第14話 高篠さんと下校
「……ねえ、蒼真くん」
帰り道。今日から急に俺の名前を呼ぶようになった彼女は、逃がさないぞとばかりに俺の手を握ったまま、一向に離してくれない。
相変わらず耳は真っ赤なままだが、ここ最近はすぐに逸らされることの多かった彼女の瞳が、今日はずっとこっちを捉えている。
そんなにじっと見られては、恥ずかしくて思わず目を逸らしたくなる。しかし、それはあまりにも勿体なく思えて、俺も彼女に対抗するかのようにじっと見つめ返した。
こうやって改めて見ると、彼女の顔はやっぱり整っていて、滅茶苦茶綺麗で、
俺の好みのど真ん中で……
普通の友達、って言い聞かせるようにしていたから、何とかこれまでは会話が出来ていたけど、ちょっとこれは……
早急に対策を講じる必要があるかもしれない。
「今日、大村くんに、私と付き合ってるって、はっきり言ってくれて、すごく嬉しかったよ」
2人で手を繋いで学校を後にして、最初に彼女が口にした言葉がそれだった。
「蒼真くん、大好きよ」
そして、2言目が、これ。
なんだなんだ。今日の高篠さんはどこかおかしい。
いつものクールな雰囲気は?
ちょっと近寄りがたいような孤高のヒロインキャラは一体どこに……?
そう思ったところで、ふと俺は、氷のなんちゃらみたいな二つ名をつけたのは大村くんだったことを思い出す。
元々高篠さんは高嶺の花って感じで、近寄りがたいところがあったのは確かだけど、知らず知らずのうちに俺も大村くんの洗脳の被害に遭っていたのだろうか。
……いやいや、何を被害者ぶっているんだ俺は。
それはつまり高篠さんのことをちゃんと見ようとしていなかったってことで……
だが、告白以来ずっと一方通行だと思っていたこの気持ちが、実はそうではなかったという事実を知ったとき、俺の心の中には反省する気持ちとともに、とても嬉しくて、安心した気持ちが込み上げてきた。
「……よ、よかったー……」
あっ、と思ったが時すでに遅し。つい心の声が漏れていた。
―――でも、もうこの際どうでもいいや。
気がついたら俺の本音は駄々洩れる一方だった。
「高篠さんと違って、俺はみてくれが良いわけじゃないし、なんというか……自信が持てなくてさ。だから、俺なんかが、高篠さんの彼氏です、って堂々と宣言していいのかな、なんて、ずっと思ってて……」
本音が駄々洩れた途端、自嘲気味に語ってしまう俺はなんて情けない奴なんだ。
折角『好き』といってくれたのに、一瞬で幻滅されてしまいそうなことを吐いてしまった俺だったが……
「そんな蒼真くんが、私は好きになったの!」
俺の話に被せるようにして、食い気味で反論された。
なんだよそれ。めっちゃ嬉しいじゃんか!
でも、ん?あれ……?
そんなんじゃないよ、とか本当は格好良いよ、とか、そういうフォローはないんだね。
だけど、そんな風に素直で正直者なところが、俺は大好きなんだよな。
「私、蒼真くんに女の子と見てもらえなくて、ずっと焦ってた。初めてのデートは、つい友達感覚ではしゃいじゃったけど、後で、ダサい服で行っちゃったことがとても恥ずかしくなって……。そのせいで、もうデートは懲り懲りだって、蒼真くんに愛想を尽かされたと思ってた……」
「いつまでたっても、私のことを男友達と同じみたく扱って……。だから、私は変わろうと思ったの。私って、あんまり可愛げがない…自分でわかってるのに、変えられなくて、だから……」
俺に代わって、色々と本音を零していく彼女。
……確かに、俺自身も、服についてはそんな風に思った瞬間があったかもしれない。
だけど、そんなことで……
嫌いになったりするわけないじゃないか。
だから、俺はそんな彼女のことを……
―――ぎゅっと抱き締めた。
かなり強引に引っ張ったせいで、彼女の可愛らしい顔は勢いあまって、すっぽりと俺の胸に収まる。
もう大分学校から離れたところまで来ているけど、やばい。
もしかしたら、知り合いに見られているかも。
だけど、今更そんなことなんてどうでも良かった。
今、目の前にいる彼女のことが、愛しくてたまらなかったから。
「……雫」
俺はそっと、彼女の名前を呼ぶ。
俺はもう我慢しない。思っていることをちゃんと口にするって決めたんだ。
他人を傷つけるのが嫌で、怖くて。
でもそれで、思っていることを何も伝えなかったら、いつまでも他人のままなんだってことを知った。
何でもペラペラと喋る大村くんにずっと嫌悪感を抱いていたけど、少しは彼のことを見習った方が良いのかもしれないな、なんてことにも気づくことができた。
「雫。これからはさ、俺も下の名前で呼ばせて?」
顔を見られるのが恥ずかしいから、この体勢のまま俺は彼女にそう問いかけた。
彼女は何も言わずにこくりと頷いた後、俺の胸に顔を擦り付けてくるものだから、俺の心臓はさらに激しく脈打つ。
その音もきっと彼女に聞こえてしまっただろうけど……
―――むしろ聞こえてほしいとさえ思っている、新しい自分がいた。
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