第19話 再会
「ねえ霧島くん、聞いた話だけど……大崎さんが大変なことになっているようね」
「あぁ……はい、らしいですね」
6月下旬。
僕らの高校は期末テストの期間に突入しており、生徒らは軒並み余裕のない状態と化していた。
それは僕と会長も例外ではなくて、この夜は同棲状態の我が家でローテーブル越しに向かい合い、それぞれ勉強を行っている。
そんな中で会長から切り出されたのは、柚季に関する話題だった。
僕の元カノは噂だと、会長の言う通り色々大変なことになっているらしい。
何がどうしてそうなったのかは知らないが、重度の精神疾患を患って寝たきりに近い状態なんだとか。
僕が別れを切り出してからの柚季は、とんでもない急斜面でコケたかのように凄い勢いで転げ落ちていった気がする。
問題を起こしての停学、不登校。
そしてハメ撮りの流出。
そこに何かしらのアクシデントが重なっての、寝たきり状態。
柚季のクラスから柚季の机が撤去された、との話もあるので、恐らく高校は退学することになったようだ。多分もう、関わることはないだろうな。
「……大崎さんのことって、心配だったりする?」
「いや、正直全然ですね……あいつが浮気相手と撮ったハメ撮りのせいで、ちょっと迷惑こうむったわけですから」
流出したハメ撮りは学校全体でオモチャになったわけだが、当然のように「アレってお前が流出させたのか?w」と元カレの僕に風評被害が訪れた。
その風評被害は一応、今はもう無くなっている。コンピューター部に在籍している僕の友達が、男側の声を分析して僕じゃないことを証明してくれたおかげだった。
そんな分析によって細々としか聞こえなかった会話の内容なども暴かれ、柚季の発言や相手の発言内容から、ハメ撮りを流出させたであろうその男は某大学の佐藤乗という男だと判明している。
男側にはモザイクが入っていたけど、一瞬だけモザイクが甘い部分があったから、そこを切り抜いてもらって顔まで判明済みだ。僕があの日、フードコートで見た顔と一緒だった。
僕は当然ながら、その佐藤乗に怒りを覚えていた。リベンジポルノによって僕にまで被害が及んだし、柚季の浮気相手だと分かれば尚のことである。柚季の転落の一端を担ってくれたからといって感謝なんてあろうはずがなかった。
だから僕は佐藤乗がリベンジポルノを実行したそれらの証拠を手土産にして、ヤツの通う大学に先日直談判に行っている。
リベンジポルノで罪を問おうにも、公表罪等は親告罪だから、僕がどう足掻いてもヤツを逮捕に持って行くのは難しい。でも未成年淫行を大学に教えてやれば、大学が私的に佐藤乗への罰を与えてくれるのではないかと期待したわけだ。
そして結論から言えば、佐藤乗は罰された。
昨日大学から「佐藤乗を除籍処分にした」との連絡があったのだ。
佐藤乗は最初、未成年淫行をまったく認めなかったらしいけど、僕が持っていった証拠を見せられていくうちに弱気となって、最終的には認めざるを得なくなったのだとか。
大学は今回の件を警察にも伝えたそうで、佐藤乗はじきに未成年淫行で逮捕される可能性もある、とのことだった。
僕の溜飲がメチャクチャ下がったのは言うまでもないだろう。
「浮気相手の大学って、結構良いところなんだっけ?」
「ですよ。誰もが知る有名大のひとつなので。だからこそ、除籍に至ったのは良い気味でしたね」
逮捕にまで至りそうだって言うなら、人生はもう壊れたも同然だろう。
このままレールを逸脱し続けてくれれば言うことはなかった。
「浮気相手をどうにか罪に問えそうで、浮気した柚季も気付けば寝たきりですから……これで僕はある程度、過去を清算出来たのかなって気がしてます」
もちろんまだ終わりじゃない。
僕にはまだ向き合うべきことがある。
会長の問題についてだ。
「会長は……お父さんとのこと、どうしていこうって考えてますか?」
「私は、そうね……出来ればもう、父とは関わりたくないわ」
「……そりゃそうですよね」
「ええ……大学への進学を考えているけど、そのための費用は自力で用意しようと思っているし」
「大変じゃないですか? 奨学金も地獄だって聞きますし……」
「だから一応、特待生を狙ってみようと思っているの」
特待生。
確かに会長なら現実的に狙うことは可能だろう。
なんと言っても生徒会長なわけで、内申は申し分ない。成績だって、これまでの期末テストがすべて学年1位らしいのだから、文句の付けようがない。
「でも上手く行くとは限らないから、期末が終わったらバイトでも始めて、少しずつ資金を貯めていこうって思っているわ」
「じゃあ僕もバイト始めますよ。会長の資金集め、手伝いたいですから」
1人でちまちまバイトをしても大学の費用はなかなか稼げないだろうけど、僕も稼げば話は変わるだろうし。
「そんなの悪いわ……居候させてもらっているだけで充分なのに、それ以上の恩を霧島くんから受けるわけには……」
「いいんですよ。僕は会長に死んで欲しくないって言ってもらえたあの日から、会長のために生きて出来ることはなんでもやっていこうって決めてますから」
この命は会長に捧げたようなモノだ。
会長を幸せにするために僕は死ぬことをやめて日常に戻ってきた。
会長を幸せに出来ないなら生きている意味がない。
だから僕は会長のために働きたい。
「とにかく、一緒に頑張らせてください」
「ありがとう……霧島くん」
涙ぐんで微笑む会長にティッシュを差し出して、僕は期末テストのための勉強を続けていく。
まずはテストを乗り越えないと話にならない。
バイトを探すのはそれからだ。
※
やがて暦が切り替わって――7月。
テスト期間が終了して一種の解放感に包まれたこの週末、僕と会長は本格的にバイト探しを始めていた。
「ねえ霧島くん、これとか良いんじゃない? 恋人や友達も一緒に大歓迎、だそうよ」
僕の部屋で求人サイトを眺めていると、会長がスマホの画面を見せ付けてきた。
「……清掃業者ですか?」
「ええ。業務内容はもちろん掃除なんだけど、注目すべきは勤務場所と時給よ」
勤務場所は……渋谷か。
最寄り駅から乗り換え無しで行けるのは確かに良い。
そして時給は――、
「さ、3000円……っ?」
「そうなのよ、3000円なの」
破格過ぎやしないか……?
「あ、怪しくないですかさすがに……」
「確かに怪しさはあるけど、見逃すにはもったいないと思うのよね」
会長は割と乗り気っぽい……。
その清掃業者の名前は……『クリーナー:サウスフィールド』。
聞いたこともない業者だ。
……どうなんだろうか。
「面接に行くだけ行ってみて、ヤバそうなら引き返すのはどうかしら?」
「……そうしてみます?」
せっかくの時給3000円バイトだもんな、確かにこのままスルーを決め込むのはもったいない気がする。
そう考えた僕らは結局、求人サイト経由で履歴書を申し込んだ。
すると書類審査だけで弾かれる結果にはならずに済んで、翌週の半ば頃、面接をしてもらえることになった。
※
「……ここですかね?」
「だと思うわ……」
面接当日を迎えた。
僕と会長は学校終わりの放課後に渋谷を訪れ、清掃業者サウスフィールドの事務所前で足を止めている。
賑やかな道玄坂から路地に入って、ちょっと薄暗い裏手の一角。
雰囲気としては結構不気味で、僕らは若干うろたえていた。
「か、会長、ヤの付く職業っぽい人が出てきたら引き返す……でいいですよね?」
「そうね……さすがにそのときは逃げましょう」
命あっての物種だ。
ヤバそうなことには首を突っ込まないようにしておきたい。
「じゃあ面接時間になったから……押すわよ」
会長がそう言ってインターホンを鳴らした。
隣で固唾を呑んでその様子を見守りながら、僕は緊張感に駆られてしまう。
さて、どうなることやら……。
時給3000円の清掃バイトって絶対ヤバいと思うけど、とはいえ1日8時間働けばそれだけで24000円。
夏休みのあいだだけでも普通に働けば最低でも50万は稼げるはずだ。
……逃したくない。
出来れば怪しくない人が出てきてくれ。
真っ当な雇い主であってくれ。
そんな風に願いながら、僕らは内部からの反応を待つ。
すると――、
『今出るよ』
どこか軽やかな返答がインターホンから聞こえてきた。
そして僕はハッとする。
――なんか今の声……どこかで……。
「……ねえ霧島くん、今の声って……」
どうやら会長も既視感じみたモノを感じているようだった。
そうだよな……今の声は、忘れられない声だった。
僕の記憶に深く根付いて、決して消えない思い出のひとつとして記録されている。
だから直後に目の前のドアが開けられて、内側から登場したその人を目の当たりにした瞬間――陳腐だけど運命というモノが本当にあるんだと感じ取ってしまった。
「へえ……こういうこともあるんだなぁ」
僕と同じように感慨を抱いた様子で、その人はニッと痩せこけた頬を綻ばせていた。
日本では物珍しいドレッドヘアを揺らしながら、鋭い眼光で僕らを捉えてくるその青年は何を隠そう――、
「やあ、久しぶりだね2人とも。命ある日々は充実しているかな?」
――自殺オフの主催者、ナハラさんだったんだ。
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