4日目(美柚目線)

4-1 朝霧に包まれて

「失ったものに再び巡り逢うだろう」


 火事に遭う前日、何気なく自分自身を占ったところ、そのような運勢が出た。

 自分でも意味がさっぱりわからなかったが、この数日間を通じてようやくわかった気がした。


「海の上で迎える朝も気持ちいいね」


 朝の潮風を浴びて、夏帆さんが大きく背伸びをした。周囲が濃霧に包まれた早朝の甲板に立っているのは私と夏帆さんの2人だけだ。

 フェリーが進むスピードに合わせて髪がなびく。船に乗るなら急流の川下りよりも、穏やかな船旅のほうが自分に合っていると実感した。


「霧が濃くて、なかなか港が見えてこないのは少し不安ですね」

「到着まで1時間切っているし、もうすぐだと思うよ」


 黒い水平線の向こう、白い空気と交わる先まで私たちはじっと目を凝らし、母なる大地を視界にとらえる瞬間を今か今かと待ち続ける。

 犯人への不安と北海道に帰れる喜びで、昨夜はなかなか眠りにつけなかった。疲れは溜まってきているが、不思議と身体は悲鳴をあげていない。


「あっ、見えてきたよ」


 彼女の指さす先に、港に沿って街並みが見えてきた。

 あの陸地を進んだ先に当たり前だった日常が待っている。

 数か月間引き離されていたお母さんや友達にやっと再会できるのだ。


「美柚ちゃん、大丈夫?」


 思わず目が潤んだのを夏帆さんに気づかれ、何とか誤魔化す。


「まだちょっと眠くて、欠伸が出ちゃいました」


 彼女は「そっか」とすんなり受け入れると、ポケットに入れていたスマホの画面を一瞬だけ覗く。


「春哉から連絡きてたよ。周りに気づかれないように、最後のほうで降りようだって」

「わかりました。一旦部屋に戻りましょうか」


 着岸に向けてフェリーの速度が徐々に落ちてきた。私たちは甲板を離れて部屋に戻り準備を済ませる。

 やがて春哉さんと稔さんが訪ねてきたタイミングで部屋を出て、6:06に苫小牧西港へ降り立った。




「遥々来たぜ、北海道!」


 北海道に来るのは初めてだという稔さんは興奮冷めやらぬ様子だ。待合室のテレビからは自宅で毎朝見ているチャンネルのローカルニュースが流れていて、懐かしい気分になる。


「とりあえず駅周辺で朝飯食べて列車の時間まで待ちたいけど、やっているお店あるかな」

「えー?思った以上に港町っぽい雰囲気じゃん。朝市で海鮮丼とかありそうだし、そこで食べようよ!」


 夏帆さんからの提案に、春哉さんは眉間にしわを寄せる。


「贅沢言うなよ。朝飯にそんなお金かけられないだろ」

「いいじゃん!せっかくだし、美味しいもの食べていこうよ」

「そうそう。北海道来たのに海鮮食わずに帰れるかよ。駅で時間潰すくらいなら、寄り道して美味いもの食ったっていいだろ?」

「まぁ、確かにまだ時間はあるけどさ・・・・・・美柚ちゃんはどうしたい?」


 春哉さんは頭を掻きながら問いかけてきた。


「そうですね・・・・・・暫くお魚食べてないですし、時間が大丈夫でしたら私も海鮮が食べたいです」


 すると彼はスマホで調べ物をし始めた。5分ほど待合室の椅子に座って、彼の返答を待つ。


「卸売市場の中に朝からやっている食堂が何件かあるけど、駅から歩いて30分だってさ。タクシーは金が勿体ないし、運転手に通報されたらおしまいだから使わないぞ。今の時間、これから乗るやつぐらいしかバスも走っていないけど、それでも行きたいか?」


 春哉さんの問いかけに「行きたい!」と2人は即答する。私も少々遅れて「行きたいです」と恐る恐る手を挙げた。


「わかったよ。これから乗るバスの最寄りの停留所からも1キロくらい歩くみたいだから、腹減ってもう歩けねえ、とか弱音吐くのはなしだぞ」


 春哉さんが観念した様子で了承すると、2人はガッツポーズをして喜んだ。周りの意見を尊重し、柔軟に対応してくれる春哉さんを改めて尊敬する。


 フェリーターミナルの外に出ると、札幌駅行きの高速バスを待つ長い行列を横目に、苫小牧駅行きの道南バスに乗り込んだ。車内を見渡すと私たちのほかに10人程度が乗っており、6時半にフェリーターミナルを後にする。

 数分経ち途中の出光カルチャーパークというバス停で降車したが、ここで降りたのは私たちだけだった。


 バス通りを逸れて足を進めると、次第に磯の香りが強くなり、漁から帰還した漁船と卸売市場の賑わいを横目に進む。最初に見えてきたプレハブ型の食堂に入った。

 店内にはメニューの紙と著名人のサイン色紙で、壁がぎっしりと覆われている。店内の様子を観察していると、程なくして注文していた海鮮丼が運ばれてきた。


「うまー!この量であの値段はコスパ最高!」


 ウニやエビ、マグロなどの新鮮なネタが大量に乗った海鮮丼を頬張り、夏帆さんが興奮している。私も彼女と同じ海鮮丼を口にすると、噛まなくても口の中でネタが溶けていくのがわかった。


「ホントですね!久しぶりに新鮮なお魚が食べれて、嬉しいです」

「東京や大阪で食おうとしたら、絶対倍近くするだろうな」


 私が自宅で食べていた魚介類は美味しいものばかりだったが、皆さんにとっては格別なのだなとわかる。

 各々が海鮮丼を味わう中、春哉さんのもとにはホッキカレーが運ばれてきた。


「なんだよ、春哉も海鮮丼頼めばよかったのに」

「俺が生魚食えないのわかってて言ってるだろう」


 彼は過去にサバで食あたりに遭い、それ以降は生魚をほとんど食べなくなったらしい。

 それで先ほどフェリーターミナルで気乗りしなかったのかと思うと、市場まで連れてきてもらい申し訳なく思う。

 それでも、ホッキカレーはこのお店の名物らしく、春哉さん以外にも注文しているお客さんは沢山いた。カレーの匂いを嗅ぎながら生魚を食べるというのも、不思議な感覚だ。


「それで、何時にここを出ればいいの?ここに寄ってくれたってことは、まだ余裕あるんでしょ?」


 半分ほど食べたところで夏帆さんが問いかける。時計の針はちょうど7:15を指していた。


「最初に乗る列車は苫小牧8:37発の岩見沢行きだけど、北海道の駅は改札を通れる時間が決まっていて、早く駅に着いてもすぐにホームに入れないんだ。ある程度ここで時間を潰してから駅に歩こう」

「札幌には寄らないのか?」

「札幌経由だと遠回りだし、時間的にもあまり変わらないんだ。人目の多いところを通るよりは、閑散としたところを通るのが良いと思う」


 なるほどな、と稔さんは返事をして酢飯を頬張るが、どこか浮かない表情をしている。札幌で観光をしてから向かいたかったのだろうか。

 すると、今度は夏帆さんが私のほうを向いて提案する。


「そうだ、ご飯食べ終わって駅に向かう時、お母さんに電話かけたらどう?この調子なら昼頃には旭川に着きそうだし、時間合わせて会いに行ったほうがいいよ」

「そうですね。今は出勤しているか微妙なところですが、そうしてみます」

「まだスマホの調子よくないのかな?直るといいけど」


 昨日の夕方に話した雰囲気では元気そうにしていたので、せめて無事に北海道へ上陸したことは伝えておきたい。

 もうすぐ再会できる胸の高まりを感じながら箸を進め、お店を後にした。

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