第二十六章 偶然か必然か

 総合すると、まず汐音が変換候補の中から《温泉》ではなく《温千》を誤って選び、さらに《旅館》と《山陰地方》の三つでキーワード検索をかけたら、候補一覧に《温千旅館》が上がってきた。

 その旅館名をタップしたら温千旅館のホームページが表示され、スクロールすると例の写真が掲載されていたのだ。

 旅行の総合プロデューサーである汐音が、アシスタントのみのりちゃんと町田さん、それと私にそれらの写真を見せて意見を聞いた。

 私は記憶がとんでいるから覚えがないが

 『ここ、いいんじゃない』

 と言うことになり、みのりちゃんが予約の電話を入れたのだった。

 その際、汐音がこの綺麗な風景を速斗君にも見てもらおうとメールで送ったのである。


 みのりちゃんも特に綺麗だと思ったこの写真を、はやぶさ君にも見せてあげたいと思い彼に転送。

 はやぶさ君は妹のみずほちゃんが『旅行に行くんだけど、どこかいいとこ知らない?』と言っていたか書いていたのを思い出し、写真が撮影された場所などは確認せず、写真だけをみずほちゃんに転送した。

 兄から送られてきた写真を見てすぐ、みずほちゃんは『ここに行ってみたい』と思い、すぐに『ここ、どこ?』と兄へ返信。それに対してはやぶさ君は写真と一緒に貼られていたアドレスを妹に送った。

 みずほちゃんはアドレスをクリックして《温千旅館》のホームページにたどり着き、父の御茶水氏に『ここ、どう?』とタブレットを持って行って見せた。


 一方、事務所に居た速斗君は汐音から送られてきた写真を、目の前に座っていた社長に見せて『ここ、合宿先にいいんじゃないですか』と言ってみた。

 速斗君にすれば本当に軽い気持ちで言ってみただけだったが、国分氏はいたく気に入ったようで、速斗君の携帯電話から直接ホームページにアクセスし、予約状況を確認して『ここ、大丈夫そうだ。環境もいいし滞在情報が洩れるリスクも少なさそう』、でそのまま予約を入れた。


 一時に同じ場所へ私たちと町田さん組、御茶水家+マロンちゃん、ファイヴ・カラーズとその社長が集合したのは、汐音の発見した一枚の写真が元でみんなを呼び寄せたのが真相らしい。

 汐音の《温泉》と《温千》の押し違いから始まった今回の三組集合の奇跡。日常茶飯事の、ちょっとした間違いあるいは誤操作を大ハッピー・ストーリーに変えてしまう汐音の面目躍如だ。

 場所が重なった原因はわかったが、日程の一致はどうなのだろう。

 旅行先をどこにするか探していた家族と、合宿のスケジュールを無理に入れ込もうとしていた芸能事務所。そのどちらにとっても日程や環境などの条件がぴったり合った旅館。そんな場所がほぼ同時刻に、それぞれの家族や関係者の許に届いた一枚の写真をきっかけに見つかったので、それがスケジュールの重なった理由と考えられる。

 ならば宿泊日の一致も必然と言えるのではないか。

 あ、ちょっと待てよ。御茶水家の中学生双子姉妹はなんで平日の学校がある日に家族の温泉旅行に付いて来ているんだ。

 汐音情報では、双子姉妹の通っている中学校は芸能事務所に所属する子が多く通う私立中学らしいので、休みが取りやすいのかもしれない。補修はあるだろうが。

 まあよその家のことだから余計な口出しと詮索はすまい。してるけど。


 「これで偶然ではないことが判明しましたね。まあ、偶然ちゃあ偶然ですが、半分は必然だったということになるんでしょうか」

 私の推理もなかなかのものだと自画自賛気味に結論をまとめた。

 「汐音ちゃんのみつけた写真がきっかけで、今ここにいる三グループが、誰かの号令にあわせるでもなく集まってきちゃったんだから、それはやっぱり奇跡ですよ。

 『現実は小説より奇なり』ですね。いや、汐音ちゃんはやっぱりなにか持っている!」

 御茶水氏も感心している。私の推理にではなく、汐音の持っている運に対して。

 「だよね、だよね! わたしってみんなを幸せにする天使なのかも⁉ ね、速斗君!」

 「あ、はい。ぼくもそう思う。いや、最初から天使じゃないかって感じてた」

 「このお、嬉しくなること言ってくれてえ」

 そう言って速斗君に頬キスだ。だめだって、あの子を調子に乗せちゃあ。

 「ね、藤村さん。ちょっと」

 町田さんが小声で呼びかけてきた。

 「なんですか。どうかしました?」

 「結菜がもうすぐ来るでしょ。ロブちゃんともう一人、誰かを連れて来るって言ってたじゃない」

 「そうでしたね。私たちに紹介したいお友達なんでしょう?」

 「それがそうじゃないみたい。なんだかすごい人が一緒に……」

 町田さんが言い終わらないうちに奥の襖が開いて、仲居さんが新来の三人を先導して入ってきた。

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