3-12 情報交換

 折原郁人はかつて大阪にある会社でエンジニアをしていたが、昨年の春に退職して大阪駅近くのビルを間借りし、『占いの館オオツキ』を開業した。

 しかし、給与未払いなどあまりにずさんな経営体制で、勤務していた占い師達は次々と彼の元を離れ、借金は莫大な金額となっていた。そこへ弟の浩之から、教え子に占いの当たる生徒がいることを知り、それなら誘拐をして仕事をさせようと企んでいたそうだ。


「浩之先生が郁人に美柚ちゃんを紹介したのは、何がきっかけなんだ?」

「取り調べを受けている間に旭川署へ任意同行させられた弟の浩之先生の話も入ってきたの。これを見て」


 浩之の供述によると、事の発端は修学旅行出発の1カ月ほど前に学校へ届いた1通のFAXだという。その内容を夏帆がこっそりメモしたようで、俺たちに見せてくれた。


ウラナイシヲユルサナイ

キノトノイニコロス


「・・・・・・まさか、美柚ちゃんは別の奴にも狙われていたのか?」

「うん。しかもこのFAX、送信先が美柚ちゃんのお母さんが勤める薬局だったらしいよ」


 怪談話を聞いたときのように、血の気が引く気がした。美柚は驚きに加え、訝しげな表情で問いかける。


「・・・・・・こんなの送られてきたんですか?私、先生から何も聞いてないですよ?」

「この内容が世間に明るみになったら、標的の生徒が特定されるのは時間の問題。美柚ちゃんだけでなく、大学受験を控える学年を受け持つ折原先生にとっては、学校のイメージダウンを懸念した。だから、自分の力で解決させるために、この脅迫状の存在を隠していたらしいの」

「だとしたら、修学旅行のタイミングで犯行が決行されると何で分かったんだよ?」


 美柚が「キノトノイって、どこかで聞いたような?」と考えていると、今度は春哉がスマホでカレンダーを開きながら説明する。下りの新幹線が到着したのか、大きな荷物を抱えた乗り換え客が続々とホームに降りてきた。


「どういう訳か、浩之先生は脅迫状の存在を郁人にだけは唯一明かして、この文章の解析を依頼した。キノトノイは十干十二支で乙亥と書き、カレンダーでその日を調べると直近で修学旅行の3日目だった。よって、そのタイミングで犯行が決行されると察知したらしい。」


 そして、その日の美柚ちゃんのグループの行動計画を確認したところ、殺害される危険性が最も高いのが、保津川の川下りだと判断した。当日は美柚だけ体調不良を理由に保津川下りへ乗せず、宿へ送り届けようという作戦を立てた。そして、周囲に悟られないよう、逐一連絡を取り合いながら追尾し、タイミングを見て郁人が準備した車へ乗った。


 しかし、郁人が誘拐や監禁、さらには強制労働にまで行動を発展させたことは想定外で、浩之を嵯峨嵐山駅で下ろした後、彼は行方をくらまし音信不通になったという。また、浩之は郁人が占いの店を営んでいたことも知らず、本人を探すあてもなかったようだ。


「そうだったんですね・・・・・・お母さんの薬局から脅迫状を学校に送りつけたのは、一体誰なんですか?」

「生憎、それはまだ調査中でわかっていないんだ。」

「あーあ。せっかく解決したと思ったのに、またやり直しだね・・・・・・」


 一通りの説明が終わると、夏帆が落胆の表情を見せる。美柚は身の危険への恐怖感で、不安げな表情をしていた。

 列車は20:25に八戸を出発し、漆黒の中を進んでいく。暗い空気を打ち破ろうと話題を変えた。


「まあ、犯人捜しは北海道に上陸してからでもまだ間に合うだろう。諦めずに少しずつ解決の糸口を掴もう。春哉、これからどうやって北海道に上陸するんだ?」

「本八戸で列車を降りたら港に向かって、苫小牧行きのフェリーに乗る。寝ながら移動できるし、翌朝には北海道に上陸できる。」

「青森から函館に渡るのはダメなのか?」

「札幌周辺以外の普通列車は基本的に数時間に1本しかないし、乗り継ぎの時間もかなり開くから、それよりは苫小牧から移動を始めるのが効率的だと踏んだんだよ。今は船に乗ることを目的に、港まで気を付けて向かおう」


 車窓に映る灯りが増えていき、10分程度で本八戸に到着した。駅周辺の雰囲気からして八戸駅周辺よりも栄えている印象があり、どうやら街の中心部はこの駅の周辺にあるらしい。

 改札を抜けて明日乗る予定だった快速リゾートしらかみの指定席券の払い戻しを済ませてから、南部バスのフェリーターミナル行きの南部バスに乗り込み、20:50に本八戸駅を後にする。最後部の席に横並びに座り、美柚から聞いた話を春哉と夏帆にも教えた。


「・・・・・・なるほど、そういうことだったんだな。にしても、ご祝儀で渡すつもりの大金を、どうして1カ月以上前から準備していたんだ?別に直前でもいい気がするけど」

「金庫にさえ入れておけば、早く準備していても大丈夫だと思ったんじゃないか?」

「だとしても、家族以外の人にもわざわざ在処をバラすかな?金庫の鍵って、どこかに隠しているの?」

「いえ、他の鍵と一緒に保管していました。ただ、玄関だけでなく家の裏口や物置、カモフラージュ用など、何種類もの鍵をまとめて置いていたので、簡単には見つけられないようです」

「それ、開ける本人が大変そうだけどな」


 ここまでの美柚の話を聞く限り、菊江の意図が全く読めない。旭川にある家に伺い、現地で直接調べるほかないのだろうか。そう悩んでいると、春哉が何か思いついたようだ。


「辻堂さんに調べてもらいたいことがある。稔のアウモンのチャット借りてもいいか?」


 アウモンを開いて彼にスマホを渡すと、何やら文章を打ち込んで送信をした。スマホを返してもらってどんな内容を聞いたか確認しようとしたところ、画面が真っ暗になった。情報収集に頑張ってくれた俺のスマホも、とうとう力尽きたようだ。


「ちぇっ、バッテリー切れかよ。辻堂さんに何を聞いたんだ?」

「それは返事が来てからのお楽しみで」


 21:05に八戸港フェリーターミナルへ到着すると、建物の奥にはホテルよりも遥かに巨大な宿が既に停泊していた。思い返せば、フェリーに乗るのは春哉と宮島に渡るときに利用して以来、人生で二度目だ。到着時には既に乗船手続きが始まっており、タラップを登って船内へと入る。


 少々割高だが、女子達にはプライバシーが守られる個室を準備し、俺と春哉は一番安い雑魚寝のカーペットの部屋を取っていたようだ。未経験の環境なので眠れるかどうか不安を覚えつつも、荷物を置いて甲板に出る。


 心地よく吹き付ける夜風に当たって夜景を眺めているうちに、22時ちょうどに八戸港を出港した。八戸の街並みと工業地帯の夜景が水平線の奥へと次第に遠ざかっていく。3日かけて彷徨った本州をようやく離れた。


 船内には大浴場やオートレストランが備え付けられており、快適に過ごす環境が整えられている。大浴場で汗を流した後、女子達は個室に戻って先に休んだようだが、俺たちは船内のオートレストランで寛いだ。


「それにしても、普段鉄道しか使わない春哉が、夜行フェリーを選ぶなんて珍しいな」


 空腹の限界だった俺は、冷凍自販機で購入した豚丼と汁物代わりのカップ麺を頬張りながら、春哉へ話しかける。彼は愛用の時刻表を机に置き、乗船前にターミナルの売店で購入した缶ビールと青森のお土産で晩酌を楽しんでいた。


「18きっぷで北海道に渡れなくはないけど、かなり不便な方法しかないから、不本意だけど使うことにしたよ。急行はまなすが今でも走っていたら迷わず使っていたな」

「はまなす?聞いたことないな」

「北海道新幹線ができる前に、青森から札幌を結んでいた夜行列車だよ。早朝に札幌へ着くダイヤだったから、このフェリーを使うよりもよりもだいぶ早く永山へ着けたかもしれないんだ」

「そんな便利な列車があったのか。廃止になったのは残念だな」

「うん。明日永山に着くのは昼過ぎになるけど、その前に旭川で降りたらまずお母さんが勤める薬局に寄ろう」


 彼は缶ビールを片手に、時刻表をパラパラと捲って時間を確認した。ついに美柚の家へ辿り着けると考えると、長いようであっという間に感じる。しかし、誘拐犯が捕まったにも関わらず、謎はまだ多く残ったままだ。


「いよいよ明日か・・・・・・」

「すべて終わったら、美柚ちゃんに告白するのか?」

「出会って数日でそ流石にそれはないよ。連絡先は交換して、それからゆっくりと関係を育んでいこうと思う」

「ほほう、稔がそんなことを言うようになるとはな。どうなるか楽しみだな」


 春哉が感心した様子でビールをぐびぐびと飲み干すと、俺たちは明日に備えるべく部屋へと戻った。仰向けで無機質な天井を見つめながら、もの思いにふける。

 いつの間にか、女の子にモテたい衝動に駆られる気持ちは薄れ、今は純粋に1人の少女を救うために尽くしたいと心から願っている。その勇気が善い形でいずれ自分に還ってくると信じよう。


 穏やかな太平洋を突っ切り、俺たちを乗せたフェリーは試される大地に向けて舵を切った。

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