第17話

 柚香は今度から、撮影会スタジオで他のタレントと2人で撮影会をしたり、1人でソロ撮影会をしたりしていくらしい。アイドルはもう卒業してしまったので、マルチタレントとして活動をしていくようだ。朗読劇もやってくれたことだし、舞台もまた出演してくれるかもしれない。今後も、意外と会える場所があるかもしれないことは嬉しかった。今月はソロ撮影会をしますとSNSでつぶやいていた。撮影会の形式は、団体撮影会といって、撮影者が何人も参加できるタイプのもので、囲んで撮るのが団体撮影会は普通らしいが、そこは時間を決めて、1人1人順番に撮っていくらしかった。その枠が3部あり、4部目にファンミーティングなるものがある。ファンミーティングはフリートークを中心に構成する、お茶会的なイベントのようだった。柚香は活動再開し始めで、月のイベントの数が少ない。会える回数が減っているので、僕は1部から4部までいるつもりだった。そうすると、ほぼ半日、柚香と一緒にいることができる。会える日は減ったが、それはそれで嬉しかった。その分お金もかさむが……。


 朝11時から撮影会は始まった。都内の細長いビルの中にあるスタジオで、名物の主宰の大柄なおじさんが運営している。参加者の人数に応じて、2分3回しなど時間と回数が決められて、撮影を回していく。大体1部の中でタレントは2つの衣装に着替えてくれる。スタジオの中に撮影場所が、宣材撮影のように布バックに撮れる所と、ソファーなどが置いてあってハウススタジオ風に撮れる所の2箇所あるので、1部のうち、衣装が変わるごとに撮影場所も変わる感じだ。実は以前、柚香が水着撮影会をやった場所もこのスタジオだった。僕は例の通り行きそこねたのだが……。


 今日は柚香1人の撮影会だから個撮ではないが、思う存分柚香を撮影できる。そして時間も長いので、思う存分話せるだろう。それが一番嬉しい。僕はコミュ障だけど柚香と話すのが本当に好きだった。「似合っているかなー?」と言いながら出てきた、最初の衣装はグレーのワンピース。腰前で大きめのリボン結びがしてある服だった。僕は似合っているよ! と控えめな声で言ったが、他のファンの似合っているー! という大きな声にかき消されてしまう。僕は気を取り直して、撮影の列に並び、ドキドキしながら順番を待った。自分の順番になり柚香に「おはよう。お願いします」と言い柚香も「おはよう! 元気? よろしくお願いします」と言って撮影が始まる。僕はさっき聞こえていないと思って、改めて似合っていると言った。柚香は「本当に!? ありがとう! これ選んで良かった!」とニコニコで返事をしてくれた。僕はすかさずその笑顔を写真に記憶させる。3分はあっという間だ。時間が決められているから、皆一緒のはずだが、他のファンの人より短く感じる。柚香も「早すぎー!」と駄々をこねるように言っていた。その後2、3回これを繰り返して、衣装交換になった。僕は次はなんだろうと、ワクワクしながら柚香が着替えて出てくるのを待った。主宰のおじさんがまだー? と言っても柚香は出てこない。「どれにしようか決められないー」とまだ衣装を迷っているようだ。このスタジオはタレントさんに向けて、沢山の衣装が常備されているらしかった。ようやく「あまり着ない色ー」と言いながら柚香が出てきた。黄色のチアリーダーの衣装だった。以前のひまわりの浴衣のように、黄色がよく似合っている。「めっちゃ似合っているー!」と僕はさっきより頑張って大きな声で言った。柚香は今度は気づいてくれて、ありがとうと慣れないウインクをしてくれた。柚香はさっき髪を下ろしていたが、今度は元気なチアリーダーに合わせて頭の天辺で小さく結んでいて、それもすごく可愛かった。元気に柚香お得意のジャンプをしてくれたり、柔軟なところを発揮して開脚をしてくれたりした。僕はチアリーダー最高です。と柚香に気づかれないように心の中で神様に感謝した。が、撮影の後半、急にカメラの調子がおかしくなり、ピントが合わなくなった。僕は明らかに機嫌が悪くなってしまい、柚香もそれに気づいて、心配そうな顔をしている。機嫌が悪くなったからといって、僕は声を荒らげたり、怒ったりはしないが、残念な気持ちが顔に出てしまう。そのままカメラの調子がおかしいまま1部は終了した。


 2部前に昼食休憩になり、参加者は各々、外で食事を摂る。僕はその時間にカメラを直そうと思ってカメラを持ったまま昼食を食べに行った。

 昼食を終えスタジオに戻ってくると、2部は天気がいいので、外に撮りに行こうということになった。柚香は私服に着替えるみたいだ。今度は私服だから、準備してきたものを選ぶだけのはずなのに、柚香はやっぱり着替えて出てくるまで時間がかかった。アクセサリーや髪型まで変えているので、僕はそういうところが好きだなと思いながら待つ。着替えて出てきた柚香は、白いレースのスカートに黒いニットのトップスを着ていた。いつもよりちょっと大人っぽい。髪型もいつも通りに戻し、アクセサリーはパールのもので統一していた。バッグにサングラスを付けている。いつものイメージと違って新鮮だった。「じゃあ、行こう!」と柚香が言い、僕らはズラズラ並んで階段を降り、外に出た。外は気持ちよく晴れていて、空は雲一つなかった。

「髪留め新しいの?」

「そう! この前、買ったばかりなの!」

「似合っているよ」

「わーい! ありがとう」

 僕らはそんなやり取りをしながら、撮影に向いている場所を探して移動した。柚香は足取りが軽やかだ。終始ご機嫌でニコニコしている。歩いていると、撮影にいい感じに向いていそうな橋が見えてきた。主宰のおじさんは「ここで撮りましょう」と橋の欄干らんかんの手前に柚香を立たせる。柚香は「この辺? この辺?」と立つ場所をおじさんに確認している。立ち位置が決まり、撮影が始まる。外撮影は囲みで、皆一斉にシャッターを切る。柚香は順番に目線を送っていた。僕の方を向いてニコッとしてくれる。僕はその笑顔をすかさずカメラに収める。

「カメラ直った?」

「うん。なんとか」

「よかったー。春人くん元気なくなっちゃったから心配した。本当、そういうところ似ているんだよなー」

 そう言って柚香はもう一度、満面の笑みを見せてくれた。

 何枚か撮って今度は川の横の遊歩道に移動した。柚香は川の手前の柵の前に立つ。そこでまたシャッターを切った。柚香は撮られながら「ここは何川なんだろう?」と言ったのだが、皆、一斉に笑い出した。柚香のすぐ右隣の柵に『すみだがわ』と案内板が付いていたからだ。柚香はキョトンとしていたので、僕はすかさず「そこの書いてあるよ!」と柚香に言った。柚香はそれに気づいて、顔を真赤にして恥ずかしがった。自分の携帯で、その案内板を撮って、撮った画面を皆に向けて、悔しそうな顔をしている。そんな柚香も可愛いと思えた。その後も何箇所かに移動して、その都度、写真を撮りスタジオに戻ってきた。


 3部は普段着ない感じの服を買ってきたと柚香は言い「ちょっと恥ずかしいけど」と言いながら着替えに更衣室に入っていく。「外じゃ絶対、着られない!」と言いながら柚香は着替えている。どんな服なのだと僕は期待して待った。着替えて出てきた柚香は、真っ黒な体のラインが強調されたタイトワンピースを着ていた。胸も強調されていて、確かにこんな柚香は見たことがない。皆、思わず「おー」と歓声を上げたほどだった。僕は「カメラが直って本当に良かった」と言いながらシャッターを切った。柚香はそれを聞きながら笑っていた。こんな柚香が撮れるとは思っていなかった。僕はこの時間を噛み締めながら、一枚一枚、大切にシャッターを切っていった。僕がとても喜んでいたので、柚香もとっても嬉しそうだった。「着てよかったー」と柚香は満足そうに微笑んだ。3部の後半はアリスの衣装だった。これはこれですごくいい。柚香の担当カラーでもあった水色がすごく似合っている。普段、柚香はコスプレをしない。ここのスタジオでしか見られない柚香は特別だ。柚香が、このスタジオを選んでくれたことを嬉しく思った。僕はまた大事に、大事に写真を撮った。


4部はファンミーティング。柚香の好きなファストフードを買ってきて皆で食べながら、テーブルを囲み、話をする。そこで柚香が衝撃の告白をするとは思ってもいなかった――。

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