第6話

 柚香と出会ってから、1年が経とうとしている。正直、アイドルをここまで好きになると思っていなかったし、こんなに長く好きでいられるとも思っていなかった。それだけ柚香には魅力がある。ライブで誰よりも一生懸命なところ。ファンのことを1番に考えて、ファンが喜ぶことをいつも考えているところ。満面の笑みで、いつも明るく、元気を分けてくれるところ。負けず嫌いで、何事にもとことん頑張るところ。あげたらきりがない。僕は、そんな柚香に、誰よりも惹かれていた。今年の冬は、クリスマスに柚香のイベントがあるので、寂しい思いをしなくてすみそうだ。鍋パーティーオフ会らしい。参加するファン同士で、具材を持ち寄って鍋をするらしい。面白そうだ。料金をプラスすれば、撮影もできる。僕は迷わず、プラスした。


「最近、アイドルとはどうなのよ?」仕事中、隣の席に座る怜也が聞いてくる。

「定期的に、会っているよ」

「そうか、頭の方はあれからだいぶ経つけどどうなんだ? 同じような症状出ていないのか?」

「おかげさまで、出ていないよ。まあ、これだけ経ったらもう大丈夫でしょ」

「無理するなよ。レッスン中に、プッツンいっちゃったら洒落にならないからな」

「そうならないように、気をつけるよ」

 怜也はぶっきらぼうだが、いつも通り優しい。

「今度、うちに来いよ。ゲームでもやろうぜ」

「お! いいね。ぜひ行かせてもらうよ」僕は嬉しくなってつい声が大きくなった。怜也の家にはよく行くのだが、怜也から誘って来るのは、珍しい。楽しみなことが増えた。今日も頑張れそうだ。僕は更衣室に入り水着に着替えて、泳法のレッスンに向かった。足取りはいつもより軽い気がした。


「おじゃましまーす」

「どうぞ」

 怜也はアパートで一人暮らしをしている。彼女はいるのかいないのか、謎だ。でも顔立ちもいいし、ジムでも人気のインストラクターだ。自分から言ってこないだけで、いるのかもしれない。

「なにやる? サッカーゲームでもするか」

「いいね、やろうか。今日こそは勝つぞ」

 怜也はゲームが強い。普段、ほとんど僕は怜也に勝てない。その日も意気込んだのはいいものの、全然、勝てなかった。

「たまには、新しいゲームでも買いに行くか」

「お! 行っちゃう?」

「行こうぜ」怜也がそう言うと、さっそく僕らは近くのゲームショップに向かった。星が綺麗だった。夜の冬の街はひんやりしている。

「そういえば、ふたご座流星群が今見れるんじゃなかったっけ?」僕は思いだして言う。

「そうなの? じゃあ帰りに見てみるか」

 ゲームショップでは、体を動かして連動するダンズゲームみたいなのを怜也が買った。そして帰り道、スーパーの駐車場が、広くて見やすいのじゃないかという怜也の提案で、駐車場に向かった。スーパーはもう閉店していて、駐車場は車一つない。

「見られるといいな」

「こんなに星が見えるんだ。大丈夫だよ」怜也が夜空を見上げながら言う。

 僕らは、はじめのうちは、立ったまま夜空を見上げていたが、そのうち駐車場に仰向けで寝転んで見上げる。すると、一筋の光が流れた。

「今、見えたよな!?」

「うそ? 見逃した……」

「ほら! また流れた!」

「ほんとだ! 今のは見えた!」

「綺麗だね」

「うん。見に来てよかったな」

 そのまま幾筋もの流れ星を見た。満天の星空を流れていく星達は、どこからどこへ行くのだろう。僕たちはいつまでも駐車場に寝転がっていた。


 鍋の具材は冷凍餃子としらたきを持っていくことにする。クリスマスに柚香に会えるなんて、なんて幸せなのだろう。うきうきしながら現地に向かった。電車を乗り継いで、最寄り駅に着く。携帯でマップを見ながら進んでいくと入り組んだ住宅街に出た。だけれどそれらしき建物が見つからない。SNSの案内によると、一軒家のレンタルスペースのようだった。他の家に紛れて、分かりづらいから気をつけて! とも柚香はつぶやいていたが、その言葉通り分からなかった。散々探し回ってやっと見つけた。建物の前に小さな案内プレートが立っているだけ。中々見つからないわけだ。この家の前は、何回か通り過ぎた記憶がある。そのときはもちろん気づかなかった。着いたのは開始時間の数分前。いつも通り早く来ていなかったら間に合わないところだ。


 中に入ると、上の階から柚香達の声が聞こえた。同じユニットのメンバーも今日は一緒のイベントだ。まだ準備をしているらしい。間に合って良かったと、心のなかで安堵する。

「メリークリスマス!!」そう元気に言いながら、柚香達が降りてきた。そうして鍋会は始まった。ファンが持ち寄った具材は、肉や魚など、ほぼ野菜がなくて、柚香が笑っている。その姿を僕は柚香と話もしないで撮り続けた。今日は比較的、参加したファンが多いので僕は撮影に徹することにする。柚香はいつも通りよく笑っていて撮りがいがある。僕は柚香の笑顔を撮るのが好きだった。撮り続けていると、いつの間にか会は終盤に差し掛かっていた。


 「今日は、クリスマスということで、みんなにプレゼントがあります! なんと私達の私物です。くじで決めるので、何が当たるかはお楽しみにね」

 嬉しいサプライズだ。柚香のを当てたい。

「じゃあ、この箱から1枚取ってください」とファンにくじを引かせる。僕も祈りながらくじを引いた。結果、他のメンバーのペンケースだった。柚香のではなくて正直残念だったが、他のメンバーもいい子達だ。これはこれで嬉しい。残念という感情は撤回する。最後にチェキを撮り鍋会は終わりを告げた。柚香とはチェキのときに話したくらいで、本当にずっと撮り続けていたが、それでも楽しかった。柚香が楽しそうにしているのを見ているだけでも、いいのだなと感じた一日だった。

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