第6話 灯火と酒

 天ヶ瀬宝の家は、古民家にカテゴライズされそうな木造の家だった。


 コンクリートの床、木造の壁、和紙が表面に貼られた提灯。

 暖色の灯りで照らされた室内は、古民家カフェの内装にしか見えなかった。

 二十半ばの男が一人で住むには広すぎるし、特殊すぎる。


「テキトーにくつろいでよ。飲み物持ってくる」


 彼は慣れたように薪ストーブに薪を入れて火をつける。

 次第に燃えていく火は穏やかで、時折りパチパチと鳴る音が心地よかった。

 

 春とはいえ、夜は少し肌寒い。

 薪ストーブの前で手を温めていると、キッチンから天ヶ瀬の鼻歌が聞こえてくる。

 当時から大した交流もない、何年も連絡を取っていない。

 同窓会にも呼ばれないような同級生と会ったところで気まずいだけだろ。

 

 改めて、目の前でお茶を入れている男がよくわからなくなった。


「それにしても、すごい家に住んでるんだな」


 家にお邪魔したものの、どうしていいものかわからない。

 何とはなしにひとつ会話の種を投げてみることにした。

 

「ここ、じいさんに譲ってもらった家。もともとは古いお米屋さんだったらしいよ」


 ああ、なるほど。

 言われて思い出す。


 そういえばこの男、実家が太かったな。

 よく家族旅行でハワイやヨーロッパに行った話を教室でしていた気がする。

 旅行に行く度、クラス全員と担任の分のお土産を買っていたな。

 僕は前の席から回ってきた外国のお菓子をぼんやり眺めていたっけ。


「男の一人暮らしで正直なところ持て余してるけど。この家の雰囲気が好きだから、ここでずっと暮らすのもいいかなと思ってる。将来、ここをシェアハウスにしても楽しそうだろ?」


 天ケ瀬は屈託なく笑う。

 その笑顔には一切の嫌味がない。

 だから余計に居心地が悪くなってしまうんだろう。

 僕は飲み物を出される前にこの家からさっさと帰りたかった。


「待たせてごめん。好きなの選んで」


 待ってない、とふてくされかけたが息を吞む。


 天ケ瀬がテーブルの上に置いた様々な缶、ビン、グラス。

 端から、ビール、果実酒、チューハイ、日本酒、ウイスキー。

 しばらく見ることのなかった酒だった。

 

「大人になったし、久しぶりの再会だ。飲めるなら一緒に飲もうよ」


 もしかして、アルコール苦手?

 と、天ケ瀬に問いかけられて首を横に振った。

 心の底から求めていて、我慢していたものが目の前にある。

 視界に入ったならそれはもう、不可抗力としか言いようがない。


「そうだな。僕も久しぶりに会ったんだから、ゆっくり話したい」


 我ながら愚かだ。

 アルコールのために思ってもいないことを言うなんて。

 

 でも、いいよな。

 誰でもこれくらいの柔らかい噓ついてるし。

 向こうは僕と話したくて、僕もそれに応えるわけだから。


 彼の手が伸びた先はシャンパンだった。

 天ヶ瀬が金色の紙を剝がしてコルクを抜くと、小気味のいい音が鳴った。

 そして黄金色をした炭酸が二人分のグラスに注がれていく。


 一つは僕の前に、もう一つは天ヶ瀬の前に置かれる。

 特に合図もなく同時にグラスを持ち、同じ高さで掲げた。


「それじゃあ、級友の再会に」


 久方ぶりのアルコールに。


「「乾杯」」


 口に入れた液体はしゅわしゅわと口内で慎ましく弾ける。

 液体は微かな甘さと爽やかな香りを残して、喉を過ぎ、胃に流れていった。


「美味い」

「それは良かった! 気にせず好きなだけ飲んでくれ」


 僕は天ヶ瀬の言葉を素直に受け入れて、またグラスに口をつけた。

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