第20話 業務内容
「いやぁ、にしても本当に凄いよねえ。こんな偶然あるもんなんだ」
事務所の中に案内されると、ローテーブルを挟む形で黒革のソファーがふたつ設置されていた。
その片側に僕と会長は並んで腰を下ろすように促され、ナハラさんも僕らにアイスコーヒーを用意しながら、もう一方のソファーに腰を落ち着け始めている。
「因果、運命ってヤツを信じたくなるよね、陳腐で嫌いなんだけどさ」
ナハラさんはそう言って笑っていた。
ナハラさん――もう1ヶ月以上前の自殺オフ会で、僕ら自殺者をかき集めておきながら、実際は自殺者を社会に戻す救済活動をしていた変な人。でも僕らをサービスエリアから駅まで送り届けてくれた良い人でもある。
そんなナハラさんが、この『クリーナー:サウスフィールド』の代表であるらしい。ナハラさんの言う通り、凄い偶然があったもんだと思う。
「ナハラってさ、漢字で書くと南の原っぱなんだよね。だからこの事務所はサウスフィールドって名前なんだ。くだらないだろう?」
ナハラさんはカラカラと笑い、それから気を取り直したように言葉を続けてくる。
「まぁそれはそうと、君たちが元気そうで良かったよ。オフ会から帰ったあとはきちんと前を向いて日々を過ごせている、という解釈でいいのかな?」
「はい……おかげさまでなんとか」
僕らは自力で自殺を取りやめたわけだけど、それとは別にナハラさんには感謝しているところがある。
あの自殺オフ会があったからこそ、僕と会長は偶然にも鉢合わせることが出来たし、共に前を向くことが出来た。
僕らの頭を冷やしてくれたのはあのオフ会だった。
そういう意味では、ナハラさんのおかげで僕らは元に戻れたのだと思っている。
「あまり俺に感謝を覚えるのはやめておいた方がいいね。というかやめなよ」
けれどナハラさんはそう言ってみせた。
「君らはあくまで自力で救われたんだ。お互いがお互いを諭し合うことでね。それを俺のおかげにするのは絶対に違うと思うよ。俺がやってるあの活動は別に褒められたもんじゃないんだから、俺を神聖視するのはやめときな」
確かに……それはそうなのかもしれない。
「ま、積もる話もいいけれど、とりあえずビジネスの話をしようか。君らは面接に来たんだろう? 霧島呉人くん、鏡山流歌ちゃん」
場の空気を改めるかのように、ナハラさんは楽しそうな表情を浮かべ始める。
「とはいえ、面接なんて別にするまでもない。このまま採用でいいよ2人とも」
「え……」と僕。
「い、いいんですか……?」
と、会長も戸惑いを見せていた。
「いいに決まってるよ。むしろ落とす理由がないんだよね」
ナハラさんはそう言って言葉を続けてくる。
「こんな奇跡的な再会を果たしておきながら君らを落としたらさぁ、人としてつまらんヤツでしょ俺w」
ナハラさん……怪しい見た目とは裏腹にやっぱり良い人だ。
いや、良い人と断言していいのかは分からないけど、粋な性格なのは間違いない。
「でも君ら、本当に働くつもりあるんだろうねえ?」
ナハラさんは確認するように尋ねてくる。
「俺がやってるのはいわゆる『特殊清掃』なんだけどさ」
「……マグロ拾い、とかですか?」
「お、マグロ拾い知ってるんだ」
マグロ拾い……要するに人身事故で砕け散った肉片を回収する仕事だ。
そういう系の裏バイトなのかもしれない、という覚悟はしてきたつもりだ。
「言っとくけど、別にマグロ拾いではないよ。つーかああいうのは基本的に駅員がやっちゃうからさぁ、それ系のバイトって実は存在しないんだよ。都市伝説みたいなもんさ」
「……そうなんですか?」
「うん。俺の仕事はもっと別モンさ。でもマグロ拾いに近いっちゃ近い系統かもね」
「って言うと……?」
「――孤独死の後処理」
ナハラさんは楽しそうに呟いた。
「これからの日本ではイヤでも増える借家や賃貸での孤独死、それを食い扶持にしてるのが俺ってわけさ」
「……なるほど」
「警察が遺体を回収していったあとのウジ虫やシミの処理だったり、あとはまぁ残置物の処理も含めてだけど、これが結構な重労働でね、基本的に誰もやりたがらない最悪な仕事だ。でもだからこそ儲かる」
時給3000円だもんな……そりゃそういう仕事内容に決まってる。
「さて、ここで君らに改めて問うわけだけど――本当にやるかい?」
「やります」
「即答なんだねえ」
僕の返事を聞いてナハラさんは吹き出すようにして笑っていた。
「楽じゃないよ?」
「大丈夫です。お金欲しいですから」
父親を頼らずに大学進学を模索している会長のためだ。
会長は特待生制度での進学を狙っているようだけど、万が一に備えてお金を貯めておく。
僕と会長が今回働こうと思っている目的はそれだ。
「いいねえ。健全なバイタリティを感じるよ。そういうのを支援するのも俺の救済活動の一環だし、時給に関してはもう少し色を付けてあげてもいい」
「ホントですか?」
「もちろんその分、頑張ってもらわないといけないけどね」
「やります。頑張ります」
「よし。なら決まりだね」
「――待ってください」
そのときだった。
「本当に危なくないんですよね?」
待ったを掛けたのは会長である。
「私としては、お金を稼ぐのも大事ですけど、それ以上に大事なのは自分たちの、特に霧島くんの安全が第一のつもりです」
「うん、それで?」
「もし今言った特殊清掃以外にも何か怪しいことをさせよう、と考えているなら、私は諸手を挙げて雇用契約を結ぶわけにはいきません。むしろ考えを改めて、霧島くん共々引き返させていただきたいです」
「いいねえ鏡山ちゃん。多分君ら付き合っているんだろう? なら勇み足のカレシくんに代わって警戒心をマックスに出来る君の在り方は、カノジョとして理想的で素晴らしいモノだ」
好ましそうに笑いながら、ナハラさんはサムズアップしてみせた。
「大丈夫。安心しなよ。この事務所自体はクリーンなもんさ。俺自体はグレーだけどね」
「そ、それは……安心していいんでしょうか……?」
「問題ないさ。信じて欲しいね。君らに怪しいことをさせたりはしない。それこそ救済活動の手伝いとかをやらせるってことはないよ。俺の事情的に、それもぼちぼち潮時だしね」
潮時……?
「ま、とにかく鏡山ちゃん、悪いようにはしないって約束するよ。それでも心配なら、警戒心を持ったまま俺に接すればいい。徒労に終わるだろうけどね」
「……分かりました、信じます」
会長は意を決したように呟いた。
「何かをしでかすつもりなら、オフ会の時点でしていると思いますし……」
「その通り。今の俺は単純に人手が欲しいだけの経営者だよ」
こうして会長もナハラさんに一旦の信用を置いたところで、僕らはアルバイトでの雇用契約を結ぶことになった。
「それで君ら、いつから来られる感じ? 夏休みから?」
「そうです。20日からが夏休みなんですけど」
「なら、あと10日ってところか。ちなみにだけど、雇用期間は8月の上旬までになると思うけど、それでも大丈夫かい?」
「……短期なんですか?」
「そう、ちょっと色々あってね」
「まぁ……、それでも充分稼げますし問題はないかと」
「良かったよ。最期の夏を君たちと過ごせるかどうかで、孤独な俺の満足度は高くも低くもなりそうだからね」
ナハラさんはどこか意味深にそう呟いた。
……さいごの夏?
最後?
最期?
どちらにせよ……このときの僕はまだ、その言葉が意味するところに理解が及ぶわけがなかったんだ。
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