第2話 いつもの仕事とうっかりと

 この世界の人の多くは魔力を有している。かといって魔力無しが珍しいわけではない。


 ロルカも少なくない魔力無しであるが、魔力がないからと言って差別があるわけでもなく、仕事の幅がせいぜい狭まる程度。師の言うロルカの才能はこの『魔力無し』だった。


「えーっと、漆黒の牙からの脱出は五枚作った。次はブレイバーズの氷上級と雷上級は三枚ずつ……これも終わった。次は……えっ嘘! 犬猫亭の風中級三枚じゃなくて四枚! 一枚足りない! 」


 その魔力無しの作るスクロールは、ダンジョントラップに影響されず使用することが出来る。なので悪質なトラップが多く存在する上位のダンジョン踏破が目標の上位冒険者にとって、なくてはならない保険であった。


「結晶枝は足りてる、翡翠ひすいの羽はあるけど、スウォームの幼虫が足りない! 時間は? まだいけるかもっ! 」


 納品予定の品物の最終確認中ロルカは数の間違いに気づき、急いでスクロール作製に必要な準備を始める。魔力の伝導率は高いが、魔力からの浸透率の低い特性を持つ結晶枝、それと風属性と有しているスウォームの幼虫。


「うっそぉ、こんな時にスウォームの幼虫切らしてるだなんて」


 結晶枝ならまだし、スウォームの幼虫であれば冒険者なり立てでも取れるくらいの生き物である、生息圏はともかくであるが。時間があれば露店で格安の素材を探してもいいが、あいにく納品の時間まであとわずか。


 ロルカは急いで店の戸締りを行い、『店主不在、すぐ戻ります! 』の札をドアノブに掛け走り出す。


 道行くご近所さんとあいさつを立ち止まることなく交わし、慣れたように進む。慌てていたため交差点に差し掛かる時に通行人にぶつかりそうになるも事なきを得る。その衝撃からかどちらに進むか一瞬迷ったロルカであったが、思い出し素材屋の方へ向かう。

 片方の手は大きな帽子が飛ばないように抑え、もう片方の手は幼虫を入れる予定の肩掛けカバンを抑えており、店では掛けるようにしているメガネは置いてきてはいるが大変走りにくそうな格好をしている。 


「はぁはぁ」


『レンブラント商会』


 普段運動どころか滅多に出歩かないロルカにとって、久しぶりとなる全力疾走はなかなか堪えるものがある。息を落ち着かせ乱れた髪や服装を整え店へと入る。


「こんにちはー」

「お、いらっしゃいロルカちゃん。ってことは何か急ぎだね? 届け忘れてたものがあったかな? 」

「はい、いつもお世話になっていますレンブラントさん。いいえ、こちらの注文忘れでしてスウォームの幼虫、もしくは体液だけでもいいのですが、ありますか? 」

「ちょっと待っててね、確認するから」


 このレンブラント商会は元々素材屋をしておりおろしもしていた。スクロール屋の減少により巣材だけではなく幅広く扱うように商会へと変わった経緯がある。所謂いわゆるロルカの店とはビジネスパートナーに当たる関係で、商会となった今も関係性は続いている。


 店主であるレンブラントは恰幅かっぷくの良い体形をしており、頭髪はよくみる焦げ茶色で短くセットされておりちょびひげのおじさんだ。レンブランド商店は規模としてはそこそこで、卸の配達なども行っている。なお配達は別な人が行っており今朝もロルカの注文通り届けてくれていた。悪いのは数の間違いをしたロルカである。


 まだまだ若いロルカはたまにミスをして時折こうやって直接買いに来ること何度かあった。


「ちょうどあったよ。ロルカちゃんはお得意様だからいつもの値段でいいよ」

「ありがとうございます! 助かります!」


 用意していた銀貨八枚をカウンターへ置き、紙に包まれた幼虫を確認していそいそと鞄へ詰め込む。


「本当は世間話でもと言いたいところですが、急いでいるので失礼します! ごめんなさーい」

「あいよ、まいどあり」


 レンブラントが言葉を言い終えたころにはロルカの姿は見えなくなっていた。


 帰りも同様に急ぐが何事もなく店へと帰り着き、札をひっくり返して『営業中』へと一度戻すが、作製の途中で来られたら困るなと思い再度ひっくり返して中に入る。

 乱れた髪や汗をそのまま結晶枝を金槌で砕きすり鉢へ投げ入れる。続いて幼虫をさっと洗い水気をふき取る、必要な大きさにカットして刻みすり鉢へ入れ翡翠ひすいの羽もそのまま投げ入れる。幼虫の大きさは大体成人男性の太ももくらいの大きさであるが、成虫になると成人男性くらいの大きさとなる空を飛ぶモンスターだ。今回は拳くらいの大きさしか使わないため残りはとっておく。


 すり鉢をゴリゴリと材料が混ざるようにすりつぶしていく。素材によっては非常に硬いものがあり、潰し続けて早幾年。足に自信がないロルカも腕の力だけは同年代には負けない、といった変な自信がある。なおすり鉢とすりこぎは師がくれた物であり、何でできているか不明な代物だ。恐ろしく硬く丈夫で耐久性にも優れている。


 結晶枝とスウォームの幼虫と翡翠の羽が混ざり合い、泥状のものが出来上がる。このままだとどろどろしていてインクとして使えるものではないので、『純真なる水』をいれてさらさらの状態にする。


「よし、とはして書くだけ! 」


 今回作製依頼されていたのは風の中級スクロール。中級とついている通り中位のスクロールであり複数の属性値の高い素材が必要となる。属性と親和性の高い素材程質の良いスクロールの素材となる。属性と親和性の高いとは単純に強いモンスターからは強い素材になりやすいということでもある。


 単属性の物は素材が少なくて済むが、複合属性や脱出スクロールなどの特殊なものになると多くの素材が必要となる。素材もだが、上位や特殊なスクロールは素材数もだが書く図も多くなってくる。また、ロルカは魔力がこもったスクロールも作成することが可能だが、魔力持ちが魔力のこもっていないスクロールを作製することは現状不可能とされている。


 濾し終わるときれいな黄緑色の液体と濾し布には粕が残る。この黄緑色の液体がスクロールの大元となるインク。流石に紙に汗がにじむといけないのでここで一旦汗を拭きとり、気持ちを落ち着かせた状態で続きに挑む。


 ストックしてある魔法紙に手慣れたように図を書いていく。魔法紙も専用の物であり、滲まない紙でないと使えない。初級から中級までのスクロールは同じサイズの魔法紙でいいが、上級以上となると大きい魔法紙が必要となる。図を組み合わせたものを陣と呼び、陣を書いていくには決まった法則がある。その法則をおさえていないと魔力が逃げたり留まったりして発動しなくなる。


「よしっ、完成」


 ミスなく何とか風の中級スクロールを作製し終わると、急いでドアを明け『営業中』の札変える。


 なんとかやり終えたと一息つくと同時に入店を知らせる鐘が鳴る。作業兼店番机から覗くように入り口をみると依頼主だった。


「いらっしゃいませ」

「よう、漆黒の牙のイグルだ。頼んだやつできてるかい? 」


 そう言ってやってきたのは短い黒髪に金色の瞳をした体格のいい男だった。


「はいできていますが……」

「あーわりぃわりぃ、ほれ身分証。と控え、な」


 みせられた所属しているチームのエンブレムを確認し、控えも間違いない事を確認してから商品を渡す。スクロールは人を殺める威力を持つため身元がしっかりとしている人にしか販売することができない、それが魔法諸店の決め事。


「では頼まれていた魔力無しの脱出スクロールです。枚数五枚、間違いないですか? 」

「おう、これで間違いないぜ。いつも助かる」


 この魔力無し脱出スクロールは魔法諸店オリジナルの商品である。といっても師のオリジナルでロルカは真似をしているだけなのだが……。単にスクロールといっても人によって各図形は異なっても同様の効果が得らるのがスクロール。だが、このスクロールを作れる人は恐らく自分しかいないだろうとロルカは思っている。


 無属性で多くの素材が必要な物。図形はマネできても素材までは真似できない。素材は門外不出で今はロルカの頭の中にしかない。魔法諸店がつぶれない理由は師の残したこういった財産のお陰だ。


「注意事項聞いていきますか? 」

「いや、いい。接触している人限定で脱出するから必ず固まって使え、だろ? 」

「はい。後は少し魔力を使いますので。いつも御贔屓にありがとうございました」


 その後も二つのチームと無事に取引を終え、この日の納品を終える。今日のように忙しくない時は店内の掃除や商品の品質確認。足りなくなった消耗品の補充や新しい魔道具の開発をして過ごしている。売上的には上位の冒険者が買いに来るくらいのスクロールなので悪くはない。ただ魔道具の開発で大部分浪費はしてしまっている。


 夕方になると曜日によってはレンブランド商会の者が注文書を受け取りに来るので、それを渡しておしまいだ。独り身だし夜まで営業しているが、あまり夜客は来たことがない。夜はすっかりロルカの趣味的な活動時間になりつつある。


「それにしてもこの『設置型魔力あつめる君』はなかなかの出来だったのに、やはり回復量に問題があるのかな。私にはわからないからどうしようもないけど」


 これ以上の改良は無理。作れたとしも金貨何百枚とかになってしまうくらい材料費だけでかかりそうだし、そもそも適した素材があるかどうかも怪しい。


 街灯と同じ光輝石を近づけて明るくなる事を確認し、改めて確かに魔力が放出されていることがわかる。理論的には魔力持ちの人が近くに存在し、魔力の流れを意識することで優先的に魔力を補填できるはずだ。


「何か新しいものを作らないと……、いや、いっそのこと街灯にこの機能を付けてもらえれば魔石の取り換えの必要なくなるのにな。あ、ダメだ。ずっと使うと地中のエレメントが死んじゃうかも」


 この設置型魔力あつめる君は地面に設置して地面と接している時に大地から魔力を吸収して近くに放出するというもの。ずっと同じ箇所に設置しているとその部分だけ大地の魔力がなくなり、住んでいるエレメントが死滅してしまう。そうすると土地が澱む《よど》のだ。澱んでしまうとそれ以降草木が生えてくるまでに膨大な時間がかかってしまうし、エレメントは近づいてきにくくなってしまう。エレメントはそれぞれ属性の素のようなもの。そのエレメントが死滅するということは属性がなくなってしまう事を表しており、多くの人の常識となっている。かつてとある魔法大国が人の住めない土地へと変わり、属性を有する生物が存在しなくなったのは多くの人が知っている事だ。


「さーて、何を作ろうかな」


 ロルカがあーでもないこーでもないと考えているうちに、夜は更けていった。

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