第13話 ざまぁより大切なこと

「いや、俺高篠さんと付き合ってるけど」



 ちょうど男子たちが席に戻っていこうとしたときだったが、俺はそれに構わず、高らかに宣言した。




 ……一瞬、沈黙の時が流れる。空気が凍り付いていくのがわかる。

 あまり好ましい空気ではない。息苦しさを感じる。


 だが、大村くんにいじられたまま終わる休み時間に比べたら……


 それは俺にとって、少し居心地の良い空気ではあった。




 やがて、その沈黙を破ったのは、大村くんの取り巻きの中の1人であった。


「は?何言ってんだこいつ」


 そして、それに釣られ、一気に笑いが広がる。


 大爆笑。


「……いや、おま、それは流石に無理があるっしょ!」


 そう言って腹を抱えてゲラゲラと笑う大村くんと、口々に同意する彼の取り巻きたち。



 ―――正直、昨日までの自分ならここで、ああ終わったな、って考えたと思う。


 俺はクラスの半数近くの男子を敵に回したといっても過言ではないことをやってしまったのだ。

 同調するでも受け流すでもなく、大村くんに対して、はっきりと反論してしまったのだから。

 これからはいじりではなく、いじめに発展してしまうかもしれない。



 だが、なぜだろうか。

 不思議と清々しい気持ちになった。



 大村くんとの間柄とか、クラスでの立ち位置とか、周囲の視線とか、そんなことよりも、俺はきっと、これ以上高篠さんとの距離が開いていくことの方が怖かったんだ。

 いつもは受け身でネガティブな俺だけど、いつの間にか、高篠さんとの関係を深めていきたいという気持ちの方が強くなっていて……

 そんな自分にびっくりする。けど、大村くんのバカにした表情とか、割と本当にどうでもよく思えた。

 だから、チャイムと同時に皆が自分の席へと散っていく中……


 俺はこっそり、もう一度高篠さんの席の方に目を向けた。



 彼女はそっぽを向いていた。

 昨日までの俺ならきっと、完全に嫌われた、と思ったことだろう。

 だけど、今日の俺は……


 ポニーテールのため一切隠すことができていない彼女の耳が、真っ赤になっているところを見逃すはずがなかった。



 昨日までは、きっと寒がってるとか体調が優れないのだろうとか、そうやって思い込んでしまう悪癖のせいで、悪い方に捉えてたけど、実際の彼女はそんなことはなくて……


 俺は気づいてしまったのだ。

 彼女の耳が真っ赤に染まるとき、つまりそれは……


 ―――照れてくれているときの、サインなんじゃないかってことに。




 これで、昨日までとは何かが変わっていけたらいいな、なんて思ったり。




♢♢♢




 そして、最後のホームルームが終わった直後のこと。

 いきなりそれは起こった。


「蒼真くん。……い、一緒に帰ろ?」


 ―――俺の席の真ん前に、高篠さんが歩み寄ってきたのだ。

 俺は、自分の席の真ん前に姿を見せた美少女に、不覚にも……


 つい見とれてしまった。あまりにも突然のこと過ぎて理解が追い付かなくて。




 これまで、教室で彼女の方から俺に話しかけてきたことなんて一度もなかったというのに。

 メッセージアプリでは普通に何度かあったけど、教室ではそんなことなんて一度もなかったから、すごく新鮮で……


 俺の目の前で目線を泳がせながら、若干俯き気味にそう尋ねてくる彼女の破壊力は抜群で。

 つい暫く眺めていたくなるほどだったけど、


「おう」


 なんとかそう言うと、目の前に伸ばされていた彼女の手を取って、俺は笑いかけた。

 俺の態度が原因で、折角歩み寄ってきてくれた高篠さんを遠ざけるなんてごめんだ。

 意図したわけじゃなくて、何かほっとして、これまでの不安が吹き飛んだら自然と笑みがこぼれた。




 教室を出る直前、後ろを振り返ると……


 開いた口が塞がらなくなっている大村くんが、棒立ちになっていた。




 厳密にいえば、別に今の行動だって、俺たちが恋人同士だという証拠にはなってない。

 まあ、手を繋いで教室を出ていったわけだから、そう取ってもらって構わないけど。

 というか、実際そうだし?

 むしろそう取ってほしいけど!



 高篠さんと俺が、一緒に下校する。

 その事実だけで、大村くんにとっては十分なショックだったらしい。


 いや、どれだけ俺のことをバカにしてたんだか。

 あ、でもよく見たら、俺たち今日は……

 や、これは本当に偶然なんだけども。



 ―――そう。

 俺たちがお互いに選んで、昨日渡したクリスマスプレゼント。


 それは、色が違うだけで全く同じシリーズの、マフラーだったのである。




 教室から出ていく俺たちに対して、我に返った大村くんは何かを言おうと思ったのか、追いかけてこようとする。

 ……正直、これまで大村くんにされてきた仕打ちに対して、色々と思うところはあるし、言い返してスッキリしたい気持ちもないかといえば、それは嘘になる。


 だけど―――


 今の俺にとっては、高篠さんの傍にいたい気持ちの方が圧倒的に上回っていた。

 大村くんに抱いている復讐心みたいなものは、それと比べたら非常にちっぽけなもので。


 だから、俺は後ろを振り返ることなく教室を後にした。

 


 隣を歩く彼女は、少しだけ俺に体を寄せてきた気がした。

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