第二十五章 宴会は昭和のなごり

 午後五時を過ぎて自由行動で外出していた宿泊客たちは三々五々、戻ってきていた。

 女将が部屋に来て

 「合宿中のお客様方ともお近づきになったので、お食事を一緒にとりたいと御茶水様の奥様からご提案がありましたが、よろしゅございましょうか」

 と申し出があった。私と町田さんには合宿組との面識がないが、娘たちとは縁ができたようなので断る理由はない。

 「かまいませんよ。宴会は人数の多い方がにぎやかで楽しいし」

 「ありがとうございます。御茶水様にもそうお伝えいたします」

 町田さんとみのりちゃんは、結菜ちゃんたちが帰る時に持たせるためのみやげ物を一階の売店でみつくろっている。

 汐音が町田さんとの二人きりの午後はどんなだったとしきりに聞いてくるが

 「特に何もない、静かな午後だったよ」

 と答えておいた。そこそこ進展はあったが、まあまだ黙っていよう。

 逆に謎の合宿集団について尋ねるが、私の答え方をパロって

 「特になんにも。清らかな午後のなごみのひと時を過ごせたよ」

 とはぐらかすだけで、集団については敢えて話そうとしない。

 なにかありそうだが、どうせ食事会では顔を合わせるので、その時に正体は判明するだろう。

 私と居ても何も情報が得られないと悟った汐音は、御茶水氏の部屋へ遊びに行った。

 部屋からは女子四人が大はしゃぎししている声が聞こえてくるが、内容まではわからない。よほど楽しいカラオケだったのだろう。

 御茶水夫妻とはやぶさ君、それにみずほちゃんは、マロンちゃんと双子姉妹を残し風呂に行っている。

 浴場へ向かう一家と廊下ですれ違ったので『家族風呂もありますよ』と言いかけたが、止めた。

 どうも嬉しいことがあると余計な一言を言ってしまう癖が、私にはある。

 火の無い所に自ら狼煙をあげるような発言をし、過去に何度か苦い経験をしたことがある。

 今日も危なかったが何とか自制した。



 「お食事の用意ができましたので、そろそろ大広間の方へお移りくださいまし」

 部屋で待っていると仲居さんが声をかけにきた。

 町田さんとみのりちゃん、それに私の三人はそれぞれゆっくりと立ち上がり、部屋を出て大広間へと歩き出した。

 汐音は御茶水氏の部屋から戻ってこないので、御茶水一家と行動を共にしているのだろう。


 大広間は風呂のある別棟の二階にあった。広間の前の廊下にはすでに何人分かの廊下用スリッパが並べられている。

 襖を開けると汐音とマロンちゃん、それに双子姉妹がどこに座るかで意見を述べあっていた。

 「家族ごとに座るんだったら正面に居る位置がいいよね」

 「人数構成から考えると、うちが四人で御茶水先生たちが七人、合宿組は六人だから、四プラス六でわたしたちと合宿組が同じ並びになるかも」

 「え、でも後から別に三人来るんでしょ。それ汐音ちゃんの組だよね。だったらパターンが違うかもよ」

 「家族で固まらなきゃいけないのかな。早い者勝ちで自由に席を選べることにしちゃおうよ、この際」

 よくわからないが、誰かの隣りか正面に座りたいがための談合をしているのだろう。

 席の配列は十人ずつが向かい合うように、長テーブルが二列に並べられている。

 席に名札は置かれていないので、一応自由に座ってよいシステムなのだろう。

 「君たちがいいと思うところに座って大丈夫だと思うよ。ただ後からくる三人のために、端っこの三席は空けておいてね」

 私がそう言うと、双子姉妹は床の間に向かって左列の手前から三席目と四席目を、マロンちゃんと汐音は右列の奥から四席目と五席目に陣取った。

 私と町田さん母娘は左列の一番奥から三人並んで座る。

 御茶水氏が瑤子さんとはやぶさ君・みずほちゃん兄妹を伴ってやってきた。御茶水夫妻とみずほちゃんは右列奥へ。

 みずほちゃんの横にはすでにマロンちゃんが居るので、はやぶさ君はどうしたものかといった仕草で広間を見回し、みのりちゃんの隣りが空いているのを見て

 「そこ、いいかな?」

 と、どこか不自然な感じで訊ねた。

 「どうぞ」

 みのりちゃんはいつもと変わらぬ態度で、しかし知っている相手にしてはやや他人行儀な答え方で返した。

 町田さんは俯いてちょっと笑っている。

 勘の悪い私でもさすがに二人の関係を悟った。『(ああ、そーゆーことか)』と思いつつ、若い二人のこれからに幸あれと祈る。

 マロンちゃんの隣りにみずほちゃんが座ったので、マロンちゃんは合宿組の誰かと並んで食事ができなくなった。

 「ねえ、汐音ちゃんの左の席に移動してもいい?」

 気を悪くされるといけないので、マロンちゃんは一応みずほちゃんに声をかけた。

 理由を瞬時に悟ったみずほちゃんが

 「いいよ。あ、そうだったね。ごめんごめん」

 「ありがとう。別にみずほちゃんが嫌いな訳じゃないからね」

 マロンちゃんは汐音の左隣へ席を移してチャンスを待つ。


 私の正面は御茶水氏が座っている。私よりはいくつか若いと言っていたが、さすがに歩き疲れた様子だ。

 「山歩きはどうでしたか。収穫はありました?」

 「でっかいキノコが何本か生えていましたよ。植物にはわたしも瑤子も詳しくなくて、見るからにハデで毒気満載、百科事典には『食べたら死ぬ』と書かれていそうだったので、採るのはやめました」

 「人間には猛毒でも、アンドロイドは食べても平気なんですか?」

 「もちろん害はないですが、人間が食べられないものはアンドロイドも食べません。人間が誤食する可能性がありますから」

 「なるほど。生えているキノコに毒があるかどうかを分析する能力は持っているんですか」

 「においを嗅げばだいたいの成分はわかるはずです。でも完全ではないので、たとえば汐音ちゃんが山で摘んできたキノコを、そのまま焼いたり煮たりして食べるのはやめた方がいいでしょう」

 「確かに汐音は『これ食べると死んじゃうかもなんだよ』とか言いながら、自慢げに見せて冷蔵庫に保管していそう」

 時間つなぎの会話をしていると襖が開いて男性が広間に入ってきた。

 見覚えのある顔だが、どこで会ってどういう関係の人だったかは瞬時に思い出せない。

 町田さんも『誰だったかな?』みたいな表情で彼を見ている。

 御茶水氏を見ると、明らかに予想外の人と会った時特有の顔になっている。


 ファイヴ・カラーズの社長兼マネージャー、国分氏の突然の出現に

 「なんでお前がここに来てるの?」

 と御茶水氏。

 照れ笑いをしながら入ってくる国分氏のうしろには、揃いの赤ジャージを身に着けた五人の男子がぞろぞろと付いてきている。

 「あれ、ファイヴ・カラーズじゃないですか」

 私が町田さんに確認すると

 「ええ、多分……。あの子たちまで来てたの」

 「部屋から出ずにずっと姿を見せなかったので、妙な集団だとは思っていたけど、まさかあの子たちとは」

 御茶水氏も私たちと同じで、意外な展開に困惑しているらしい。

 「君たちまでいっしょに……。 誰かが仕組んだイベントなの?」

 誰かに向けての質問ではないが、確かにこれだけの身内が偶然にあつまる可能性はほぼゼロ。つまりこの中の誰かが企画したに違いない。その思いからの発言だろう。

 私もそう思う。御茶水氏の驚き方からして、こんな成り行きは全く想像していなかったのだろう。

 しかし、隣の瑤子さんとみずほちゃんは特に意外そうな表情はしていない。

 ほかの顔を見ても、ファイヴ・カラーズの登場を予測していなかったのは御茶水氏と町田さんと私、それにぽかんとした表情をしているはやぶさ君の四人だけのようだ。


 「皆さまお席につかれましたらお食事を持ってまいりますので、もう少々お待ちください」

 女将がそう言って、遠まわしにまだどの席に座るか迷っている男子たちへ、早急に着座するよう促した。

 国分氏が汐音とみずほちゃんの間に座ろうとした時、リーダーの都斗が

 「社長社長、そこは……」

 そう言われて両隣の女子を見た。見上げていたみずほちゃんとは目があったので軽く笑顔を交わしたが、反対側の汐音は不自然に自然さを装って、国分氏と目を合わせようとせずお茶を啜っている。

 「ああ、そうか」

 状況を悟った国分氏は

 「これは失敬シッケイ、ここは場違いかな」

 とオヤジセリフを残して別の空き席へ移っていった。

 ファイヴ・カラーズのメンバーそれぞれが、一緒にカラオケへ行った女子の横に座らざるを得ない状況下、なんとか全員が腰を落ち着けることができた。

 国分氏はけっきょく左列の末席に座ることに。目立たない位置で隣りはメンバーの北斗、正面三席は遅れて到着予定の結菜ちゃん一行なので今は空席だ。

 もしこの物語が映画化されれば、エンドロールの国分氏役は一群の後の方になる役柄なので、末席でも仕方ないだろう。

 まあしかし、残り物には福来るもありえるから、彼にもなにか良いことがあるかもしれないし、何もないかもしれない。


 全員の座り位置が確定したので書き記しておくと

  御茶水氏・瑤子・みずほ・速斗・汐音・マロン・博斗・空・空・空

 《床の間》

  私・町田・みのり・はやぶさ・都斗・晏那・鳴斗・月那・北斗・国分

床の間を挟んで離れているように見えるが、右列と左列のテーブルはぴったりくっついているので、酌をするにも乾杯も距離は近い。


 動きが落ち着いたのを見計らって、女将はじめ数人の仲居さんが、控えの間から乾杯のための飲み物を各人に配り始めた。

 私や町田さん、御茶水夫妻が居るのでまだ昭和のしきたりをひきずっており、まずはコップに酌み交わしたビール若しくはノンアルコール飲料で乾杯の儀式をしなければならない。

 最年長は私だが、世間的立場から考えて、ここは御茶水氏に一言挨拶をもらうことになる。


 「えー なにか言わなければならない雰囲気なので一言ご挨拶させていただきます。

 まさかこんな大ごとになるとは夢にも思っていませんでした。

 気を遣う間柄ではない面々の集まりなので、みなさんそれぞれに楽しい時間を過ごしてください。

 乾杯の音頭は藤村さん、お願いします」

 やはり昭和だなあと思いつつ、その場に立ち上がり

 「では皆さんコップを持って。ご一同の益々の活躍と進化と幸せを実現させましょう!

 乾杯っ‼」

 「かんぱーい」

 それぞれ隣近所の者はコップをあわせ、離れている席の相手にはコップを揚げて乾杯をした。それを合図に仲居さんたちが膳を配り始める。


 乾杯から三十分ほど経過。

 カラオケ女子組はそれぞれ隣りに座った合宿男子と意味不明の略語を交えて盛り上がっている。

 超人気アイドルも今日は普通の男の子に戻っているようだ。万人に注目されるカメラ前やステージ上の表情と違い、近しい者の間でしか見せない自然な笑顔で相手と会話をしている。

 みのりちゃんは正面のみずほちゃんと、出雲やその近辺の歴史について、今日収穫した知識を語りあっていた。

 私と町田さんは、御茶水氏から世間一般のアンドロイドの社会貢献度や世界のアンドロイド情勢、あるいはインサイダーの御茶水氏しか知りえないようなオフレコ情報も織り交ざった興味深い話を聞かせてもらった。

 はやぶさ君はとなりの都斗君と、さっきからずっと小声で話しをしている。ジャンルや知名度はまったく違うが、今は同じ芸能活動をする者同士の情報交換だろうか。

 国分氏は北斗君と月那ちゃんの話しを聞きながら、時々笑ったり『うんうん』と頷いたりしつつ、手酌でビールを注いで自分に配膳された料理を黙々と片付けていた。

 見かねた御茶水氏が『ちょっと失礼』と言って、ビール瓶を持って国分氏の前の空席に向かっていった。

 私も付き合って自分のコップを持ち、御茶水氏の座った隣りの空席に腰をおろす。

 互いのコップにビールを注ぎあい、今一度、あらためて乾杯をした。

 「忙しそうだねえ」

 御茶水氏が同級生の国分氏に問いかけた。

 以前はよく呑む間柄だったが、現在は双方とも時間的余裕と仕事上の立場から、食事はおろか、会うことも稀だ。

 「お互いにね。でもおまえはテレビに出たり論文を書いたり研究したりで、一日に二十四時間以上働いているけど、オレは五人について行って、仕事相手と話して、あとは見ているだけだから体力的にはそれほど消耗が少ないよ。

 デビュー当時は九州から東京まで、オレひとりがレンタカーを借りて運転して、メンバー五人と往復移動なんてことも何度かあったけど、今は空港から空港、駅から駅だから移動中は眠れるし、五人の仕事量からすればかなり楽させてもらっている」

 「うちの汐音がネットで読んだそうだけど、これから新人スカウトに力を入れて、事務所を大きくしていくそうですね」

 芸能関係に疎い私なので、汐音から聞いた不完全情報をそのまま国分氏に向けてみた。

 「いや、それはないです。その話は別の女子アイドルユニットが所属する事務所のことじゃないですか。

 うちはファイヴ・カラーズで手一杯だし、彼ら以外マネジメントをする予定も余裕もありません。

 今でこそ知り合いに声をかけて、事務担当の社員を何人か雇って業務を手伝ってもらっていますが、これ以上は会社を大きくする気はないので新人スカウトもありません」

 「じゃあファイヴ・カラーズのニーズが少なくなると会社は……」

 「藤村さんのストレートな質問の仕方が昔から好きでした。

 ファイヴ・カラーズが世間から必要とされなくなったと判断したら、会社を解散します。

 うちの会社はファイヴ・カラーズで始まったようなものだから、彼らが終わったと思えば会社もたたみます。

 わたし自身は独身なので、もし会社がなくなっても稼がせてもらった貯金で、老後はゆっくり暮らせるでしょう。多分」

 「多分じゃなく確実でしょう」

 「わたしは浪費家なので、趣味となると際限なく投資するから、貯金が老後まで残るかどうか」

 「判りますわかります。趣味に金をつぎ込むのは漢の鑑ですね。

 私だって汐音を迎えなければレコードやCD、本ばかり買いこんでいたでしょう。全部聴くか読み終える前に、坊さんのお経を自分の枕元で聞かされることになったと思う」

 「そこ、訊きたかったんですが、娘さんができて考えが変わりましたか」

 「変わったと言えば変わったかな。いや、はっきり変わりましたね。

 もちろん趣味は趣味として今も続いていますが、余計な出費はひかえて、気の向かない仕事でも断ることは少なくなりました。

 法律が改正されて彼女にもちゃんと遺産相続ができるようになったので、預金はもちろんですが、モノを選ぶ時も彼女の役にも立つかどうかを基準に置いて購入しています」

 「そうですか……。実はわたしも子供はいた方がいいなと、最近考えるようになりました。

 酒を酌み交わしたり、オタク話しで盛り上がったりと、まあ半分は友達か兄弟感覚なんでしょうが、ファイヴ・カラーズの面倒を見始めてそう強く感じることがあります」

 国分氏は御茶水氏と同い年なので、私とそう変わらない世代だ。五十路を過ぎた、若しくは近づいた独身男性には子孫を残したいという人間特有の本能が強く全面に出てくるのだろうか。

 数年後、国分氏も仕事が落ち着いたら息子あるいは娘、もしかしたら両方を迎えることになるのかもしれない。その時には今度は私が彼の考え方の変化を訊いてみたい。

 「お話し中すみません」

 町田さんが男三人の輪に入ってきて言った。

 「いま結菜から電話があって、温泉津駅まで来ているそうなんです。これから女将さんが迎えに行ってくれるので、あと二十分くらいで到着するとのことでした。

 お待たせしてすみません」

 「そうですか、じゃあ我々もそろそろ自席に戻りましょう。

 国分さん、お子さんを迎えるにあたって何か質問があればいつでも電話してください。少しだけ先輩だからなにか助言はできると思います」

 「じゃあまたいつか。明日が速くなければ呑み明かしたいけどな」

 そう言いながら御茶水氏が国分氏に右手を差し出して握手を求めた。

 国分氏も手を差し出しながら

 「この際だから」

 と小声で二人に言った。

 「実は明後日と明々後日、東京で公演があるんだけど、急遽きまった大物の前座なんだ。興味は無くてもその人の名前は知っているはず。

 明日はそのリハーサルなんだけど、ふたりとも、いやこの部屋全員が驚くようなビッグ・ネームとの、ある意味共演だから楽しみにしといて」

 「それは極秘事項なの?」

 「そう。おまえと藤村さんだけ知っている特ダネ。契約上、その大物の名前は絶対に言えないけど、ここまで教えれば調べるとすぐわかるだろうから、ここで検索しないように」

 「わかったわかった。部屋に戻ってまわりに誰もいない時に調べてみるよ。もちろんわかっても口外はしません」

 「私も同じく後でこそっと調べます。もちろん誰にも言わない」

 「たのむよ、たのみましたよ! またゆっくり呑もう」

 席に帰りながら国分氏の言った『前座』という言葉を、最近なにかの話しの中で耳にした記憶があるが、誰とどこでの会話でだったかは思い出せない。


 結菜ちゃんたちの到着を待つ間、今回の旅行は誰の企画立案だったのかを解明する試みを御茶水氏が始めた。

 「君のお父さんが黒幕だとわたしは思ってるんだけどね」

 妻の瑤子さんに御茶水氏が自分の考えを向けてみた。

 「これだけの面子が集まるように画策できるのは、よほど力を持っている人じゃないと無理でしょう」

 「それは違います」

 瑤子さんがきっぱり否定したので、御茶水氏はやや驚いた様子で継ぐ言葉を失った。

 「社長の国分さんは、父に頼まれて以前からファイヴ・カラーズの日程が決まり次第、細大漏らさず随時、父に報告しています。

 今回のファイヴ・カラーズの合宿先は、彼らの家族も含めて極秘扱いだったので、社長とメンバー、それに父以外はここに来ることを誰も知りませんでした。

 父は、わたしがこの旅行にうちの家族と一緒に行きませんかと誘いの電話をかけた時、はじめて私たち一家がここに旅行へ来ることを知ったの。それもファイヴ・カラーズと日程が重なるスケジュールで。

 父は初め、わたしたちがファイヴ・カラーズに合わせて来るものと勘繰って、色々と探りを入れてきたけど、そうじゃないとわかってどう対応するか迷ったんでしょうね。

 『実はファイヴ・カラーズの面々も、同じ日にそこで合宿することになっている』ってわたしに言わざるをえなくなったんです。わたしもそれで初めて彼らが来るのを知ったんです。

 だからわたしの父がわたしたちを一か所に集めて懇親会を開いてあげようと考えたとは思えないし、父からは『メンバーの子たちは完全休養がしたいみたいだから、瑤子の家族にも極力秘密にしておくように』と言い渡されました。

 だから父がなにか画策したということはありえません」

 「予約はどっちが早かったの?」

 「旅館の台帳ではわたしたちが五分ほど早かったそうです。でもほぼ同時と言えますね。

 父が国分さんから連絡を受けたのは、国分さんが予約をいれた直後でしょう。それから間を置かずにわたしから誘いの電話がかかったので、関連があると思っても不思議ではないと思います。父の立場だったら」

 「じゃあ本当に偶然だったのか。それはすごいことだよね」

 「あのお」

 夫妻の会話の中に出て来る瑤子さんの父なる人物、かなりの力を持っている印象だが、どういう人なのだろう。それを訊きたくて割り込んだ。

 「あ、そうだ! 藤村さんはどうなの。やっぱり偶然だったと思います?」

 御茶水氏が私の存在を思い出したように、反射的に意見を聞いてきた。

 「さっきの予約時間で言えば私たちがいちばん早かったので、御茶水さんとファイヴ・カラーズが来るなんてことは想像すらしてませんでした。でも単なる偶然とは思えません。

 それより、さっきから出て来る瑤子さんのお父さんですが、どういう方ですか。お二人のお話しの内容からして、相当な実力者のようですが」

 「お教えしてもいいのかな」

 御茶水氏が瑤子さんに情報開示してもいいか確認した。瑤子さんは無言で頷く。

 「実は藤村さんもロビー活動で会っている人物です。確かしばらく立ち話もしていなかったかな」

 「私が? 立ち話をしていた…… ああ、もしかして小日向大臣⁉」

 「そうです。小日向は瑤子の父親で、当然ながらわたしの義父です」

 「そーだったんですかあ! だから国会もスムーズにアンドロイド関連の法案が通過したんですね」

 「そうだと思います。ああ、瑤子が小日向の娘であることも一応オフレコ扱いでお願いします。これからもまたロビー活動することがあれば、また義父の人脈を利用させてもらわないといけないので」

 「わかってます。

 いま思い出したんですが、確かメンバーのひとりが大臣のお孫さんだったですよね。汐音と友達の子だったと記憶してますが」

 「速斗君ですね。瑤子の妹夫婦の長男です。だから瑤子は伯母、わたしは伯父になります。はやぶさとみずほはいとこです」

 「じゃあ御茶水家にはアンドロイドの親族が三人いることになりますね」

 「そうですね。まだ五年くらいしか同じ時間を過ごしていませんが、今ではみんなが掛け替えのない家族の一員です」

 「すばらしいですね。私にもそんな風に家族が増えていくといいと思います。ねえ町田さん」

 町田さんに同意を求めると、彼女はみのりちゃんと携帯電話の画面を見ているところだった。

 「え? あ、はい。そうね。わたしもそう思います。ちょっとごめんなさい、今ちょっと……」

 そう言ってまた携帯の画面をみのりちゃんと見始めた。


 「ところで、さっきの話に戻りますが、御茶水さんがここのこの旅館を選んだ理由はどうしてですか」

 「わたしですか。みずほがここの風景写真を見せてくれて、それがとても印象的だったので、みずほが持っていたアドレスをコピペして、インターネットで旅館のホームページを探し、電話をかけてみました。

 わたしたち以外では一組しか宿泊予定が入っていないとのことだったので、即予約したんですよ。風景もですが、とにかく静かな環境に惹かれました」

 そう言いながら、御茶水氏が印象的だったと言う風景写真を見せてくれた。

 「これ、どこで見つけた写真ですか?」

 「旅行先を考えていた時、みずほが『ここ、キレイでしょ。どう?』と、タブレットに表示されたこの写真を持ってきたんです。

 ちょうど家族で旅行先を探していた頃で、みずほが見つけたのでしょう」

 「あ、あの写真はお兄ちゃんが送ってきたんです。『ここ綺麗でいいよね』って」

 私と御茶水氏の会話が聞こえたみずほちゃんが教えてくれた。

 まだなにか下を向いて携帯画面を見ている町田さんとみのりちゃんの背中越しに

 「ねえ、はやぶさ君、みずほちゃんに送ったここの風景写真ってはやぶさ君がネットで見つけたの?」

 はやぶさ君はきょとんとして、なんのことかわからない様子だった。

 「なんの写真ですか?」

 「みずほちゃんに『キレイな所だろ』って送ってあげた写真」

 写真の記憶領域を上書きしたのか、はやぶさ君は思い出せないようだ。

 「ほら、これよ、お兄ちゃん」

 「ああそれ、自分も添付で送られてきて『きれいだな』と感じたので、みずほにも見せてあげようと思って転送したんです」

 「誰から送られてきたかは覚えてないよね」

 「わたしです」

 そう言って手を挙げたのはみのりちゃんだった。

 「でもわたしが見つけたんじゃなく、汐音ちゃんが旅行の宿泊先をカラオケ店で検索していて見つけた一枚で、わたしも気に入ってはやぶさ君にも見てもらうと思って彼に送った写真です」

 急遽汐音が今回の旅行のプロデューサーになった晩、町田さんたちと四人でカラオケ店に行った時のことを思い出した。

 私も汐音の携帯電話に表示されたここの写真を見た記憶があるが、呑んでいたせいか写真の構図はまったく覚えていない。

 今度ははやぶさ君の隣りに座っている都斗君へ、間の三人の背中越しに

 「都斗君たちはどうしてここを合宿先に選んだの?」

 「速斗から見せられた写真に社長が『ここ、合宿先にいいんじゃない』ってことになり、ネットで調べたらすぐ予約できたので即決したそうです」

 「その写真ってこれかな」

 みずほちゃんが掲げているタブレットに表示された写真を指して訊いた。

 「……だと思うけど、どうだったかな。

 おい、速斗。合宿先がここに決まる時、社長に見せた写真ってあれだった?」

 そう言って都斗君が、汐音のマシンガン・トークのターゲットになっている速斗くんの視線を、みずほちゃんが持つタブレットに向けさせた。

 「それですそれです。どうして?」

 「この写真はどこで見つけたの? ネットで?」

 「それ、わたしが送った写真やん」

 汐音が答えた。

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