキモキしながら、僕は電車の中で会長に急いで返信する。
『無事ですか!』
既読、の表記がすぐに発生し、僕はひとまずホッとした。メッセージを普通に見られる環境にある、って解釈していいはずだ。
会長からの返事は1分ほどで返ってきた。
『私なら大丈夫。でもさっきまでインターホンを鳴らされたりノックされたりしてて、部屋の外にお父さんが居る可能性は高いから、帰ってくるときは気を付けて』
『分かりました』
そんな返事を送ったのと同時に、電車が地元駅に到着した。
僕はすかさず降りてアパートまでの道のりを駆けていく。
もし会長のお父さんが今もアパートの前に居るならどうにかしないといけない。
会長を連れ戻そうとしているなら、絶対にそうはさせない。
僕らは僕らで頑張っていこうとしているんだから、水を差さないでくれ。
会長のお父さんに言ってやりたい言葉が脳裏をよぎる中、僕はとにかく帰路を駆け続けていく。
やがて西日が差し込むアパートの正面にたどり着いたとき、そこには見知らぬ土方姿の中年男性が佇んでいるのが分かって、僕はハッとした。
一方で――
「てめえだな? 今、流歌を匿ってやがんのは」
僕の存在に気付いたその中年男性が、そう言って険しい表情を浮かべ始めていた。
そう言ってくるってことは、やっぱりこの人が会長の……。
「……そうです」
それでも、僕はひるまずに真っ向から頷いてやった。
胸中に渦巻く怒りのような感情で自らを奮い立てて対峙する。
「あなたは……会長のお父さんですか?」
「会長? あぁ、流歌は生徒会長だったな。そうだよ、俺が会長の父親だ」
「今更……ノコノコ何しに来たんですか?」
僕は警戒しながら問いかけた。
「……知ってますか? あなたのせいで会長はもの凄く苦しむ羽目になったんですよ? それこそ、自殺を考えるくらいに」
「あぁ知ってるさ。だから居場所をようやく突き止めて謝りに来た。そして連れ戻しに来た。家出ごっこはおしまいだ、ってな」
……家出ごっこ?
家出ごっこって言ったのか?
自らのせいで娘を追い詰めておきながら、その絶望からの逃走を家出ごっこって言い切ったのか?
こいつ……!
「さあ早く娘を出せ。出てこないんだよ。てめえが連れて来い」
「……断る」
「あ?」
「断るって言ったんだっ!」
舐め腐った態度に腹が立ち、僕は気付くと声を荒げていた。
「娘に手を出そうとしたクソ野郎に会長を渡せるはずがないだろ!! 家出の元凶が言うに事欠いて娘の家出をごっこ呼ばわりするとかそれでも親かよ!!」
「黙れよ部外者。こっちの家庭事情に口を挟んでくるんじゃねえよ」
「挟まざるを得ないことをしたのはお前だろ!! なんで開き直ってんだよ!! お前なんか性犯罪者として通報することだって――」
「――それをやれば流歌が犯罪者の娘になるぞ?」
「……っ」
脅すように言われ、僕は勢いが削がれてしまう。
目の前の腐れ外道はニヤリと笑っていた。
「それがどういうことか分からねえとは言わねえだろ? リファレンスチェックってモンがある。主に転職市場で使われる言葉だが、要するに身元照会――進学や就職においてその志望者がどういった人間なのかをチェックするために、学校側や企業側はその志望者の周辺情報について調査を行うことがあるって話だ」
「……」
「さて小僧に質問だ。志望者の身内が犯罪者であると判明した場合、その志望者はどうなると思うよ? その家庭環境がプラスに評価されると思うか? そんなわけがねえよなぁ。確実に進学や就職の場においてその情報は不利に働いちまうわけだ。流歌もそういうリスクがあるって分かってるからこそ、俺をわざわざ通報したりはしてねえんだよ。あいつは利口だからな、将来を見据えてやがんのさ」
「お前……」
「まぁ、今日のところは大人しく退いてやるよ。てめえがやかましく吠えたせいで余計な衆目を集めちまってるからな」
口論に反応してか、近所の人たちが軒先や窓からこちらを眺め始めていた。
会長の父親は気怠そうに身をひるがえしつつ、
「けどな、俺はこうして流歌の居場所を突き止めたんだ。それがどういうことか分かってんだろ? もうてめえの家は安全圏じゃねえってことだ。覚悟しとけよ」
さながら自分が優位であるかのように言い残し、歩き去っていった。
僕は煮えたぎる怒りのやり場に困った。
そんな中――
「――霧島くんっ……」
会長が部屋から飛び出してきたことに気付く。どうやら一部始終を窓から見ていたようだ。
憂いと申し訳なさを携えた眼差しで僕に近付いてくると、会長は目元をぬぐいながら口を開いた。
「ごめんなさい……一緒に対峙するべきだったのに……怖くて見ていることしか……」
「大丈夫です。それより……お父さんは連れ戻しに来たみたいです。しかも完全に開き直ってました」
「ええ……探偵まで雇ってここを突き止めたらしいわ……」
わざわざそこまでして……。
動機はなんだろう……まぁ、恐らくは娘を手元で管理したいってだけだろうな。親として当然の態度ではありつつ、性的虐待野郎がそれを目論むのは気色悪いとしか言えない。
「結局……お父さんがこれまで大人しかったのは、単純に居場所が分からない影響だったということよ……居場所が分かった途端にこれだもの……」
会長は完全に憔悴していた。
「潮時よね……私は家に帰るべきかもしれない……」
「え」
「だって……このままだと霧島くんに迷惑を掛けてしまうわ。私が帰らなければ、お父さんはきっと何かをすると思う。お父さんは土建屋の社長なの……尻尾切りに使える部下を用いて、霧島くんに痛い目を見せようとする可能性だってあるわ。……そんなの耐えられない」
「だ、だとしても、だからって家に帰ればお父さんの思う壺に――」
「それで……良いんだと思う」
その呟きは悲痛だった。
「無駄に逆らっても良いことなんてひとつもないもの……お父さんからの性被害を通報してお父さんを捕まえてもらったところで、さっきお父さんが言っていた通り今後に支障が出るわ……」
「でも……!」
「じゃあたとえば」
会長は呟く。
「たとえば……お父さんを通報して捕まえてもらったあとに、私が引き続き霧島くんのもとで暮らしたとして、特待生での進学を目指せると思う?」
「それは……」
「お父さんが言っていたリファレンスチェックをされれば、家庭事情を考慮して特待生すら弾かれる可能性があるわ……そうなれば、お父さんを頼れない中で大学費用が必要になってくる……」
「……そういう事態に備えてバイトを始めましたけど、それじゃやっぱり足りないですよね……」
「ええ……気休めにしかならないと思っているわ……なら奨学金を、という話になるんでしょうけど、リファレンスチェックが入れば、その奨学金すら貸してもらえるか分からない」
……確かにそうかもしれない。
「だから大人しく帰るべきだって思ったの……霧島くんにはこれ以上迷惑を掛けたくないし……結局私が帰れば丸く収まるわけでね……」
「でもそれじゃあ……何も解決しないですよ……っ。帰った結果としてまたお父さんに襲われたらどうするんですか!!」
「耐えるわ……最初からそうすれば良かったのよ……」
「――良いわけないですよそんなのっ!」
自暴自棄になりかけている会長の両肩を掴んで、僕は言い聞かせるように言葉を吐き出していく。
「そんなの会長が病むだけじゃないですか! 帰るのだけはダメですよ! ここに居てください!」
「でも……ここに残るのは正解なの?」
会長は頬に涙を伝わらせながら尋ねてくる。
僕は逡巡し、迷いながら、
「正解かどうかは……正直分かりません」
と素直に告げた。
「でも……お父さんに屈するのが正解でもないのは確かだって思ってます」
性的虐待の一件を晒して、お父さんを豚箱送りに出来る手札を僕らは持っている。
だけど……それを使えば会長の将来、直近で言えば特待生としての進学に暗雲が立ちこめかねないのでその手札が切れない。
経済力さえあれば『特待生になれなくても普通に進学すればいい』の精神で手札を切れそうだけど、僕らにはそんな経済力がない……。
だから、僕らはむやみに手札を切れない。
それでも、諦めるにはまだ早いはずだ。
「とにかく……会長はまだ帰らないでここに居てください。……明日は会長もバイトですし、ナハラさんに相談してみませんか?」
「……ナハラさんに?」
「困っているときは頼れ、って言ってくれたんです」
会長のお父さんが大人の悪意を振りまいてくるなら、僕ら子供は他の大人を頼るしかない。
子供にはあまりにも力がなさ過ぎる。
子供が社会を優位に渡り歩くには、良い大人が周囲にどれだけ居るかにかかっていると思う。
僕らの場合、目に見えて頼れるのはナハラさんだけだ。僕自身の無力さにやるせなさを覚えつつも、ナハラさんを頼れることそれ自体を力だと思うしかない。
「そうね……自暴自棄にならないで、一旦相談してみましょうか」
こうして僕らは、その方向性でお互いの意向を固めたのである。
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