第16話

 ここ最近はずっと仕事にも身が入らなかったけど、柚香の朗読劇を観ただけで、また頑張れている。怜也は僕が落ち込んでいることにすぐ気づいたから、怜也には相談した。「一時の感情だと思うから、いずれ許してもらえると思うよ」と怜也は言ってくれた。でも僕はもう、そっとライブなどに行って、接触しないで応援するか、それも嫌ならもう離れるしかないのかなと、考えていた。離れたところで、僕は果たして頑張れるのか不安だけど……。

 

 帰宅して、ベッドに寝転がって携帯でSNSを見る。柚香は朗読劇のお礼のつぶやきをしていた。それは来た人、皆に向けてのつぶやきであって、僕に対するものではない。どうせ無視されるかもしれないのに、僕はそのつぶやきにリプすることはできなかった。そんな中、通知が何件か来ていることに気づいた。誰かが僕のつぶやきにいいねした通知。その次もいいねの通知。そのまた次もいいねの通知。その次は――引用の通知。『朗読劇来てくれてありがとう。感想も嬉しい』僕は手が止まった。見ている現実をうまく受け入れられない。夢なのかとほっぺたをベタだがつねった。そして現実なのを実感し、思わず涙ぐむ。あれだけリプしても#ゆか活のつぶやきをしても、いいねさえも返してもらえなかったのに……やっと反応してくれた。嬉しくてベッドから起き上がり、ガッツポーズをした。これで許されたと思っていいのかは分からない。でも、確実に一歩前進できたと、後退していた関係が、少し前に進むことがまたできたと感じた。


 今度の柚香のイベントは、柚香が親しくしている役者さんと合同のお客様感謝祭というものだ。内容はお酒を飲みながら、ゲームやクイズをするらしい。僕はそのイベントに参加して、柚香に謝ろうと思っていた。そこに会いに行って、柚香が前のように優しく接してくれるかは分からない。もしかしたら無視をされるかもしれない。柚香はそんな子じゃないと分かっていながらも、そんな思いが巡って怖かった。


 当日、僕はドキドキしながら向かった。なんでいるの? と言われるかもしれない。久しぶりだねと言われるかもしれない。話したくないと言われるかもしれない。話したかったと言われるかもしれない。ネガティブな考えとポジティブな考えが、行ったり来たりする。


「3分間推しと一対一で話せる権利も販売します」

 一通りクイズやゲームが終わった後、物販でそんな声が聞こえてきた。僕は謝るチャンスだと思った。ちょっと勇気がいったけど、僕は思い切ってそれを買った。推しとファンの関係は悲しいけど、お金を払わないと話ができないのだ。でも恋人同士とは違って、お金を払えば険悪な状態でも、話ができるとポジティブに捉えることもできる。買いますと言いお金を払う。パーテーションで仕切られたスペースにソファーとテーブルが置いてある。そこで話ができるようだ。柚香が先に入り、僕も続いて入った。

「久しぶりだね。今日は楽しめた?」柚香は今まで通りの優しい柚香で、胸がきゅっと締め付けられる。

「うん、楽しめたよ。会わないうちに白髪が増えちゃったよ」僕はどのタイミングで謝っていいのかわからず、全然関係のない事を話してしまう。

「え、一緒じゃん。私も染めているから分からないけど、昔っから若白髪で、白髪多いよ。あ、あまり大きい声で言うと、周りに聞こえちゃうね。今のは内緒ね」と、柚香が思いがけず笑ってくれた。それを見て僕は言おうと決心する。

「あのさ、ごめんね……すごく反省している。あんなこと言うべきじゃなかった……柚香に嫌われたと思ってすごく悲しかった。もう2度とあんなことしないから――」僕はそこまで言って、涙が込み上げてきて我慢できなくなって口ごもってしまう。柚香がいいよと言いってくれたのかよく覚えていない。でも、涙ぐむ僕を見て、柚香も泣きそうなのを必死に堪えているのが分かった。僕はそれだけで良かった。その後は何を話したのか覚えていない。3分は過ぎ会話は終わった。


 しっかり許してもらえたのか、感極まりすぎて分からなかったけど、僕は満足していた。もう2度と柚香と会えなくなることも、一時は覚悟していたけど、もう来ないでと言われなかったことが何よりも嬉しい。また会いに行っていいのだと思う。勝手な解釈かもしれない。でも、駄目なら柚香は涙を見せなかっただろう。僕は何度も手繰り寄せても掴めなかった糸を、やっと掴めたような気がしていた。

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