第六章 譲渡会・お買い物・歓迎会
一時間ほどして町田母娘が来訪し譲渡会が始まった。
私はコーヒーや紅茶や抹茶をキッチンから居間に甲斐甲斐しく運んだり、お客様用の茶菓子をコンビニに買いに走ったりと給仕役でおもてなし。
キッチンまで女子三人の賑やかな話し声が聞こえてくる。
「ねえねえ、これなんか汐音ちゃんに似合うんじゃない?」
「きゃーかわいー!」
「おとなカワイイよね」
なんだ、結局カワイイ系で盛り上がってるんじゃないか、と思う。同じカワイイの中にもダサいとかそうじゃないとかの境界があるのだろうが、女性のファッション感覚は私にはわからないし一生理解できまい。
「みのりちゃんの分はあるの?」
とお茶を出したタイミングでみのりちゃんに訊ねてみた。
「わたしは町田家に来たその日に自分の分を選びました」
「この子、地味好みなんですよ」
と横からお母さんが言った。
「普段も外出する時も、着ているものは黒かグレーか白系統。少し華やかなものと言えば薄い黄色のワンピースとトップスくらい。もうちょっと色が多くても似合うのに……」
「わたしのことはいいの! おかあさんだって地味じゃない」
「わたしはもうそれなりの年齢だからいいのよ。
背格好が似ているから、ふたり並んで歩いていると、どっちがどっちか判らないってよく言われるんですよ」
このふたりが本当に血の繋がっていない母娘とは信じがたいと改めて感じた。私と汐音もこんな関係になれるだろうか。
二時間ほどかかって全ての服の落ち着き先が決まった。ほとんどは汐音がいただくことになったが、何着かは本人も町田さん母娘も『これはちょっとね』と感じるものであった。結菜さんが十代の後半に着ていた洋服だそうで、当時の結菜さんのセンスに合ったデザインだが、汐音もみのりちゃんにもそのセンスには共感が持てないらしい。
町田さんが持ち帰るため運んできた手提げの紙袋に入れようとして
「そうだ、笹木さんに持って行ってあげよう! あの子なら喜んでくれるんじゃないかしら」
余った服の貰われ先として白羽の矢がたったのは、アンドロイド・ラボの笹木さん。
「そうよね! マロンちゃんなら好きそうな色あいだし似合いそう。せっかく持ってきたんだし」
とみのりちゃんが同意した。
「笹木さんは『マロンちゃん』って言うの?」
「そうなんです。ちょっと変わった名前だから覚えやすいんですよね」
みのりちゃんが笑顔で答えた。みのりちゃんの話では、送り出されるアンドロイドに服を着せているマロン譲が、実は御茶水氏の双子の姉妹と仲良しで、その子たちからファッション・センスの感化をかなり受けているらしい。
なのでマロン譲は御茶水姉妹が仕入れてきたステキでカワイイ洋服を、最高のおしゃれと信じて疑わず、アンドロイドに着させて上げているのだ。
そしてアンドロイドは新しい家庭で目を覚まし、鏡に写った自分の姿を見て
「なによこれっ⁉」
と驚愕するのである。
時計を見ると午後4時を回っていた。少食の私でもかなり空腹になっている。
そろそろ食事に出ましょうかと水を向けると
「そうしましょう。冷たい黄金色の呑み物がほしいわ」
「結局お昼食べてないよ。倒れそう!」
「わたし、今日はヤキトリが食べたいな」
みなそれぞれ食べたいものを挙げている。
私のこの部屋がこんなにも華やいだ雰囲気に包まれるとは、今まで夢にも思わなかった。
その後、女性陣はマロンちゃんに服を渡すためアンドロイド・ラボに立ち寄り、その足で汐音の化粧品や下着類を買いに、私は汐音が使う携帯電話の契約に向った。居酒屋で合流したのはもう七時を過ぎていた。
汐音の歓迎会と、午後からのもろもろの作業が終わった打ち上げを兼ねての食事である。個室タイプの座敷に落ち着き、それぞれがオーダーを済ませてまずは乾杯。
私と町田さんは生ビールのジョッキ、みのりちゃんと汐音はよく判らないカタカナ名で黒ピンクのカクテルを、おのおの適量口に含む。
仕事関係以外で呑むのは久しぶりだ。それに親しく会話ができる人たちと、同じ時間と空間を共にするのはやっぱり楽しい。
買ってきた化粧品をテーブルに出して、町田さん母娘から汐音への使い方講座が始まった。表記されている適量がアンドロイドと人間とでは若干違うため、その目安量がどれくらいかを品ごとに教えてくれているのだ。
化粧水や私にはよく判らないコスメのキャップを開けるごとに漂ってくる香りが心地よい。これからは我が家でもこの香りを楽しめるのである。
一通りのレクチャーが終わったところで、タイミングを見計らったように焼き鳥の五品盛りが運ばれてきた。リラックス中枢を和ませていた化粧品の香りから、今度は炭火焼特有の香ばしい匂いが場を支配し、空腹中枢を目覚めさせて強烈な食欲をもたらした。
町田さんはとり身、みのりちゃんが豚バラ、私はネギ巻をそれぞれセレクト。初めて焼き鳥を口にする汐音はとり皮とウインナピーマンが気に入ったようだ。
少食でいつも割り勘負けをする私も、今日は家族ができた嬉しさも手伝って食がすすむ。私だけではなく、四人みんながよく食べよく呑みよくしゃべった。
汐音とみのりちゃんが化粧直しに立った際、町田さんに訊ねてみた。
「みのりちゃんや汐音はお酒を呑んで酔っ払うんですか?」
もう呑み始めて二時間近くになり、彼女たちはそれぞれ三~四杯のカクテルやチューハイを胃に流し込んでいる。
見たところ、酒が入る前よりも陽気になっているようだし、肌は僅かに紅色が差しているように見える。しかし酩酊状態ではない。
「みのりに聞いたことがあるんですが、人間みたいにへろへろ状態になることはないそうです。ただ摂取したアルコール分の量によって楽しさの感情がいくらか増幅されるので、いわゆる笑い上戸みたいなになって、わたしたちから見ると酔っ払っているように感じるそうです。
実際にみのりはお酒が入るとよく笑いますよ。今夜ももう少しすると笑いが止まらなくなっちゃうかも」
「じゃあ酔うことはないにしても、呑み過ぎは注意してあげないといけないですね」
「それがちゃんとリミッターの歯止めがかかるので、酒量が過ぎることはありません。逆に私の方が酔っちゃってみのりに面倒を見られてますよ」
と話す町田さんの呂律がやや怪しくなってきている。
「お酒はお好きなんですか?」
と町田さんに訊いてみた。
「好きだけどすぐ酔うの。お酒の席では調子にのって、強くないくせについつい呑み過ぎるのね。それでいつの間にか寝ちゃうんです」
そう言えば笑顔になるとおでこ側へ弓状にしなる目が、今日は一段と半月形になっている。
「楽しいお酒で酔うのはいいことですよ。それに笑うと埴輪みたいに目がタレてとてもキュートです」
と感じたことをストレートに言ってしまった。私にはめずらしいことだ。
「あら嬉しい! 今日は汐音ちゃんを迎えたお祝いの日だから、リミッターを無視してもうちょっと呑んじゃお」
汐音とみのりちゃんが席に戻ってきて、さらに酒と肴を追加注文。結局お開きになったのは午前〇時を過ぎていた。
足もとが怪しくなってきた町田さんをみのりちゃんが支えてタクシーに乗り込み、汐音と私は手を振って彼女たちを見送った。
私たちもタクシーを拾って帰路につく。
車内で汐音が化粧品の使用方法をかき込んだメモ帳を見ている。購入する際にコスメ店のスタッフからもらったアドバイスと、居酒屋で町田母娘から聞いたことを読み返しているのだ。
メモをとっていた汐音の姿を見ていて、その時に漠然と感じた疑問を訊いてみた。
「私たちよりはるかに記憶力が優れているのに、汐音は手書きでメモをとるんだ」
「だって耳から聞いた言葉だけじゃ聞き間違いをすることもあるじゃないですか。だからわたしたちアンドロイドもちゃんとメモを書いておくの。
でも面倒くさがりな性格の個体もいるだろうから、そこは人間と同じかな」
と言ってニコッと笑い、視線をメモ帳に戻してまた真剣に読み始めた。
「個性って個体によってかなり違うの?」
「家族やまわりの人たちの影響で、アンドロイドにもはっきりとした個性が現れるって、わたしの中のデータバンクには書き込まれています。
わたしはまだみのりちゃんにしか会ったことないけど、彼女は彼女でしかない性格だって思ったでしょ?」
「私は二回目だけど、初めて会った時からとても魅力的な女性だと感じたよ。変な意味じゃなくて素直にね」
「ですよね。わたしもみのりちゃんみたいに自信を持って生きている女性を目指したい」
「汐音なら大丈夫だよ。私が保証する!」
自宅に帰り着き、ふたりとも風呂と着替えを済ませ、改めて家族初日を祝しての乾杯をした。
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