第33話 生物の理

 ロルカは枝の様子を観察しながら代わり映えのない日々を過ごしていた。天気のいい日が続き、昼過ぎには暖かい日差しがさす。一時目まぐるしいような日々が続いたがやっと普段の生活に戻れたような気がする。今日はお昼ご飯が済んだタイミングでヘレナが遊びに来ていた。


 この二週間の間数度、宰相の使いがやって来て世界樹の枝らしきものの様子をうかがいに来ていたが、変化が出たらこちらから教えると言って追い返していた。はじめは丁寧にロルカも対応していたが頻回に来られるとさすがに面倒になってくる。しかもあれはもう一個人の所有物なのだから。


「なんか忘れてる気がするんだよねー」

「なにかあったの?」


 植えてから既に二週間経っており、日に日に肌寒さが増していた。庭の方も雪に弱い植物には雪よけを施しており、対策は万全だ。


「なんか忘れてる気がするんだよね、何だったかなー?」

「ロルカが忘れ物なんてめ……ずらしくもないか」

「ちょっとそれ酷くない?」


 ヘレナと店で談笑していると来店を知らせる鐘が鳴りわたる。


「いらっしゃいま……せっ!?」

「店主殿お久しぶりです」

「え、森人? 珍しいー……、いやどっかで見たことあるような」


 犯罪まがいのことをしでかして無償での業務契約を行ったサティスだった。犯罪まがいと言っても損害が出なかっただけで普通に犯罪行為である。それを宰相の介入によりただ働き一か月の刑という落としどころとなった経緯がある。


「サティスさん」

「頼まれたものを採ってきたぞ」


 そういえば話がまとまったとき、早速何かを頼んでいたなと思い出し渡してきたものを受け取る。皮革製の袋に入れられえており中身が見えないが何やら異臭が漂う。


「ねぇねぇ、これなんの臭いなの?」

「さ、さあ? 臭うような物は頼んだ記憶ないけど」


 縛られている紐をほどいていくと匂いが刺激を帯びてくる。素材によっては多少の臭みを帯びているものもあるのでヘレナより耐性があるロルカでも顔を顰めるほどの臭いだった。

 とりあえず覗き込むように中を確認すると萎れた植物のようなものと、糸を引くの肉の塊のような物が見える。


「なんですかこれ!?」


 どう見ても腐っている状態にしか見えないものを渡されロルカは困惑してしまう。


「なんだったかな……頼まれていた楓節の芽と風蛇の皮膚だ」


 秋で山沿いに生える楓節と呼ばれる植物の芽、そして同じような場所に生息している風蛇と呼ばれる魔物。どちらも風属性を宿しており、属性干渉は考慮していたはずだが。


「保存、伝えてなかったかな?それだったら、まぁ私がちゃんと伝えなかったのが悪かった、かな?」


 仮にもランク9の凄腕冒険者がそこら辺を怠るとは思えなかった採取した生の状態で袋に入れたのだろうか? 伝えた気もするが抜けていたのだろうか。


「あ、そういえば袋に入れる際には乾燥させてからと言われていたような気がするぞ」


 ちゃんと注意事項伝えていたわ。片腕を組み眉間をもみほぐしながらどうしようかと考える。とりあえずあの汚物は引き取れないし、腐っている素材は属性値も低下して使い道がない。ギリギリ属性値は宿しているため使えるには使えるが臭うスクロールなど使いたい冒険者は皆無だろう。魔物の中には匂いに敏感なものもいるし、割引しても臭いものは持ちたくないと思う。


「ロルカ?」

「そういえばこういう人だったなと思い出した」


 さして気にしていなさそうなサティスにロルカは呆れと怒りを覚える。


「ヘレナ、あの駄目森人はうちに魔法を放ってきた人だよ」

「あー道理で残念な……」


 人当たりのよいヘレナまでもサティスを見る目が残念な人を見るような目つきへと変わっていく。


「さてサティスさん」

「何かな?」

「どういった経緯で店の手伝いをすることになったか覚えていますか?」

「も、もちろんだとも」


 ロルカの底冷えするような声にサティスは焦りだす。


「わたっ、私が店主の店を吹っ飛ばそうとしたことのば、罰だ」

「そうですよね? だったらお願いしたことはきっちりと完遂してもらわないと、困りますよね?」

「そ、そうであるな」


 この馬鹿そうな森人にはきちんと話しておかないと駄目だと確信する。魔法は平気で放つし人の話も聞いていない。よくこれでランク9の冒険者になれたなと。


「よくランク9の冒険者になれたなと」

「ひどくないか店主殿」


 おっと、口から出てしまったようだと慌てて口を抑える。


「ロルカ、悪そうな顔してるよ」

「ランクを上げるのはどうやって?」

「魔物を沢山倒したら上がっていった」

「あー」


 ロルカは多くの冒険者を知らないが、常連の冒険者からの話はよく聞いていた。採取依頼から始まって魔物とも戦うが、ランクが上がるほど辺境の採取依頼も増えてくると。討伐に赴いて珍しい植物や鉱石の採取は資金稼ぎには効率が良い。だから討伐一辺倒の奴はそこら辺を考えていない馬鹿だと。



「つまり、馬鹿?」

「馬鹿ではない、私は強いからな」

「強くても採取がちゃんとできなければかわりない」


 強さこそ正義と思っているサティスは頭の方がよろしくないのかもしれない。


「宰相からの指示で働くことになった以上はちゃんと、仕事、してもらいます」

「……はい」


 初めは一か月は長いし申し訳ないと感じたが、二週間かけて汚物を届けに来たとあっては話が変わってくる。こき使わないと気が収まらない。そもそもこちらは被害者であり、あちらは加害者。容赦はしなくていいだろう。


「生活できる分のお金はもってる?」

「あ、ある」

「じゃあまたお使いお願いしますね?」

「あ、ああ……」



 今度は採取方法や乾燥方法、保存方法を復唱できるまでみっちりと仕込み丁寧に送り出した。教えている最中に本体サティスも臭いことがわかり、次からはしっかりと風呂に入ってから来るように念押しした。談笑していたヘレナには申し訳ないと帰ってもらい、気が付くと日が暮れていた。


 別れ際に世界樹を一目見たいとサティスは訴えてきたが丁寧にお断りした。聖属性かはたまた父親の魔力によるものか不明だが、植えたことは見ていないがわかったらしい。枝といい森人といい不思議な存在だなと感じる。


「つかれたぁ~」


 汚物が入った袋ごと返却し、丁寧な説明にサティスは最後涙を浮かべていた。よほど感動したに違いない。


「さて、これどうしよう」


 空気の入れ替えを終え、手には変哲もない葉が一枚握られていた。それは世界樹の枝らしきものからようやく生えてきた一枚であり、今朝収穫したものだった。貴重な素材であることは間違いないが、今後の保存方法の模索として吊るして乾燥させようと試みたのだった。空気も乾燥している時期のため乾燥には時間がかからないと思っていたが。


「まさか乾燥しないとは思わなかった」


 収穫して半日以上経過しても収穫したてと変わらない状態を保っていた。葉はみずみずしく葉柄ようへいは弾力がありしなる。


「うん、まぁ枝もそうだったし普通の植物とは違うんだろうね」


 枝も新鮮なままだったから葉の方もと予測は立てていた。普通の植物とのことわりとはきっとずれた存在なのだろうと理解をあきらめる。そういうものはそういうものだと受け入れないと理解できない。世の中にはそういった人知の及ばないものが存在すると師より聞いている。


「反対に都合がいいや。新鮮なままの素材とか最高でしかない」


 基本的に植物系の素材は収穫直後が一番良い状態とされる。乾燥させると長期保存は可能だが、新鮮なものと比べるとやや劣る状態となる。それでも素材として使う分には十分なほどだ。ただ理想を言えばやはり新鮮なものの方がいい。だからロルカは庭で自作している。単純に乾燥させられない植物もあるが。植物が生きている状態で運ぶというのは手間がかかるし労力も大きくなる。何か器に入れて運ぼうにもある程度の土を必要とするし、大概の植物は日光がないと枯れてしまう。


 師が作った鞄のようなものがあればで話は別だが、あんなものが早々あるわけもない。一部伝説級魔道具アーティファクトとして存在しているらしいが国の預かり案件とかで一般人が持っているような代物ではない。なのでこの師からの鞄も秘匿している状態だ。


 葉っぱ一枚収穫できたが、ため宰相には報告していない。木に葉が生えることはいたって普通の事なのだから。


「植物が育つには葉っぱがないと育たない。それまで私の欲求が我慢できるかどうか」


 お預け状態の聖属性スクロールの作製。切りがいいところまでは葉をむしり、実験が終わったらしばらく放置でいいかなと考える。それでも継続的に葉が手に入る可能性が見えただけでもいい状況だ。

 さて、この葉をどうしてやろうかなと指先でもてあそびながら考える。自然と口角が上がり実験ができることへの喜びが沸き起こる。


「よしっ! やるぞ」


 ロルカは気合を入れて作業台へと向き合った。






※あとがき

 毎日更新はここまでとなります。次章再開はしばらくお時間をいただきます。

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