4-3 送迎

「おっ、辻堂さんから連絡来た。春哉の質問に答えてくれているよ」


 追分を出発したところで、稔さんが声をあげた。菊江さんの事件で、自宅にある全ての鍵に犯人の指紋がついていなかったかを昨夜聞いていたようだ。


『日常的に出入りしていた身内、ヘルパー、ボランティア以外の指紋はなかったようだ。警察としては、薬局との関係性も踏まえてMIUの容疑が濃厚と読んでいるようだ』


「うーん、犯人の指紋が見つかると思ったのにな・・・・・・」

「でも、その家に出入りしていた人物の誰かが犯人ってことは間違いなさそうだね」

「美柚ちゃん、些細なことでもいいから、最後に訪ねた時に違和感を覚えるようなことはなかった?」


 稔さんに問いかけられ、自分の記憶を辿る。目をつぶって当時のことを必死に探り、あることを思い出した。


「そういえば、菊江さんの家を訪ねた時は、その日の夕方から次の日の昼までのお薬を、お薬カレンダーから毎回セットしてから帰っていました。お薬は全て1つの薬包にまとめていたのですが、最後に訪ねた日は夕方のお薬だけ不自然な薬包だったような気がします」

「不自然って、どんな感じ?」


 夏帆さんが詳しく問いかける。記憶を呼び起こしながら、私は話を続けた。


「その分だけ、右下の角部分が欠けている状態になっていたんです。その日の夜にお母さんに聞いたら、薬局では錠剤を1つの薬包へ入れる際に、1回分だけ作り直すなら薬包の上の部分を切って、シーラーで密封しているようです。角部分を切って封をする人もいますが、見栄えを気にする患者さんもいるので、お母さんの薬局ではその方法での作り直しはなるべくしない決まりみたいです。当時の菊江さんのお薬を作り直していたかどうかまでは分かりませんが・・・・・・」


「薬局の過失だと認められなかったのだとしたら、出入りしていた人間が仕組んだ可能性があるよな。ただ、その忘れ薬をすり替えるとしたら、家でもできるものなのか?」


「手のひらサイズのシーラーなら100均でも売っていますし、ピンセットも揃っていれば作業できると思います」


「なるほど。その2つが菊江さんの家に残っているか、辻堂さんに確認してもらえるか?」


 稔さんは「了解」と返答し、文字を打ち込んで送信する。ものの数分ほどで、辻堂さんからのメッセージが届いた。


『わかった。追って連絡する。ちなみに、大阪でMIUが働いていた建物の火事だが、現場近くの防犯カメラの映像が最新ニュースで出ていた。一度見ておいた方がいい』


「えっ!いつの間にそんな記事が出てたんだ?」

「早速見ましょう」


 稔さんはゲームのアプリを閉じ、教えてもらったネットの記事を開いた。私は彼の傍から画面に目を凝らし、夏帆さんも春哉さんのスマホを覗いて確認する。


 昨日捕まった折原先生のお兄さんの供述を受け、3日前の火事の原因はタバコの不始末ではなく放火が原因だと判明した。そして、現場近くの防犯カメラには大阪駅方面に走り去る犯人が映っていることも確認された。紺色のレインコートを身に纏った女性のような姿で、走る際に右手を前後ではなく、手首のあたりから上下に振りながら立ち去っている。

 すると、稔さんが動画を止めて犯人の姿を確認する。


「この人、昨日一ノ関で折原郁人の占いの紙を拾ってくれた子に雰囲気が似てるな」

「えっ!私もどこかで見覚えがある気がします。」


 映像を拡大してじっと注視するも、目元は見えないので誰なのかはわからない。それでも、どこかで見覚えのあるこの雰囲気、私が知っている人物であることは確かだ。


「思った以上にかなり大規模な火事だったんだ。無事に逃げられて本当によかったね」


 夏帆さんが私に話しかけながら、一緒に記事の続きを読んだ。

 火災当日は放水による消火作業が難航し、最終的に乾燥砂を用いてようやく鎮火したようだ。現場には焼け落ちた建物の残骸のほかに、真っ白な石灰状の細かい瓦礫も残っていた、と書いてあった。


「石灰状の瓦礫?なんだろう?」


 稔さんが首を傾げている傍らで、春哉さんが私に問いかけてくる。


「美柚ちゃん、占いの仕事をさせられていた間、周囲の建物で工事してた所があったかどうか覚えてる?」


「大きな物音は聞こえなかったので、多分何もなかったと思います。」


 そうか、と春哉さんは返答すると、景色には目もくれずに、先ほどの画面を見つめながら考え始めた。しかし、その後は彼の口から言葉が出ないまま、10:01に終着の岩見沢へ到着した。



 跨線橋を上って電光掲示板を確認すると、夏帆さんが驚きの表情を見せる。


「えっ、次に出る旭川行きの普通列車、11:31までないの!?特急はこんなに走っているのに?」


「札幌から離れるにつれて沿線の利用者は減るし、本数が少ないの仕方ないよ。一旦外に出て、カフェなり探して推理を進めよう」


 春哉さんは北海道の交通事情も詳しいようで、冷静に返答する。早く旭川に着きたいという気持ちを抑え、私たちは改札を出て駅周辺の飲食店を探すことにした。

 すると、外に出てロータリーを歩いているところを1人の女性に声をかけられる。


「あれ!?もしかして美柚ちゃん?」

「西条さん!こんなところでどうされたんですか?」

「朝一で処方されたことのない薬がたくさん出てしまって、在庫を貸してくれる薬局がこの辺にあったから、薬剤師の先生達の代わりに遥々取りに来たの。それにしても、無事でよかった!」

「薬局の事務の人って、接客以外にそんなこともするんですね。でも、ここで会えて嬉しいです!」


 久々に知り合いに再会でき、私は嬉しさを隠せなかった。「美柚ちゃんの知り合い?」と春哉さんに聞かれたので、皆さんにも西条律子さんを紹介する。

 夏帆さんがやや警戒気味に距離を取っているので、「知り合いでとてもいい人ですよ」と安心させる。


 思い返せばこの4日間、お母さんの職場に電話をかけた際に最初に出たのは毎回西条さんだった。そういう意味でも、帰るまでの間にお世話になった一人と言える。


 お互い挨拶を済ませると、西条さんは車に置いてあるクーラーボックスからお菓子を出し私たちにくれた。


「遠路はるばるお疲れ様。もしよかったらみんなで食べて」

「ありがとうございます!手作りなんて凄いですね」

「趣味で作っているだけで大したことないわ。今回はちょっと失敗しちゃったし」


 1個ずつ丁寧に個包装されたチョコクッキーを見て稔さんが感心する。


 西条さんは料理教室に通っていた経験があるらしく、月1回程お母さんの職場に手作りのお菓子やスイーツを持って来てくれる。ロールケーキやパン、ムースなどレパートリーも豊富で、いつも私の分まで用意してくれているのだ。

 春哉さんと夏帆さんもお礼を伝えると、すぐには食べず大事にそれぞれのカバンへとしまった。


「これから旭川の店舗に帰るところなの。もしよかったら、美柚ちゃん乗って行かない?」

「ありがとうございます!皆さんも乗せてもらえますか?」


 西条さんは一瞬車のほうを振り返ってから、申し訳なさそうに答える。


「あぁ、ゴメンね。後ろに沢山荷物を積んでいて、いまは助手席にしか乗れないの」


 彼女が乗ってきた赤いコンパクトカーの後部座席やラゲージには、ダンボールの山がぎっしりと積まれていた。こんなに沢山運ぶものがあるのか。


「それじゃ、俺たちは後から向かいます。昼ぐらいに旭川着くと思うんで、お母さんによろしくお伝えください」

「それじゃまた後でね」


 私は彼女の車に乗せてもらい、皆さんと暫しの別れを告げる。


「疲れも相当たまっているでしょう?お店までけっこう時間かかるから、ゆっくり休んでていいよ」

「ありがとうございます。それじゃ、先ほどのお菓子いただいたら少し休みます」


 彼女から貰ったチョコクッキーをつまむと、ここまでの疲れが一気に出てきたのか、程なくして眠りについた。


 あと少し。お母さん、待っててね。

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