第14話

 柚香を推してから、4年経っていた。世間はコロナが充満し、柚香達も先日のライブで感染してしまったようだ。症状によっては悪化するというニュースも流れ、僕は気が気でなかった。心配でもアイドルとファンの関係では、何もしてあげることができないのが歯がゆかった。どうにか無事でいてほしいと祈ることくらいしかできない。何かできないかと、考えに考えて、他のファンとも相談して、健康祈願の有名な神社にお参りに行くことになった。ケンさんという柚香のユニットの愛菜という子のファンの人が、車を出してくれると言うので2人で早速、明日行く。ケンさんは僕より年上で、すこしジェンダーレスなおじさんだった。愛菜は柚香より更に背がちっちゃくて不思議ちゃんで、ユニットの中で最年少の子だ。僕は不安を抱えながら、仕事をし、帰宅すると明日のために、すぐにベッドに入ったが、中々、眠れなかった。

 ケンさんは黄色いスポーツカーでわざわざ僕の家の前まで、迎えに来てくれた。僕は助手席に乗り込み、お礼を言って出発した。

「心配だから、着いたらお守りでも買おう」

「そうですね。そのくらいしか僕達ができることはないですもんね」

「ファンは家族でも友達でもないから、応援することしかできないからな。応援を祈りに変えて、ただひたすら祈ろうよ」

「そうですね。祈り続けましょう」

 町中を抜け、山道に入っていく。かなりの急な坂道だ。蛇のように道がぐねぐね曲がっている。身体が遠心力で振り回されてるように左右に引っ張られる。別に運転が荒いわけではないが、僕はそのうち酔ってしまった。吐くまではいかないが、気持ち悪い。

「ちょっと、酔ってしまったみたいです」

「じゃあ、山道抜けたら、ドラッグストア探そう」

「お願いします」

 ドラッグストアに着くと、水のいらない酔い止め薬を買った。のどかな町だった。畑も多く建物も少ない。ケンさんに聞くと、目的の神社まではもう少しあるようだった。酔い止め薬を早速飲み、この先のドライブに備える。黄色いスポーツカーに乗り込み、目的の神社に向けて出発した。

 気持ち悪かったのが、だいぶ落ち着き、ドライブも快適に感じるようになってきた。スポーツカーが切り裂く風が心地よい。「もうそろそろかな」とケンさんが、前を向いたまま言う。人家を越えた先に、神社の鳥居が見えてきた。車を隣の駐車場に停めて、ケンさんと2人で神社の鳥居くぐった。結構広い境内のある神社だった。朱色の本殿が大きくそびえている。参拝して柚香が早く良くなりますようにと願った。隣のケンさんも愛菜が良くなりますようにと願っていることだろう。売店に行き、青色の健康御守と書いてある、お守りを見つけそれを買う。ケンさんも別の色の、お守りを買っていた。


 年末にSNSで、3人が良くなった旨が報告されていて、胸をなでおろした。柚香にもしものことがあったら、どうしようと、ここ最近ずっと思っていたが、その心配もしなくてすみそうだ。神様ありがとうと心の中で何度も感謝した。SNSは年始にオンラインオフ会もやることも告げていた。


 画面越しに巫女姿の柚香が映し出される。久しぶりに顔が見れらて僕は思わず泣きそうになる。僕はついコロナのことを聞こうとしてしまったが「そのことは聞かないで」と遮られ、触れるのはよそうと決めた。巫女姿の柚香は本当に可愛かった。よく似合っている。思っていたより元気そうで本当に安心した。一対一で話せるこの貴重な時間が、ずっと続けばいいのにと思いながら、楽しそうに話す柚香の言葉を噛み締めながら聞いていた。本当に良かった。本当に良かった。僕は何度でも思う。柚香がいなくなったら、大げさかもしれないが、今の僕は生きていけない。そのくらい柚香という存在が、僕の中で大きくなっていた。画面の中で柚香が手を振っていた。あっ、もう終わりの時間なんだなと我に返る。「今日もありがとう」と柚香が言っている。僕もありがとうと返す。画面が暗くなり静寂が部屋を包んだ。


 僕はまだこのとき、柚香が、くだしていた決断を知らない。

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