第7話

 柚香はソロで活動していたこともあり、未だにソロでライブをするときがある。今日はそのソロでのライブの日だった。僕はユニットの柚香も好きだったが、ソロの柚香も、柚香の良さが全面に見られて好きだった。今日も楽しみだ。ソロでしか聴けない、柚香の持ち歌を聴けるのも楽しみの一つだし、ソロでしか着ない衣装を見られるのも楽しみの一つだった。僕は特に誕生日でもないのだが、柚香にプレゼントを買っていた。この前、柚香が好きだというブランドのショップ近くで、ライブがあったときに帰りに寄ってみたのだ。特に買うつもりではなく、どんな物が売っているのかという好奇心のほうが強かった。

 女の子のブランドの店に1人で入るのは初めてで、恥ずかしい。めちゃくちゃ緊張しながら恐る恐る入る。入ってみると思った通り、店内は女の子のお客ばかり。それどころか店員さんも女の子だけで、顔がみるみる赤くなっていくのが、自分でもわかった。まだ夏でもないのに、汗がだらだら垂れてくる。その体の変化を感じて余計恥ずかしくなって、店を飛び出したかった。でも折角だからと、その気持を無理やり押しやる。少しずつ商品が目に入るようになってきた。やっと視界に入ってきた商品はどれも可愛らしい。少しだけ落ち着いて商品を一つ一つ眺めていった。すると青いトップスが目に入った。柚香に似合いそうな可愛い服だった。僕は気づいたらそれを買っていたのだ。だから今日プレゼントする。柚香は喜んでくれるだろうか。そんなことを考えながら現場に向かった。


 ライブが始まった。柚香はトップバッターだった。柚香はいつものイメージとは違う、黒色の衣装を着ていた。いつもより心なしか大人っぽく見える。最近発表された新曲をイメージした衣装らしい。何を着ても似合うな。そんなことを思っていると曲が始まる。曲もいつもとは違う、魂の叫びのような、力強いものだった。新しい柚香を見られた気がした。こういう一面もあるのだと、そんな柚香にも惹かれている自分がいる。次の曲は、いつも通りの元気な曲だった。天井に届きそうなジャンプ。満面の笑み。タオルをぐるぐる回して開場を煽る。柚香は全身全霊で、ライブを楽しんでいるのが伝わる。僕もつられてタオルを力強く回した。


 ライブが終わり、物販になった。ライブ中、堂々としていた柚香とは打って変わって、なぜかそわそわしている。物販の商品を自分で並べ始め、マネージャーがいないことに気づいた。そういうことか、今日は1人なのかもしれない。そわそわしている柚香も可愛いなと思いながら、準備するのを見守った。

「高峰柚香、物販開始しまーす!」

 その声かけとともに、物販が始まる。チェキの列ができて、僕もそこに並ぶ。右手には柚香に渡すつもりのプレゼントの袋を持っていた。数分待つと自分の番が回ってきた。

「これ、プレゼント。ライブ頑張っていたね」

「わー春人くんありがとう。私の好きなやつじゃん!」袋のロゴを見て柚香が嬉しそうに言う。

「気に入ってくれるといいな」

「じゃあ、これ持ってチェキ撮ろ!」

 僕達は、プレゼントを掲げてチェキを撮った。嬉しそうにする柚香の顔を見て、買ってよかったなと思う。


 チェキの列が途切れると、また柚香がそわそわしだした。どうやらフライヤーを配りたいらしい。

「春人くん、ちょっとここ見ていてくれない? フライヤー配ってくる」

「いいよ。見ていてあげる。頑張って」

「ありがとーちょっと行ってくる」

「うん」

 柚香はああ見えて人見知りだ。もじもじしながら、フライヤーを会場にいる他のファンに渡している。頑張れ! 僕は心のなかで唱える。今日は色々な柚香を見られたな。どんな姿も愛しく思える。完璧な柚香も弱点の垣間見える柚香も。

「見ていてくれて、ありがとー」

「いえいえ。頑張ったね」

「うん!」

 柚香がはち切れんばかりの笑みを浮かべて、僕を見上げた。僕は頭を撫でてあげたい気持ちを堪えて、ハイタッチした。

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