笑ってたの

 すっかりやる気を失ったアリアは、夕食を食べた後、ソファに座ってぼーっとしている。


 そんなアリアの姿を疑問に思いながらも、食器類を片付けていた俺の前に、真剣な顔つきのリリが迫る。


「お兄ちゃん……」


 目を潤ませ、縋るような声色のリリは、容姿も相まって庇護欲を駆り立ててくる。

 その上、息遣いや仕草が妖艶で、吸い込まれてしまいそうな魅力を放っていた。


「お願いが……あるの……」

「リット……」


 俺は目を閉じて、今は亡きリットに同情した。


 俺もリットの死が無ければ、ぴとっと身体をくっつけ、上目遣いで瞳を揺らすリリを襲っていたかもしれない。


 だが、俺は大丈夫。大丈夫なはずだ。

 親友の死を無駄にはしない。必ずや淫魔の誘惑に勝ってみせる。


「そう。あの変態の事なの」

「……うん?」


 存在を主張する我が息子を隠す為、尻を突き出す間抜けな体勢になっていた俺は、その体勢のまま首を傾げた。


「なんかきもいよ、お兄ちゃん。真剣な話だからふざけないで」


 リリは妙な体勢をとる俺をジト目で睨んできた。

 そこに俺が想像していたような、ピンク色の世界はない。


 勘違いだったと気付き、我に帰った俺に羞恥心が襲いかかってくる。

 存在を主張していたはずの息子も、今では家に帰ってしまった。


「ふ、ふざけてなんかないぞ。話を聞こう」


 俺は早口でそう言い、ソファに座った。


「なにかしら? 今日はもう、ゆっくりしたいのだけど」


 動揺していた俺は考えなしにアリアの隣に座ったが、もしかすると、アリアが側にいると言い辛い相談かもしれない。


 そう考えた俺はリリの表情を伺ったが、リリは気にする様子もなく、俺たちの向かいに腰掛けた。


「お兄ちゃん……それに、お姉ちゃん」


 リリは何かを決意したかのような、キリッとした表情で俺達を見る。

 その表情に釣られ、やる気なく項垂れていたアリアも姿勢を正した。


「そろそろ変態勇者の死体を片付けた方が良いと思います!」


 立ち上がったリリは、小柄な身体を目一杯使い、身振り手振りを交えて話し出した。


「お兄ちゃんはわかる? 死体とはいえ、レイプ犯と同じ家で過ごしているリリの気持ち……」


 俺はそっとアリアを見た。

 男の俺よりも、女のアリアの方が、リリの話に共感できるはずだ。


「ふぁ……」


 アリアはどうでも良さそうに欠伸をしていた。

 どうやら話に共感どころか、興味を失ったらしい。


「ははっ、その内――」


 どうでも良さそうなアリアに釣られ、話を切り上げようとした俺の肩をリリが掴む。


「この前ね、リリ、見たの」

「な、何をだ?」


 リリの表情が青ざめていく。

 何かあったのかと後ろを振り向いたが何もない。


「ど、どうした? 大丈夫か?」

「う、うん、大丈夫……ちょっと思い出しちゃって……」


 思い出すだけで顔が青くなるほどの何かがあったという事か。


「変態の顔を一発殴ってやろうと思って部屋に入ったの」


 リットの死体は今、リットの部屋のベッドの上に寝かせてある。

 死体に追討ちを掛けるような行為は良くないが、リリの気持ちを考えると、強く叱ることもできない。


「ああ、その……気持ちはわかるけど――」

「童貞! 変態! って言いながら顔を踏んづけてやったんだ。少しは気が晴れると思ったの……でも――」


 リリが俺の肩をがくがくと揺さぶってくる。


「笑ってた」

「……は?」

「笑ってたの、あの変態!」


 死体が表情を変えるわけないだろ。

 俺は助けを求めてアリアを見た。


「はぁ……まぁ、見てくるわ」

「う、うん。お願い、お姉ちゃん……」


 呆れた様子のアリアとは違い、リリの様子は真剣そのものだ。

 もしかしたら……と期待していた俺は、戻ってきたアリアの表情を見て、期待はずれだったと察した。


「童貞! 変態! ロリコン! って罵倒しながら踏んづけてあげたけど、何の反応もなかったわ」

「そ、そんな……なん、で……」


 この話は終わりだと言わんばかりのアリアの態度に、リリは今にも泣きそうになっている。


「ああ……リットが笑ったのはリリの勘違いだろうけど、リットの死体はそろそろなんとかしないとな」


 俺がそう言うと、リリは俺の両手を掴んで、うるうるとした目で見つめてきた。


「ありがとう……お兄ちゃん」

「ああ、いつまでも放置は出来ないしな」


 俺の言葉を聞いたアリアは、ため息を吐きながらではあるが頷いた。


「王城にリットを運んで、陛下にリットの死を報告しましょうか」

「そうなるな……」


 気が重い。

 どんな脚本を用意すれば、腹上死した我が親友の名誉を守り抜けるのだろうか。

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勇者が死んだ。腹上死で ロマンシング滋賀 @dainadan

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