食糧お兄ちゃん

 ――翌日。


 リリは家に帰っては来たが、完全にやる気を無くしてしまっている。俺が訓練に誘っても、首を横に振るだけだった。


 なんとかリリのモチベーションを高めようと、勇者になるメリットを説明したが、反応は薄い。


「最初はあいつの記憶に引っ張られていたのか、勇者として戦う事に疑問はなかったけど、リリにメリットが無さすぎるよ」


 薄っすらと引き継がれているという、リットの記憶の事だろうか?

 もしそうだとしたら、ある日突然勇者に選ばれたにも関わらず、肉体も、精神も擦り減らしながら、人類の為に尽くしてきたリットの記憶に、リリが引っ張られて勇者として戦う決意をしたのも頷ける。


「なんでリリが人類の為に尽くさないといけないの? リリはあの変態みたいになれないよ。他人の幸せなんかより、自分の幸せが大切だもん」

「そうか……」


 勇者としての責務を果たす気がないリリの言葉を聞いても、俺は何も言えなかった。


 魔王を倒したいという気持ちに嘘偽りはない。だが、俺がそう思うのは、リットの……親友の戦いを無駄にしたくないという思いであって、人類の為に尽くしたいだなんて少しも思っていないのだ。

 だからこそ、リリの『何で私が……』という気持ちがわかってしまう。

 赤の他人の為に、命を削って戦うなんて、勇者以外にできるはずがないのだ。


「……そりゃあそうだよな」


 どちらかと言えば、リットの考えより、リリの考えのほうが理解できる。

 文句を言わずに、勇者の勤めを果たしていたリットは、ある種の異常者だとすら思うのだ。

 だからこそ憧れて、命懸けで食らいついてきたのだが、リリにその振る舞いを求める気にはどうしてもなれない。


「はぁ……」

「……怒らないの?」

「怒らないよ。俺もリットがいなかったら、人類を救う戦いになんて参加する気はなかったしな」

「むぅ……じゃあ、その顔を何とかしてよ。落ち込みすぎ……」

「……すまん」


 俺は目を閉じて、心を落ち着かせる。

 そんな俺の様子を見ていたリリは、深いため息を吐いてから、言葉を続けた。


「ケイトが協力してくれるなら、戦っても良い」

「ほ、本当か? 協力するなんて当たり前だろ! リリだけ前線に送るなんて真似はしない」

「そうじゃなくて……いや、それもそうなんだけど」


 俺をじっと見つめるリリの表情が少しだけ崩れた気がした。


「移動って、面倒じゃない?」

「……は?」

「前線に出る時は、自分の足で行くんでしょ? それは嫌だなぁって。だってリリは勇者だしぃ、戦う事以外に体力は使いたくないなぁ」

「運んでいけばいいのか?」

「そんな事するより、もっと良い手があるよ!」


 リリはそう言って立ち上がり、笑みを浮かべながら両手を広げる。


「リリと契約して、お兄ちゃんが悪魔使いになるの! お兄ちゃんが移動した後に、リリを召喚すれば、リリは移動しなくていいでしょ?」


 悪魔使いとは、悪魔と契約し、使役する者の事を指す。

 悪魔に対価を払い、その力を借りるという、契約魔法の一種だ。


「へぇ……リリと契約すれば、いつでも呼び出せるってことか?」

「うん! リリが拒否しない限りはね!」

「そうか、それでリリが戦ってくれるなら、契約しても良いぞ」

「ほんとっ!?」


 リリは満面の笑みを浮かべながら、周りを見渡す。


「今がチャンス」

「え?」

「じゃあ契約ね!」


 リリがそう言うと、俺とリリを包み込む魔法陣が現れる。俺がその幻想的な光景に目を奪われていると、リリが口を開いた。


「汝、我と契約を結ぶ事を誓うか」

「ああ……」


 俺が答えると、魔法陣が強く光り輝く。

 そして、リリは早口で捲し立てた。


「契約により、我が魂を縛れ。対価は契約者の……精気」

「は!? おい、おまっ――」

「んっ……」


 俺の言葉を遮るように、リリは俺の唇を奪う。

 咄嗟に抵抗しようとしたが、リリの体が思ったよりも小さすぎて、空振りに終わった。

 リリの柔らかい舌が、俺の歯茎をなぞり、強引に口を開かせようとしてくる。

その刺激に耐えられず、俺は思わず口を開けて受け入れてしまった。


「ふぅ……」

「ぷはっ……おま、何を……」


 唾液と唾液を交換するという、童貞にはいささか刺激が強すぎる行為の後、魔法陣の光は収束していった。


「これで契約完了だよ。やったぁ! 食糧確保ぉ!! 実体化しないとできない裏技だけど、成功してよかったぁ。これからよろしくね? リリの食糧お兄ちゃん!」


 リリは嬉しそうに飛び跳ねると、スキップをしながら部屋を出て行った。

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