番外編 ある夜の話

 物心ついた時には薄暗い路地の住人だった。


 そこには自分と似たような人が多くいた。同じ境遇だから協力しよう、表面上は浮浪児同士協力して生きているようで、内面は「どうやって自分が食べて生きていくか」が孤児として生きていくうえ誰からも教えられることなくたどり着いた結論だった。他人を蹴落としても生き残る。


 たとえ先の見えない道のりだとしても折れてはいけない。


 ひ弱そうに見えないように大き目なぼろを身に纏い、小奇麗にせず髪も短くしておく。切れにくくなった刃物は丁度いい。髪を切ると自然にボサボサになる。

 女とわからないように顔は特に気をつける。煤や土を付けて不衛生に見せておかないとわが身がどうなるかわからない。女の子を重点的に探す人さらいも多い。それがここで生きていくうえでの知恵だった。


 まだ無知だった頃に一人だけ本当の仲間と言えるような人もいたが、もう遠くに行ってしまったようだ。歳は変わらないくらいだったけど様々な事を学び教えてもらった。最後には自分の身をていして。


 一人だと一日一日がとてつもなく長くそして寒かった。


 寝床は一目がつかなすぎると人さらいに合う。浮浪児同士で寝ていたとしてもいつ裏切りに合うかわからない。これまでいくつか見てきた。だから私……俺は大通りと裏通りのはざまで寝るようにしている。暗闇の住人からはまぶしくて見えないように、光の住人からはそこら辺の物と変わらないように。



 その日もいつもと変わらないように狭間に抱かれて眠ろうとしていた時だった。


「ん~、丁度いいねぇ」


 突然しわがれた声が頭上から聞こえた。


「魔力なし、生き残るための工夫、誰かと一緒に居るわけでもなく自分で考えた可能性あり。地頭が……」


 その声の主は他の人と同様に立ち去るわけでもなく、目の前で立ち止まり独り言ちていた。声質からして恐らく高齢の女性。


「おい、あんた」


 誰かを呼んでいるような声だった。


「そこのうずくまっているあんただよ。顔を上げな」


 まさかこんな浮浪児に話しかけるような変わり者がいるわけもない。


「まったく! 」



 その声の主は私の頭をつかみ強引に顔を上げさせたのだった。


「なにすんだよっっ! 」

「あんたが無視するのがいけないのさ」


 悪びれもなくこの老人はそのまま突拍子のない事を述べた。


「これから質問に答えてくれたら一食ご飯を食べさせてあげよう」

「そんなの信用できるわけないだろ! 」

「別になにか減るわけじゃないし、直ぐ済むからいいじゃやないか。取って食いやしないよ」


 だてに歳食ってないな、あー言えばこういう。それがこの人の第一印象だった。


「あんた名前は」

「……教えない」

「ふむ。まぁいいか。なんでここで寝ようと思った? 」

「……暗いところから明るいところに行くと暗いとこが見えにくくなる。だからここの住人は表に出ない。かといって表の人間がごみと一緒に寝てる人間に話しかけるとは思えない」

「それはあんたが自分で考えたのかい? 」

「わるいかよ」



 ふっとその老婆が笑みをこぼしたように見えた。何やら楽しそうな顔をする老婆が私にはますますわからなかった。


「女の子がそんな言葉遣いするのもかい? 」

「!?」

「野暮ったい男連中とは違うんだ。同性にならわかるさね。ってことは髪はわざと? 」

「きってる……。いつまで続けるんだよ」

「次で最後さ。約束通りまずは食べ物を渡そう」


 そう言って老婆はどこからともなく林檎を取り出した。見たことがないような真っ赤できれいな林檎。私はそれを受け取り、そのまま爪で削り取った破片をそこらへんに投げる。すぐさまそこら辺から鼠が出てきてそれを食べた。


 しばらく様子を見ても鼠が死ぬようなこともなく林檎は安全だと思った。


「あんた、私のところに来ないか? 」

「へっ? 何言ってんだよ」

「創意に富み工夫を凝らす。その歳でそれだけ自分で考えて行動できるんじゃあ出来過ぎだ。そうさねぇ、あんたの考えでいうとあたしを利用したらいいさね」


 老婆は私を指さしながらどこおからか取り出した杖で地面をたたく。


「これは契約だ、あたしはあんたを害さない、この魔法契約は絶対だ」


 光る魔法陣が杖を中心に広がる。光輝く光景に内心きれいだと思ってしまったが、これだけ光っているのにほかの通行人は見向きもしない。


「魔法使い?」

「厳密には違うけど今はそれでいい。どうすんだい?一緒に来るのかい?」


 これは降って降りた好機かもしれない。弱い子供のままだと人すらも探せない。ちゃんと食べて体力をつけなければ大きくもなれない。子供一人で生きていくにはあまりにも世界は残酷なのだから。


……だけど迷う必要もない。


「いく」

「契約成立さね」


 老婆がそうつぶやくと魔法陣から小さな光が飛び出し老婆と少女の額へと消えていく。


「ついてきな、あんたは今日からあたしの弟子だ」

「……ロルカ」

「へぇ、いい名じゃないか。今日からあたしのことは師匠と呼びな」

「わかった」

「まずは言葉遣いからかねぇ」



老婆の背を距離を置きながら追っていくロルカ。二人の関係は今日交わったばかりだった。

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ロルカの魔法緒店 @ru--na

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