第9話

 僕はまだCD20枚購入特典のオフ会を諦めていなかった。むしろほぼ参加するつもりだ。山形旅行から帰ってきて、怜也とは今まで以上に分かり合えた気がする。メンテナンス休館日も明けて、僕は今まで通りの忙しい日々に追われていた。次のライブで、CDを買ってオフ会の参加権を得ようと考えている。それまでまた頑張ろうと心に決めた。


 ライブの日、今日は屋外ライブだった。基本ライブスタジオでライブは行われるので、屋外はめずらしい。場所は公園の野外音楽堂だった。普段はスタンディングが当たり前だが、半円形に座席が並んでいる。僕はなるべく前の席に座った。ライブが始まる。柚香達3人がステージ上に姿を表す。曲が始まると同時に躍動する3人。柚香が観客を煽る。手拍子が会場に響き渡り、観客席とステージが一体となる。今日は撮影権を買っているファンは撮影ができるので、シャッター音が前列から響き渡った。柚香が誰よりも高くジャンブする。そして開場をまた煽る。柚香はキラキラ輝いていた。ひたいに流れる汗が、柚香が全身全霊をかけて挑んでいることを物語っている。ステージも広く、天井のない会場で、柚香はいつもよりイキイキしているように見えた。曲が終わり大きな拍手が開場を包む。


 物販は公園から離れた繁華街の中の、小さなビルで行なわれた。列に並び順番を待つ。自分の番が来ると早速、チェキとCD20枚を買った。

「わーCD20枚買ってくれたんだね! ありがとう!」

「オフ会楽しみにしているね」

「うん! 私も春人くんとオフ会できるの楽しみ!」

 そう言ってチェキを撮った。僕はその日、オフ会が楽しみすぎて、一睡もできなかった。


 オフ会は、柚香のマネージャーが経営している都内の飲食店で開催された。小さな飲食店だったがその日は貸し切りで、テーブル席に柚香と向い合せに座って始まった。軽食を取りながら、柚香と2人きりで色々話した。マネージャーはカウンターの中でその様子を見守っている。僕は正直、幸せすぎて何を話したか全く覚えていない。あっという間に1時間近く過ぎ、マネージャーが後少しで終了ですと声をかける。その声で我に返ったくらいだ。そして終了ですとマネージャーが告げた。でも柚香は話をやめない。僕は立ち上がり、店を出ようとすると、柚香も見送りと言って一緒に外に出た。それでも柚香は話をやめない。マネージャーが少しイライラしているのが伝わってくる。


「私ね、本当はポジティブなんかじゃない。根はネガティブで、自分に自信がなくて。でも、春人くんが自信を持ってって言ってくれたり、いつも大好きだって言ってくれるから、最近は自信ついたよ。春人くんはいつも自分なんかって言うけど、春人くんこそ自信持ってね」そう言うと、柚香はにっこり笑った。


「私、春人くんと似ているところ、いっぱいあるんだ。似た者同士頑張ろうな!」

 

 そう言って柚香はやっと話をやめた。僕はうんと言いその場を後にする。歩きながらいつまでも手を振り合った。柚香は僕が持っていない良いところをいっぱい持っていて、僕とは正反対の性格だと思っていた。でも本当は弱い自分を隠してポジティブに振る舞って、今の柚香がいるのだと確信した出来事だった。そして何より、『似た者同士』と言われたことが、飛び跳ねてガッツポーズをしたいくらい嬉しかった。何を話したか殆ど覚えていないのに、この日が僕は忘れられない。

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