第3話 苦い思い出と

「おはようございまーす」

「あ、おはようございます」


 翌朝、いつものように支度をしているとドアノッカーの音とともに若い男性の声が聞こえる。男はいかにもといった作業服で大きな荷物を抱えていた。ロルカは覗き穴から誰かを確認し、鍵をあける。


「いつもの場所にお願いします」

「はーい」


 男はレンブランド商会の従業員でザイという。肌は日に焼けており、こげ茶の短髪で黒の瞳をした垂れ眼の人だ。背も高く仕事で荷物を運んでいる事から肉付きも良い為モテるらしい。


「置いときました。えーっと金貨八枚と銀貨五枚になります」

「はい。どーぞ」


 いつも配達してくれる人でロルカの顔なじみである。歳も近く親しみやすい人なのだがロルカは苦手だった。


「ロルカちゃん、どーお? こないだの件考えてくれた? 」

「あーっと、いえ。ごめんなさい」

「そっかー、残念。また声掛けるね」


 この男軽いのだ。




 そういった類の事が無縁だったロルカは最初はドキドキしたものだった。あえて女性らしさが出ないような格好を普段しているが、まだ昔ザイをよく知らない時かわいいかわいいと言われたのだ。よかったらデートしたいなど、ストレートな好意に嬉しさを隠せす舞い上がった気分だった。

 心が弾むような気分で店を早く切り上げ、たまにはお出かけ用の服を買ってもいいんじゃないかと思った服屋で衝撃を受けたのだ。


「どれがいいと思う? 」

「これかな?こっちもいいかも・いいなぁ、ザイ君とのデート。私も声掛けてもらいたかったなぁ」

「結構顔良いし、仕事はまじめみたいだしねらい目よね」

「どこで働いてるんだっけ? たまに外で見かけるのよね」

「えーあそこあそこ。レンブランド商店だったかしら」


 そこにはデートの服を買いに同じ目的きた先客が同じデート相手として話に上がっていたのだ。


「でもあの子って軽いって聞くけど、どうなんだろ? 」

「その時は味見だけでいいかも」


 その日、ロルカは頭痛と眩暈を起こしながら店まで戻った。


 高まるはずだった乙女心は今ではどこかへ行ったらしく、今日も仕事を頑張る今のロルカが誕生した。ちなみにその事実が発覚した後ロルカからザイへの対応は一時期無となっていた。




 そういった感じで苦手な男がいなくなり、済々したところにまた別な声がかかる。


「あ、おはようございます。魔法諸店のロルカさんでしょうか? 」

「はい、そうですが」

「お届け物です」


 サインを済ませ受けったものは大きな封筒。


「送り元は……おう、じょう!? 」


 不意に師からの言葉がよみがえる。「権力者と金持ちはめんどくさいからあまり関わらないように」と口酸っぱく言われていたことを。そう思い出すも急に送られてきたものをなかったものにできるはずもなく。


 とりあえずと中身を見ないとと思い封筒を開ける。


『魔法スクロール作製者検定試験の開催』と書かれた紙が入っていた。日程などの詳細も書かれている。


「なに、これ? 」


 そこには今まで生きてきた中で、いや、いままで魔道具などを作り続けて初めて読む内容の物だった。


「開催は王城の歩兵訓練場にて、内容はそれぞれ指定された等級のスクロールを作製すること。なお素材は準備してあるものでも持ち込みでも可。目的は……!? 粗悪なスクロールが流通しており、今一度作製者の力量を図り、一定の腕前に達しない者は作製および販売資格を取り下げるですってぇ! 」


 読んでいくうちに力が入りすぎてしまったようで説明の記載されている紙はくしゃくしゃになっていた。


 それにしても聞いたことがない話だ。いくら客の少ないロルカのお店でも冒険者の出入りがある以上、ある程度の噂話は耳にする機会がある。それに魔法スクロールに関しては一切妥協していない。納品ぎりぎりでバタバタした状態で出来上がったものでも粗悪なものは一度たりして売ったことはない。


「あっちゃー、これってうちのお店を潰して利益を独占したいってこと? グレスダ魔法スクロール屋め」


 以前ほかの同業者から聞いたことがある。あのお店はあまりいい噂を聞かないし、潰れた数件のお店は何かしらの妨害を受けたとかなんとか。

 ロルカが一人でせっせと店を切り盛りしていた数年のあいだ、あちらは図版印刷を開発して儲けたお金でお偉いさん方とのコネをつくっていたのだろう。


「この店は潰させない」


 だけどロルカが思うに、グレスダ屋の人たちとは面識がない。嫌われるようなこともした覚えない。そう考えたところで仕方のない事なのだが、どうやら店があるだけで嫌ってことなのだろう。


「何があってもいいように準備だけはしておかないと」


 幸いなことに試験の日までは十日以上ある。

 販売資格がなくなれば仕事がなくなってしまうし生きていけなくなってしまう。ましてや折角師が教えてくれた技術や残してくれた店が続けられなくなるなんてことは考えられない。


 お店の準備もそこそこに、ロルカはメモを取り遠い場所ジュエルクロイスストリートにある冒険者組合へと向かう。戸締りをして『店主不在、午後から営業します! 』の札も忘れずに掛けていく。


 冒険者組合。魔力を持つ多くの人が憧れる仕事である冒険者の元締めの組織である。冒険者は自由であるが、あまりにも行方不明者が続出したため作られたと言われる組織でもある。今では組織として成熟され様々な商業の根本ともなっているが、昔は大変だったらしいと師より聞いた。

 指定モンスターの討伐などの治安維持や必要素材の採取目的、遠出をする際の護衛など様々であり、討伐を生業にしている冒険者からは指定の部位を買い取ることで卸売りまで行っている。一獲千金を目指すのであれば冒険者! と言われるほどの職となっている。


 そんな冒険者組合にきたロルカの用事は採取依頼である。


 一般人でもお金さえあれば依頼をすることができるのが冒険者組合のいいところだ。ただし依頼内容と金額が釣り合っていないと受ける冒険者は限られてくる。とは言っても基本的に依頼内容を伝えると適正価格を職員が教えてくれるのでそれどおりに支払えば特に問題はない。


「こんにちは、依頼ですか? 」

「こんにちは。そうです」


 屈強な冒険者が多くいる冒険者組合の中で、平均的な体躯の人が使うのが依頼受付のカウンターだ。冒険者が使うのは依頼請負・もしくは報告受付。依頼受付で仕事を依頼し、請負にて冒険者が受注、そして報告にて依頼内容の可否を報告する。


「では依頼内容をお願いします」

「コカトリスの羽を八本と溶岩石の塊を二つ、吹き溜まり草を三つ、雷晶石を七つと上級の魔石を八つです。それぞれ依頼を分けてもまとめてもいいです」

「そうですね、それぞれ分けて出したほうが見つかりやすいと思われます。おおよその依頼料計算しますので少々お待ちください……」



 依頼の品は試験で使用するかもしれない素材である。店にストックとして置いてあるものを省いた上級までの属性スクロールを書くのに必要なものだ。師が残したとっておき《上級以上の物》もまだ多数あるがそれは正直使いたくない。だが、不測の事態なのである程度は見繕っておく必要がある。

 王都周辺で取れる素材ならまだしも、ロルカにとって依頼しようとしている採取の難易度はあまりわからない。どんなところに素材となる生物が存在しているかは頭に入っているが。それくらい冒険者とは畑違いな仕事なんだとロルカは筋骨隆々な人物を見ながら思っていた。


「よろしくお願いします」

「ありがとうございました」


 金額を割り振り、達成日時は今日から六日間。トラブルを防ぐために組合に完全に仲介してもらう予定だ。指名依頼でない場合はこういった対応が一般的だ。誰だって普段荒事をしている人ともめたいなんて人はいないだろうし。


 冒険者は依頼達成のお金と、依頼品の状態の二つで全額かそうでないかが支払われる。逆に依頼した側も組合職員の目があるため依頼品の状態が悪いからお金を減らすといった事ができないようになっている。その分手数料がかかるのが難点だが双方に利点がある。仲介をするにあたり冒険者組合には腕の立つ職員も多く存在するとか。


 依頼無事に出し終え、あとは状態の良い素材が届くのを待つだけ。とりあえず出来ることはやったと安堵する。あとは店に戻り朝の準備の続きをしないとと思いながら店を出ると何やら視線を感じた。


 顔を動かさず目線だけで周囲を見渡すと、こちらを睨めつけるような目線の帽子をかぶった男の姿が目に映った。ロルカは怪訝に思うも特に見覚えのない男であったため、気にした様子も見せずに頭を上げる。眼の前には嫌でも目に入るグレスダ魔法スクロール屋にでかでかと『冒険者組合前スクロール屋はここだけ! 』と看板が掲げられてあり、ロルカ思いっきり顔をしかめた。


 なに勝手にうちの店をないものとして扱ってるんだと憤慨しながら店へと帰宅中、魔法諸店の前に髪の長い女性の姿があった。


「ヘレナ? どうしたの? 」


 明るい茶色の髪を伸ばし、背中あたりで一まとめにしているその女性はロルカの友人であり、ご近所さんのヘレナだった。緑水色の瞳を持ち愛嬌のある顔立ちの彼女は近所のご飯屋で働く看板娘


「あ! ロルカ! お帰り、待ってたの。午前中から出ているのなんて珍しいね」

「あーちょっとね。それよりどうしたの? 」


 ロルカはその件に触れてほしくなさそうに話をずらす。


「うん、それがね。うちの子やっぱ体が弱いらしくてすぐ体調を崩すの。暑かったり寒かったりするとそれですぐにね。それでロルカに魔道具のアイディアを伝えに来たの」



「なるほど、温度管理かぁ子供は体調崩しやすいもんね。うん、面白いかも。ありがとうヘレナ、これお駄賃」

「やった、毎度あり。また何か思いついたら教えるね」


 銅貨五枚。これはロルカがヘレナにお願いしたことだった。結婚して子を産んだヘレナは今は看板娘を降りており、子育て奮闘中である。子育て頑張りたいけどちょっとお小遣いも欲しいよねとこぼしていた時にロルカから提案したのだった。


 今の魔法諸店の利用客は冒険者に傾きすぎている。なので一般家庭でも使えるようなものだったら新しく販路が開けるのではないか。そう考えた時に新しく家庭を築いたヘレナの発言はロルカにとっても渡りに船だった。「不便だと感じたこととかあったら便利だなって思うものがあったら伝えてほしい。面白そうなものにはアイディア料銅貨五枚払うよ」といい、了承を経て商談成立。


 といっても簡単な口約束であるし、ヘレナも数打てば当たるの考えで頻回に言ってくる。これまでに数えるほど出来上がった魔道具も存在するが実用的に使えるかどうかはわからない状態だ。売れたためしもほとんどない。


 少し談笑したのち別れたが、引っ掛かりを覚えた。


「寒暖差が激しい……か」


 時期は夏真っ盛りであった。

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