第4話 検定試験開始

 それから何事もなく試験当日となった。


 依頼品はどれも状態がいい物ばかりでもめることなく話は片付いた。

 師から作ってもらい、未だに模倣できない唯一無二の鞄を肩に掛ける。多くの種類の素材を同時に収納してもそれぞれが干渉しないようになっており、見た目以上の容量の鞄である。その上重さを感じないようになっていて他にも機能がついているのだからロルカは度々思うことがある、師はいったい何者だったのだろうと。カバンの表面には何も模様がない事から恐らく内面に刻印が施されていることまでは推測できるが、どうやったらこんな芸当が出来るのか皆目見当つかない。


 同じような図を使うことも多いが、紙に書いたものは陣、物に書いたものを刻印として区別している。刻印をする場合失敗が許されないことが多いのでよほど自身がなければできない。ましてや貴重な素材を使って出来上がった魔道具に刻印が失敗してしまうと取り返しがつかないことになってしまう。


「そう言えば店の柱にもよくわからない刻印が施されているけど未だにわからないんだよね」


 師は謎多き、いや謎だらけの人物だった。だけど人との情を教えてもらい生きる術を教えてくれた大切な人には違いない。


「よし、行こう。行ってきます御師様! 」


 普段通りの格好でお城へと向かう。はたから見るとちんちくりんで子供と見間違われようとも、これも師から頂いた大切な一張羅である。元々浮浪児だったということもあり年齢の割には発達がいないのはそのせいだと思いたい、きっとこれからないすばでぃになる。

 城に近づけば近づくほど冒険者のような荒くれは見えなくなり、代わりに品の良さそうな格好をした人が多くなっていく。そこを歩いていくロルカはさぞ変わり者に見えただろう。ましてやローブを着こんでいる格好なので周囲からの視線は「熱くないのか」との意を含んでいるようだった。


 そんな好奇な目にさらされながらなんとか着いた城門で、受験票と身分証明書を催促される。受験表と身分証明書である商業組合のネームを渡す。この首都で商売をするにはもれなく商業組合に登録する必要がある為、ロルカも類にもれず所有している。それまでは所有者の庇護という形で所有者が身分を保証する代わりに責任を請け負うといった制度がこの国には存在する。冒険者組合でも身分証は発行できるが商売はすることができないなど、身分証に応じて出来ることが異なる。


「よし、案内するのでついてまいれ」


 確認し終わると、いかにもな態度の兵士に案内してもらう。兵士は貴族出身者も多く平民を下に見ている人もいると聞く。この人がそれなのか、元々おこういった態度なのかと考えながら受験を受けるだけだし気にしないでおこうと思考を切り替える。ましてや王城の門を守るんだから偉そうなのは当たり前かと一人納得する。石造りの廊下を通り、なんだか既視感を覚える廊下も通り過ぎ歩兵訓練場へとたどり着いた。


「すごい人の数」


 そこには試験官らしき役人と塀の上にいる観客、そして数人会場の真ん中にいる人が見える。場内に多数ある訓練場は年に数回住民への開放を行っており、囲んでいる塀の上から訓練風景を見ることができる。観客席などがあるわけではないが立って見られる程度の広さはある。


「ちっ」


 初めて見た光景に立ち止まり、周りを見ていると遠くから盛大な舌打ちが聞こえる。

 ロルカは音が聞こえた方を向くといつか見た男性がこちらを睨みつけていた。その男は禿頭であり、腕を組んで厳しい目線をむけている。汗で頭が輝きを放っている。その横にはグレスダ魔法スクロール屋と書かれた札があった。


「なるほど、あれが本人というわけか」


 隠そうともしない敵意にロルカは内心呆れ果て、気にせず周りを見渡すと魔法諸店と書かれた札が置いてあるテーブルがあったのでそちらの方へ向かう。いい歳した大人があのような態度で恥ずかしくないのだろうかと疑問がよぎる。

 恐らくあの男こそがグレスダなのだろうが本当に見覚えがないし、面識はやはりない。あちらはどこで自分を知ったのだろうか。首を捻りつ札のおいてある席へ座る。


 腰かけて自分のテーブルを見渡すと一通りの作製器具はそろっていた。包丁からまな板、濾し布などは替えもあるくらい用意周到に準備されている。


 ロルカから見てテーブルの前方へは進行役などの席が設けてあり、後方には様々な素材が積み上げられていた。ちゃんと属性ごとに区切られており、わかる人間が準備したんだと感心する。

 ロルカのすぐ後ろにテーブルはないがグレスダ魔法スクロール屋はテーブルが五つ並べられていた。どうやらあちらの店は五人が今日の試験を受けることになっているのだろうと推察する。そして魔法諸店とグレスダ魔法スクロール店の間に一つのテーブルがおいてある。


「うちの店とグレスダ屋以外にも受ける人間がいる?」


 ロルカは空を見上げ、緊張感のかけらもない様子で独り言つ。


「今日は良い天気でよかった」


 訓練場に屋根は存在せず、雨天の場合延期となっていた。晴天の下には数多の観客。一般の人にとっては暑いがさぞ良い娯楽になるだろう。日傘をさしている人も多く見える。

 そういえば数日前にザイが「なんかお城で面白そうな催し物があるんだって」とか言っていたような気がする。これだけの人数がいるということは結構宣伝したのかもしれない。


「静粛に! 参加者が全員そろったため、これより試験を始める。まずは受験者の方々に注意事項を……。次に観客席の方については…」


 横をみるといつの間にか若い男が真ん中の席に腰かけていた。


「これより魔法スクロール作製検定試験を行う」


 正面の席に座っていた男が立ち上がり、大きな声で聞こえるように話していく。


「まずは初級スクロールの製作から行う。順に制作していき制作できる等級がそのまま検定結果となる。なお属性はこちらでその都度指定する。初級迄なら初級スクロール師、中級なら中級スクロール師となる。以降は自主申告にてそれ以上のものを作製してもいい。認定した等級までしか作製販売はできない。違反した場合は多大な罰則を伴う。また希望者がいる場合は一年に一度検定試験を行う。作製出来たら上級以上のスクロールは場合によってそれ相応の値段で国が買い取ることも検討している。グレスダさんのところは同じ店なので会話しないように五人が全員素材を取りに行くのではなく一人一人取りに行くようにすること……」


 なんとも単純な説明であった。とりあえず指定された等級と指定された属性を作っていけばいいのだと。五人ある所は試験中に話さないように一人一人順番に素材を取りに行けとのことだった。


「まぁ私には関係ないか」


 一通り説明が終わるとそれぞれのテーブルの前に試験管らしき人物が立ち、お題が書かれた紙をテーブルの上へと置いていった。


『初級 火』


 初級の図は基本中の基本であり、これができていないと他全て作ることができないほどである。言い換えればスクロールを作れる人ならだれでも出来るというもの。応用もなくどの人が描いても同じ陣ができるくらいに。


「始め! 」


 ロルカは早速後方へと足をむける。火属性で初級ということは火属性を宿している素材であればどんなものでも使えるし、どんな状態が悪いもので初級くらいには出来る。逆に属性が低いもので等級の高い陣を書くと陣が発動しないという現象が起きる。そのためにぎりぎりの素材で適した等級の物を作製することが大切となる。


 サラマンダーの爪、火トカゲの抜け殻、火竜草、火焔茸などざっと見ても火属性の素材は多い。だけど、どこまで見られるか予測がつかない以上、等級以上の素材は極力選ばないようにとロルカは思った。店を経営するうえで原価を抑えることは鉄則だ。


「沙漠サボテンの花」


 砂漠と付いているが砂漠だけに群生しているわけではなく、乾燥した気候を好むサボテンの花。サボテンの大きさに比べ大きすぎる花弁は熱を貯める特徴があり火属性を宿している。そして大きい花弁からは大量の素材もとれるし、乾燥させても問題ない物なので流通しやすく素材としての価値は低い。


「純真な水」


 正確には水属性を宿さない水のようなものであり、この存在が魔法スクロールの要ともいえる存在。どの等級のスクロールを作製するにしても必要となるもので、魔法スクロールの前身ともいえる錬金術の副産物である。当時はどうしよもできないほどのただの水として失敗作と思われていたもの。属性が消滅した水であり、水よりも使えないものという認識だったが、錬金術の触媒から魔法スクロールの素材となることでなくてはならない存在へと成り上がったものだ。ほかの素材に比べるとちょっと割高だが子供の小遣いでも買える程度の物。後から分かった事だが、属性が消滅したのではなく属性を吸着するという性質の水だ。


 それと薄紙を取る。今回はできたものをすぐに使うかもしれない為、乾ききっていないインクを取るために使用する。


 初級といえばこの程度で十分だが、スクロール作製との事なので台紙と心材と貼り付けるのりも取っておく。


「気に食わねぇ」


 素材をもってテーブルへ戻ろうとした時にすれ違いざまにグレスダが話しかけてきた。

 そういえば同じ店へは注意をしていたが、違う店だと決まり事はなかったなと思い出す。


「そうですか」


 ロルカは何も気にせずそのまま素材をもってテーブルへ戻る。状態が綺麗そうに見えるが洗える素材や器具はもう一度洗う。沙漠サボテンの花を適当に刻んですり鉢へ。カバンからそっと砕いていある状態の下級魔石を取り出しそのまますり鉢へ投入する。


 通常は自前の魔力をつかえば魔石は必要ないが、魔力のないロルカにとって一般的な魔法スクロールを作製するのであれば必須となる素材である。これも等級ごとに魔力の濃さが異なるため等級の高いスクロールを制作する場合はそれに伴って良い等級の物を使用しないと陣が発動しない。下級の魔石は浅い層のダンジョンでとれるため駆け出し冒険者でもとれる素材であり価値は低い。


 もう一つカバンから別な物を取り出し加えていく。本来なら必要ない素材ではあるが、どう見られているかわからないため念のために使用する。


 いつものようにすりこぎでゴリゴリと潰していく。


「言葉が先に出るくらいならまだかわいいものだ」


 ロルカは師に拾われる前は浮浪児であった。その日その日の食い扶持や寝床を命がけで探す。手から出るのが当たり前の世界であり、暴力で命の危機を感じたことも幾度となくある。あの程度の難癖なら気にならない程度だ。


 あっという間に混ざり合った素材に純真なる水を入れさらに混ぜていく。全体的に水がなじめば次は濾していく。出来上がった属性を宿した液体をインク入れの中へ注いでいく。


 次の工程は陣の作成へと移る。試験官に見られていることも頭にないくらいに集中していく。まずは大元の属性である火属性の象徴Δを書いていく。次に三つの頂点がそれぞれ接するように円を二重に書いていく。


 次に起動の図である¶を円の間に書いていく。簡略化されているが、何かを手で押すといった図だ。これを別な図と組み合わせることでどうやって発動させるかを指定することができる。動作ではなく指定した言葉での発動も可能。


 起動の図を長方形で囲み、上下に指の図を書き足す。これは四角が魔法紙で、上下で掴むと発動するといった陣になる。これに定着の図を書いて陣は完成し、それに作製者のサインを書いてスクロールとしては完成である。起動すると火でスクロールが燃えて終わるといった実用性皆無なものではあるが。


 なのでこれに定着の図を書く前に書き足すのは放出の図。紙から正面に矢印を書いた図だ。これにより燃え尽きるはずの火か放出される物へと変わり実用的なものになる。矢印の方向へと放出されるので紙から垂直に真っすぐ線を引いていく。


 スクロールに使用する素材には使用する紙や素材などすべての耐久値があり、今回の素材だと数回ほどで回路が焼き付いて使えなくなる。初級くらいは数回使えるが下級からは一回で回路が焼ききれてしまう。陣が複雑になればなるほど壊れやすくなる。いい素材で初級のスクロールを作製すると何回も使用できるものが出来上がる。耐久値や属性値などは眼で見えるものでなく先人の蓄積したものや経験則に基づくので上位になるほど素材の選択肢がバラバラとなる。


 次に書くのは耐熱の図。スクロールは紙なので熱で紙が燃えないようにする必要がある。火の象徴を下がとがるように五角形で囲む。この五角形は身を護る盾をイメージしている。


 最後は定着の図。紙が飛ばないように釘で固定する図である。これ以降に書かれた場合、陣が無効になるといった効果がある。だが全く同一の成分だと書き足せるという穴は存在する。違う作製者が同一のインクを作ることは困難なため書き足しは禁忌のようなもの。外側の円を突き破るように縦に線を入れていく。その突き出た線の先にロルカの印を魔力の含まれていないインクで書いて完成である。


 基本的に円の中心に属性の図、円と円の間にそれぞれの図を書くのが陣を書くうえでの決まり事になる。どうやって魔力が通るかで図をどのように円に近づけるかといった決まりも存在する。

 最後に出来上がった陣に一通り目を通し、間違いがないかを確認してから薄紙をゆっくりと被せ乾ききっていないインク吸収させて終わりとなる。


 あとは台紙に貼り付け、台紙と心材を張り付けて巻けば完成となる。



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