4-2 地元
満腹になって食堂を出ると苫小牧駅まで2kmほどの散歩の合間に、夏帆さんのスマホを借りて母の職場へ電話をかけた。2回ほどの呼び出しで、受話器を取る音がした。
「はい、ライラック薬局旭川店事務の西条です」
「おはようございます。守谷美柚です。お母さん、来ていますか?」
「あっ、美柚ちゃん!元気?守谷先生はまだ出勤してないよ。何か伝言があれば、私から話しておくよ」
「ありがとうございます。先ほど無事にフェリーで苫小牧に着いて、これから列車で旭川に向かう所です。お昼頃には薬局に着く予定だとお伝えしてもらってもいいですか?」
「わかった。疲れていると思うけど、気をつけて来てね」
お礼を伝えて電話を切る。個人的な話をするために何度も電話するのは申し訳なく感じるが、親切に対応してくれてありがたい。
「どう?話せた?」
「やっぱりまだ出勤していませんでした。でも伝えてくれるみたいです」
「それならよかったね。会えるの楽しみだね」
お腹を満たして満足げな夏帆さんにスマホを返す。
一方、春哉さんは下を向いて考え事をしながら歩いているようだった。
「・・・・・・美柚ちゃん。ふと思ったんだけど、お母さんの薬局って、事務の人が電話を取るルールになっているの?」
「いえ、そうとは限らないみたいです。事務員さんが接客などで出られないときは、お母さんや他の薬剤師さんも電話を取るようにしているみたいです。何か気になりますか?」
「いや、いつも最初に事務員が電話に出るから、毎回お母さんに変わってもらっているじゃん。直接お母さんが出ることはないのかな?って気になって」
「こっちからかけるのは毎日決まった時間じゃないし、薬局は忙しいだろうから、そんな都合よくいかないんじゃない?」
夏帆さんがそう言い、続けて「考えすぎだぞ」と稔さんも同情する。春哉さんは納得いかない様子だが、それ以上は問い詰めることもなく歩き進めた。
母にもうすぐ会えると思うと胸が高鳴り、駅までの道のりも足取りが軽く感じられた。
ここまで皆さんの青春18きっぷを一回分ずつ使わせてもらったため、3枚の18きっぷはいずれも最後の一回となってしまった。そのため、苫小牧駅に着いた後は春哉さんに永山までの普通乗車券を買ってもらってから改札内へと入った。券面に書かれた自宅の最寄り駅の地名に、思わず感極まってしまう。
4番線への階段を降りると、室蘭本線の普通列車 岩見沢行きの気動車が私たちを待っていた。黄緑と青のラインカラーは、いつも通学で乗っていた列車と同じ色だ。見慣れた車内は数カ月前の日常を思い出し、豪華な装備ではないのに居心地が良く、安心感を与えてくれる。
定刻通り8:37に苫小牧を出発すると、次の沼ノ端で札幌に向かう線路と離れる。一直線に伸びる線路に沿って左手には防雪林、右手には開けた畑が広がる中をゆったりと駆け抜けていく。朝方に港でかかっていた霧も晴れて、気持ちいい青空が広がっていた。本州で眺めた景色と異なる車窓に、「いかにも北海道だね!」と夏帆さんと稔さんは興奮気味に楽しんでいる様子だ。
「美柚ちゃんのお家の周りもこんな感じの景色が広がっているの?」
「私の家は駅の近くの住宅地にありますが、少し歩けばこの辺と同じくらいの景色です」
「そうなんだ!自然豊かでのんびり暮らせそうだし、いつかこういう素敵なところに住みたいなぁ」
夏帆さんは憧れの眼差しで景色を眺めている。決してお世辞ではなく本心で言ってくれているのだろう。
「正直、生活するには不便な面が多いですし、同じ旭川でも私の住む地域は田舎だと思われているようで、『永山なんて何もないじゃん!』とか言われて落ち込んだりします。なので、夏帆さんにそんな風に言ってもらえて嬉しいです」
ここまで山や川、田畑が広がる自然豊かな地域を、何十本もの列車の車窓から目の当たりにしてきた。お店が少なく交通機関が限られ、自然の脅威に晒されやすい場所でも、そこには一生懸命生活している人がいる。そのような環境を都心の環境と比べて罵るのは、意味のないことだと一層強く感じる。すると、春哉さんが共感してきた。
「それ、凄く分かる。俺も高校時代に同じような思いをしてきたし、大阪に来てからも鳥取の話をすると、スタバが最後にできたところだ、砂丘しかないところだ、とか未だに田舎者扱いされることがある」
「そうなんだ。俺の実家も田舎だけど、あまり言われたことなかったよ。単純に地元の話をしてこなかっただけかもしれないけど」
「私は逆に、高校時代に県北や県南から時間かけて通学していた人達に対して思いっきり田舎っていじっちゃってた。相手は笑ってたけど、無意識に傷つけちゃってたかも・・・・・・」
夏帆さんが申し訳なさそうに話すと、春哉さんは神妙な面持ちで続けた。
「自虐で話す分には別にいいけど、相手の地元をいじるってことは、自分の住む場所のほうが優れているんだって言っているようなものじゃん。都会でも田舎でも地元は人それぞれ思い入れがある場所だろうし、自分の地元を愛しているなら、堂々としていればいいんじゃないかな」
日本中を巡ってきた経験を踏まえてなのか、彼の発言にはとても説得力があるように感じた。
「春哉さんの考え、とても素敵だと思います。私も地元が好きなので、堂々と誇りを持っていこうと思います」
やがて、列車は追分という駅に到着した。石勝線への乗換駅らしいが乗降はごくわずかだ。それでも、このお客さんたちにもこの周辺に地元や故郷と言える場所があるのだろうと思いを馳せた。
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